僕は重たい気分を引きずりながらユキの家へ向かった。最近、夢見がよくない。ユキがあとりのことを想っているのを分かっているのに、関係を終わらせることが出来ないからだ。終わらせることが怖い。かといって、ユキがあとりを想っているのに、僕を見てなんていえない。それは僕のワガママだから。そんなこんなで、夢見は最悪である。いつもユキがあとりの名前を呼ぶところで目が覚める。けど、それとユキの世話は別だ。ユキは何も出来ないんだから。
「忙しいのに、いつも悪いな」
「いいんだよ。時間は作ろうと思えばいくらでも作れるし、好きでやってることだから。僕がやらなきゃユキが飢えるでしょ」
「そうだな、そうかもしれない。マミがいるから生活出来てるんだよな、俺」
「ユキは何も出来ないもんね。何で一人暮らししようと思ったのかが分からないよ」
「うちの親父も何も出来ないし、一緒に住んだところでどうにもならん」
「でも、おじさんの世話をしてくれる人はいるわけでしょ」
「親父の交際相手に俺の世話は頼めないしな」
「それはそうだよね」
ユキのところもうちと一緒で母親を亡くしている。今、おじさんには交際相手がいるみたい。だけど、子どもの世話ならまだしも、こんないい大人が世話をしてもらうわけにはいかないだろう。なら、僕が世話するしかないんだろうなあ。思えば、ユキが一人暮らしを初めて少しの頃からだもんな。今更無理ともいえなくて、精神的には結構辛い。ユキの顔を見るだけで辛いのだから。掃除と洗濯を終わらせて、料理に取りかかる。
「今日は何が食べたい?」
「マミ」
「それを食べるとおなか壊すよ」
「俺はそれがいい」
「はいはい、それはあとね。今は何が食べたいの?」
「とんかつ」
「とんかつ用の肉あったかな。冷凍庫の中探してみるね」
「とんかつはどうでもいいんだよ、とんかつは」
「どうでもよくないよ。きちんと食べなきゃダメ。ただでさえ生活が不規則なんだから、食べるものくらいちゃんとして」
「分かった」
「あったよ、とんかつ用の肉。キャベツたっぷりつけるからね」
そして、いつものようにご飯を食べて、いつものようにベッドへ。片づけも済んでいないのに。辛くなるだけだって分かってるのに、なんで断れないんだろう。ユキのことが好きだから抱かれたい。でもユキは。ユキは。
「あとり」
そう、寝てるときに決まってあとりの名を呼ぶんだ。胸が苦しくなって起き上がる。僕はなんでこんなつらい思いし続けないといけないんだ。ユキを恨むべきなのか、あとりに嫉妬すべきなのか、想いを断ち切れない自分に腹を立てるべきなのか。どうしていいのか分からなくて頭を抱える。僕が起きあがったせいか、ユキがもぞもぞと動く。
「マミ、起きてたのか。俺の寝言がうるさかったか?」
「寝言いってる自覚はあるんだ」
「よくいわれるんだよ、寝言いうって。それに夢も見たし」
「へえ、どんな夢?」
「忘れた。なんかこう夢見てて、こんな感じだったようなって遠くなっていく感じ分からないか」
「分かるよ、結局思い出せないんだよね」
「おい、マミ。何で泣いてるんだ」
何でだろうね。自分でもよく分からないよ。あとりの夢見てたんでしょっていいたい自分が嫌い。いえない自分はもっと嫌い。もうどうしていいのか分からない。ユキが触れようと手を伸ばしたのを、思わず振り払ってしまった。今は触れられたくなかった。今触れられたら、僕の中の何かが壊れそうだ。僕はごめんとだけいって、すぐに着替えてユキの家を出た。けど、自分の家には帰りたくなくて、マンションの前で立ち尽くす。ユキが追いかけてくる様子はない。行くところがないや。こういうときは飲みに行ってみようか。ぱっと思い浮かんだのが銀次郎だったので電話してみた。
「銀次郎、お店開いてる?」
『マミちゃんどうしたの、涙声で。行くとこないのかしら。遊びにいらっしゃい、飲んで発散しましょ』
「今日は楽しい話出来ないけどいいの?」
『あら、楽しませるのは私の仕事よ。気にしなくていいわ』
「じゃあ、いくから待ってて」
『大丈夫、一人で来られるかしら。お店空いてるからタクシーで迎えにいきましょうか?』
「大丈夫、一人でいけるよ」
『じゃあ、待ってるわ』
こういうときは銀次郎のところにいくのがいい。いろいろ気は遣ってくれるけど、深くはつっこんでこないから。距離感がちょうどいい。距離感といえば奏でもいいんだけど、あそこんちには聞きたがりの真昼がいる。円城寺家は人が多くて疲れる。銀次郎の店でひっそりと飲んで気晴らししよう。家にぽつんと一人でいたらきっとさっきのユキを思い出すし、こういうときはどうすればいいんだろう。お店が閉まってしまったら、僕はどこに行けばいいんだろう。銀次郎なら朝までやってる店知ってるかな。