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第50話 再会・2

 銀次郎の勤める店に着いた。相変わらず店内はいろいろ飾りたてられているが、ごちゃごちゃはしていない。何だか、この店の雰囲気で少し落ち着いた気がする。ちょっと派手なドレスを着た銀次郎が駆け寄って来た。電話したときはだいぶ動揺していたから心配しただろうな。銀次郎はいきなり僕の手を取ると、そのままカウンター席に引っ張った。銀次郎の手はとても温かかった。


「マミちゃん、いらっしゃい。ここでいいかしら」

「銀次郎、気を遣わせてごめんね」

「あら、謝る必要はないわよ。気分が晴れないときもあるわよね。ゆっくり飲んで気分転換するといいわ」

「ありがとう」

「あら、マミちゃん。これ、あちらのお客さんからですってよ」


 といって、ビールのグラスが差し出された。あちらとやらを見ると、見覚えのある男が座っていた。あれは、後輩の林田蒼だ。昔つるんで遊んでた時期があったから、僕が一杯目はビールにするのをよく知っている。蒼、懐かしいな。


「あちらのって、蒼だ」

「あらあら、お知り合いみたいね。今の気分的に嫌でなければ、隣に座って一緒にお話ししたらどうかしら。私は他のお客さんにもつかないといけないし」

「うん、そうだね。一緒に飲むの楽しそうだね」

「じゃあ、呼んでくるわ。待っていて」


 銀次郎はそういうと蒼に声をかけにいった。蒼はにっこりと笑うとこちらに向かって歩いて来る。ユキのようなカッコいいタイプではなく、どちらかというとちょっと可愛いタイプである。蒼は隣に座ると、僕の手を取った。一瞬体が萎縮する。蒼は不思議そうに僕の顔をのぞき込んでから声をかけた。


「お久し振りです、真実先輩」

「久し振りだね。しばらく会ってなかったよね」

「真実先輩が忙しそうだから、連絡するのを控えていました」

「別に控えなくてもいいのに。たまには蒼と飲んだりしたいよ」

「正直、真実先輩に告白してから、会う勇気がなかったんですよ。嫌われてたらどうしようと思って」

「僕は蒼を嫌ったりしないよ」

「ほら、またそうやって僕が勘違いするようなことをいう。相変わらず真実先輩は優しいから、いろんな人を勘違いさせてるんじゃないんですか?」

「僕は、優しくなんかないよ」


 蒼が告白してきたのは二年くらい前になるだろうか。一方的に想いを告げられて、戸惑っていたら姿を消したのだ。僕はあのときの返事をまだしていない。告白されて返事もまともにしないようなヤツをよくもまあ優しいなんていえたものだ。あのとき、探そうと思えば蒼の行方は探せたはず。でも、僕はそうしなかった。返事に困っていたから、いなくなってほっとしたのかもしれない。僕はそういうヤツだ。自分本位で思いやりなんかないのだ。


「優しいですよ、真実先輩は。自覚はないかもしれませんが」

「僕は、本当の僕はそんなんじゃないよ。とても嫉妬深い嫌なヤツなんだよ」

「真実先輩、突然どうしました?」

「ある人を傷つけてしまいそうで怖いんだ。相手はまだ高校生なのに、酷いことをいってしまいそうだよ」

「何かあったんですね。真実先輩ってあんまり一人で飲まないから、気になっていたんです」

「僕もうダメかもしれない」

「ダメじゃないですよ。真実先輩みたいないい人がダメになったりしません。とりあえず、こんな状態でお酒飲んじゃダメです。真実先輩、調子悪いときに飲むと悪酔いするから」

「大丈夫だよ」


 ビールを飲み干そうとする手を蒼が止めた。今は飲むしかないのに。飲んで全部忘れたいのに。涙があふれそうで、上を向いた。蒼はずっと僕の手を握っている。このまま蒼に抱きついてしまいたい衝動に駆られる。それはよくない。僕は蒼に酷いことしたのに。それに、こんな人目のあるところでそんなことはしたくない。ここにはユキと二人で来ることもあるのに。お店の人たちはそんなこといわないかもしれないけど、どこかからもれるものだ。蒼は僕を立たせる。


「銀次郎さん、真実先輩を連れて帰ります。このままここで飲んでいても辛そうなので」

「あら、そうなのね。マミちゃん今日は変なの。だから頼むわ」

「やだ、帰りたくない」

「真実先輩、とりあえずお店を出ましょう」

「嫌だよ」

「帰りたくないんですね。じゃあ、僕の家に遊びに来ますか。でも、きっとそれも嫌なんですよね」

「それなら、いい。遊びに行くよ」

「真実先輩、本当にいいんですか。知りませんよ。僕の気持ちは変わってませんからね」

「うん、それでいい」


 気持ち、変わってないんだ。だとしたら、返事をしなかった僕って最悪じゃないの。それに勢いで遊びに行くとはいったものの、これじゃあ蒼の気持ちを利用するみたいだ。やっぱりやめるといいたいところだけど、一人で家にいるところを想像すると怖くなる。ユキの寝言を思い出しそうで。あとりを嫌いになってしまいそうで。僕ってば最低。本当に最低。僕の手を引く蒼の手は銀次郎と同じく温かかった。どうしよう、涙がこぼれそうだ。僕は上を向いて涙をこらえながら、蒼のあとをついていった。

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