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第399話 魔王メイト 討伐完了

 「……久しぶりだな、魔王」




 「お前は、あの時――確かに死んだはずだ」




 「……俺もそう思っていた。だが、“死んだ兄さん”が――ヒントをくれたんだ」




 「兄が……ヒント?」




 「……ああ。相変わらず居酒屋で酒を煽っていてさ。死んだことを感じさせないくらい、いつも通りで」




 「……兄のことはいい。ヒントの話をしている」




 「……兄さんの素晴らしさがわからん奴に、語る気はない」




 ヒロユキはそう言いながら、手にしていた日本刀をふいに横へと投げ捨てた。




 「どういうつもりだ?」




 「……一つ、聞かせろ」




 ヒロユキはゆっくりと問いかける。




 「俺たちは――“天秤”を破壊した。おそらく、あれによって身体は元に戻ったはずだ……だが__」






 「入れ替わった先で、もし“死んでいた”場合……どうなる?」




 「ふん……自分のことは語らず、こちらの情報だけ得ようとは。だが、まぁいい。いずれ知ることだろう」




 「……」




 「“死んだ者”が、生き返るはずがない――」




 その一言が落ちた瞬間だった。


 空気が、変わる。


 風も吹かず、音もないのに。




 荒々しい威圧でもなく、激しい怒気でもない。




 ――ただ、静かに。


 ――まるで心臓を、内側から握り潰されるかのような殺気。



 「……さっき、俺が捨てた刀は――よく斬れるんだ」




 「……? それがどうした」




 「……」




 「ッ!?」




 言葉の代わりに、ヒロユキは静かに手を伸ばし、メイトの“鼻先”を掴んだ。




 「ッが……!?」




 咄嗟に距離を取るメイト。その動きは本能的で、そして的確だった。


 だが、遅かった。




 「……この臭い……まさか……!」




 鼻先に残ったのは、忌々しいまでに鮮烈な“リラックスピルクル”の匂い。



 「安心しろ。殺すために使ったんじゃない」


 「ッ……!」


 「お前に……俺と“同じ気持ち”になってもらうために、使わせてもらった」




 「く、くそぉ……!」




 メイトは鼻先をこすり、魔力で清めようと試みるも、効果は薄い。


 嗅覚が鋭すぎるがゆえに、“リラックスピルクル臭”は脳髄にまで染み込んで離れない。




 「……さっき、“どういうつもりだ”って聞いたよな?」




 「……あ?」




 苛立ちに満ちた声で応じたメイトに――




 ヒロユキは真っ直ぐに言い放つ。




 「――あれを使えば、一瞬で決着がつく。だから、捨てたんだ」




 「……っ!!?」




 それは、圧倒的な“侮辱”だった。


 魔王という絶対者に対し、“本気すら必要ない”という意思を、明確に突きつけた言葉。




 強者としての誇りを、土足で踏み躙る。



 魔王に対しての最大の煽り。


 「ならばやってみろ!勇者ぁ!」


 怒声とともに、メイトが砂漠を砕いて飛び出す。腕を引き絞り、肩と背筋を最大限にひねり込んだ拳が、重力を乗せて空気ごと裂いた。


 ――その一撃が、ヒロユキの顔面を粉砕するはずだった。


 「……」


 だが。


 ヒロユキは、一歩も動かず、ただ片手を伸ばしてその拳を掌で受け止めた。


 「な、に……!?」


 拳が止まった。

 いや、止められた。


 「フン……」


 音もなく、ヒロユキの握力が締まる。


 「っが……あああああああああああああ!!」


 骨が砕け、皮膚を破って飛び出した血と白い骨片が、砂上に散る。


 「くっ……!」


 メイトは即座に魔力で手を再生。

 怒りにまかせて、今度は右足の踵で横薙ぎに回し蹴りを放つ――


 「っ!!」


 だがそれも受け止められる。


 ズシン、と空気が震える音。

 だがヒロユキの身体は一切ぶれない。


 「……効かん」


 そう告げると、逆にその足首を掴み、振り回して地面に叩きつける。


 「ぐあっ……!」


 メイトの身体が砂に沈みかけた瞬間、起き上がって肘打ちを放つ。


 ヒロユキの胸元に向けた肘は確実に内臓を潰す速度と角度だったが――


 「……」


 ヒロユキは胸に当たる直前、肘の軌道に自分の腕を差し込み、完全に止める。


 次の瞬間、メイトの肘を逆方向にへし折った。


 「っがはっ……!!」


 「……この程度か?」


 「くそがああああああっ!!!」


 メイトの怒りは頂点に達する。


 「砂に埋もれて窒息して死ぬがいい!」


 叫ぶと同時に、メイトは空高く跳躍し――両腕を広げる。

 その動きに呼応するように、砂漠がうねる。まるで津波のような砂の大波が巻き上がり、ヒロユキを呑み込んだ。


 「フン、所詮は攻撃を防ぐだけの力。身動きが取れず、呼吸もままならなければ無意味だ……」


 勝利を確信したメイトは、静まり返った砂地に着地する。


 しかし――


 「……どうした? もう終わりか?」


 「ッ!?」


 その声は、背後から。


 慌てて振り向いたメイトの目に映ったのは、無傷のまま静かに立つヒロユキだった。


 「ば、バカな……!」


 応えるようにヒロユキが腕を振り上げ、無言のまま手刀をメイトの肩へ叩き込む。

 その瞬間、刃物のような鋭さを持つその一撃が――


 黄金の鎧ごと、メイトの右腕を斬り落とした。


 「ぐ、あああああッ!! あ、腕が……!」


 地面に崩れ落ちた腕からは血と魔力が噴き出し、鎧片が弾けるように散る。


 「……腕も、治せるんだろ?」


 「く、そ……っ!」


 歯を食いしばりながら、メイトは魔力で切断された腕を再生する。だが、その顔からは明らかに余裕が消えていた。


 「……次はなんだ?」


 ヒロユキは淡々と告げる。

 その姿に、メイトの理性が警鐘を鳴らす。


 ――違う。これはただの勇者ではない。


 どれだけ魔法を使おうと、どれだけ肉体を強化しようと、敵わない。

 脳がそう、はっきりと告げている。


 「こ、こんなはずでは……!」


 そして思い出す――


 “弱いからこそ足掻く”


 その言葉が、今になってメイトの胸を抉る。


 「が、ぁぁぁあ!! 全ては――魔神様のためにッ!!」


 プライドも理性も捨て、怒りと恐怖のままにメイトは空へと舞い上がった。

 限界を超えて全魔力を解放し、魔眼の能力を最大まで引き出す。


 「我も……足掻かせてもらうぞォ!!」


 刹那、空間が歪む。


 大気が悲鳴を上げるように震え、黒い球体が現れる。

 それは偽りの魔法ではない――


 本物の【ブラックホール】だった。


 「フハハハハ! これはお前たちのような人間の魔法とは次元が違うッ!」


 狂ったように笑いながら、メイトは叫ぶ。


 「このまま成長すれば、この星ごと飲み込むぞッ!!」


 ブラックホールはあらゆるものを吸い込み始める。

 砂、空気、大地、光さえも引きずり込まれ、闇の中心へと消えていく。


 「……くだらん」


 ヒロユキは一言だけ呟いた。

 そして、腕を横に伸ばす。


 ――すう、と。


 砂の中に埋もれていた一振りの日本刀が、音もなく彼の手元に舞い戻る。


 「そんな小さな刀で何ができる!? あきらめろッ!! お前たち全員……死を受け入れろッ!!」


 だが、ヒロユキは答えない。

 ただ静かに、腰を落として構える。









 「……【神・斬】」










 瞬間――


 ヒロユキの一振りと共に、ブラックホールは、魔王メイトは――







 何一つ痕跡を残すことなく、この世界から“完全に消滅”した。




























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