ソフトクリーム屋の近くのベンチで、二個目のソフトクリームを食べていた。春ちゃんも張り切って二個目である。腹痛で早退したとは思えない食べっぷりである。これ、会社の人に見られたらどうするんだろう。春ちゃんはちょっと甘かったといって、ベンチの隣の自動販売機でお茶を買う。僕たちの分もしっかり買ってくれた。僕も口の中が甘いなと思っていたので、ありがたくいただくことにした。
「今日は一番目の人ですか」
「ランキングで四番目って、実際どうなんですか?」
「辛いですよ、辛いです。四番目だとキスまでしか許してもらえませんからね」
「やっぱり抱きたいですか」
「それはもちろん。可愛い可愛い恋人ですからね。抱きたい気持ちはありますよ」
「けど、それが輝のルールだから何もしないんですか?」
「相手のルールを無視して自分のルールを押しつけては嫌われるだけですからね。私は大好きな輝君のルールに従いますよ」
「でも、それじゃあ輝には触れられないですよね」
「触れて嫌われるか、触れずに今の関係を続けるかの選択です。私は後者を選びました」
何だか切ない話だな、それは。春ちゃんが輝のルールに従うというのなら、輝がランキングの変更をしない限り春ちゃんは輝に触れられないのである。僕は口の中の甘さをお茶で流し、ちょっと甘かったよねと笑う春ちゃんに同意した。今日は夕方になっても過ごしやすい気温だ。もう少し外で風を浴びていたかったが、春ちゃんが腕時計を確認する。
「そろそろ帰りますか」
「春ちゃんは大人ですよね。ちゃんと輝のことを想ってる」
「年を取っているだけで大人とはいえないものですよ。他の恋人たちには嫉妬しますし、抱けなくて悶々とすることもあります。素直な分だけ子どもの方がマシなのかもしれませんよ」
「俺たちみたいに喧嘩することはないでしょう?」
「喧嘩ですか、してみたいですね。喧嘩は立場が対等でないと成立しませんから。私は嫌われるのが怖くて黙ってしまう」
「あの、ルールを変えてっていうのは無理なんですか?」
「無理でしょうね。輝君がその気になればいいですけど、たぶんそうはなりません」
「そうでしょうか」
車は帰り道を辿っていく。真っ直ぐの道が続いている。春ちゃんは深くため息を吐いた。喧嘩してみたいか、そんなこと思ったこともなかった。そもそも、僕と奏は喧嘩をしないけど。大人と子どもすぎて喧嘩にならないという説もある。春ちゃんはずっと輝を失うことに怯えているように感じた。好きな人を失いたくない気持ちは分かるけど、そこまで怯えるかな。大人には大人の事情があるんだろうか。
「輝にその気があるのに、ルールを決めた本人がルールにに縛られて何も出来ないでいるという可能性はないですか?」
「それはあるかもしれませんね。輝君は真面目な子だから、自分の決めたルールにとらわれている気もしますね」
「だとしたら」
「だとしても、私は何も出来ません。あくまで輝君の判断、輝君の気持ちに従うまでです」
「難しいんですね、大人って」
「ただ臆病なだけです。さあ、着きましたよ」
「今日はありがとうございました」
「ソフトクリーム美味しかったです」
「今日は私の話に付き合ってくれてありがとう。水鳥君、あとり君」
春ちゃんはそういって手を振ると車で去っていった。それを見送りながら思う。僕、輝の口から春ちゃんと付き合えて嬉しいって話を聞いていたのに、ルールを変えたいって悩んでるんだって聞いていたのに、あの寂しそうな春ちゃんに何もいってあげられなかった。どうしても、いえなかった。春ちゃんは今晩も悩むんだろうな、きっと。
「何だかんだいってたけど、大人って大変だよな。素直になれない」
「そうだね、難しいよね」
「どうしたの、水鳥」
「輝が春ちゃんのこと大事に想ってるって、ルールを変えること考えてるくらいなんだっていってあげられなかった」
「もしかして、荘介のこと考えた?」
「うん」
「水鳥は優しいな。俺だったらその情報知ってたらいっちゃってるよ。さっきの寂しそうな春ちゃん見てたらな」
「いいたかったけど、どうしても荘介の顔が浮かんじゃって」
「水鳥は輝と荘介が幸せになって欲しいと思ってるんだな」
「うん、たぶん」
ごめんなさい、春ちゃん。貴方の寂しそうな顔より、輝と笑う荘介の顔を優先してしまった。輝と笑い合う春ちゃんの笑顔が想像出来なかった。嫌われるのを恐れる臆病な春ちゃん。応援したいなとは思ったけど、それ以上に荘介を応援したかった。春ちゃんが四番目の呪縛から解き放たれることを祈ってる。大人だからって、いつまでも辛さに耐えられるとは思わないから。いい人なのは分かったから、幸せになる道を探して欲しい。四番目じゃなく、誰かの一番になって。