華やかな舞踏会場には、クリスタルのシャンデリアが輝き、豪奢なドレスとスーツに身を包んだ貴族たちの笑い声が響いていた。王太子アルヴィンの婚約者であるフェリシア・ドレイクも、その場に立っていた。深紅のドレスを身に纏った彼女は、誰よりも美しく、そして気品に満ちていた。幼い頃から貴族令嬢としての教育を受け、王太子妃として恥じないよう完璧に振る舞ってきたフェリシアにとって、この舞踏会は社交界での自分の立場を再確認する場であるはずだった。
しかし、その期待は、アルヴィンの冷たく無情な一言によって打ち砕かれた。
「フェリシア・ドレイク。君との婚約は本日をもって破棄する。」
突然の宣告に、場内が静まり返る。貴族たちの視線が一斉にフェリシアに向けられ、囁きが広がった。フェリシアは耳を疑った。まるで悪夢のような瞬間だった。
「…どういう意味でしょうか、アルヴィン殿下?」
必死に平静を保ちながら、フェリシアは問い返した。だが、アルヴィンの表情には一片の感情もない。
「君が嫉妬に狂い、他の令嬢たちをいじめていたという報告を受けている。それに加え、不適切な関係を持った男性との手紙も発見された。」
彼は冷ややかに言い放った。まるで裁判官が罪状を読み上げるかのように。
「そんなこと、私がするわけがありません!」
フェリシアは震える声で反論するが、アルヴィンは耳を貸さない。彼の隣には、純白のドレスを身にまとった平民出身の令嬢クラリスが控えており、悲劇のヒロインを演じるかのように涙を浮かべていた。
「殿下、どうか許してあげてください。きっとフェリシア様も悩んでいらっしゃったのですわ…でも、私たちを憎むのはおやめください。」
クラリスの作り物のような哀れな声が、場内に響く。その言葉に、貴族たちの間でフェリシアへの非難の声が上がり始めた。
「嫉妬に駆られてそんなことを…」
「さすがは悪女と言われるだけあるわね。」
フェリシアの頬が熱くなる。目の前の光景が信じられない。何が起きているのか理解できず、ただ混乱し、呆然と立ち尽くしていた。
「殿下、私は何もしておりません。この場で証拠をお示しいただけますか?」
フェリシアは最後の力を振り絞って言葉を紡いだ。しかし、アルヴィンの返答は無慈悲だった。
「証拠なら既にある。それについては後日正式に発表する。今夜はその話ではない。」
そう言って、アルヴィンはクラリスの手を取る。そして場内に向かって高らかに宣言した。
「私、アルヴィン・エストリア王太子は、本日をもってフェリシア・ドレイクとの婚約を破棄し、新たにクラリス・エヴァレットを婚約者として迎える!」
貴族たちの歓声が沸き上がる中、フェリシアはその場に取り残された。足元が崩れるような感覚に襲われ、視界が揺らぐ。これまで積み上げてきたものが、すべて無意味だったと言われた気がした。
「どうして…こんな…」
口から漏れる声は震えていた。しかし、周囲にいる誰一人として、彼女に手を差し伸べる者はいなかった。
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舞踏会は続いている。だが、その中心にはもうフェリシアはいない。彼女は静かに部屋を後にし、夜風が吹き込むバルコニーで、一人涙を流した。
「私は間違っていない。私を貶めた者たちに、必ず真実を知らしめてみせる。」
彼女の目に浮かんだ涙は、やがて怒りと決意の炎に変わっていった。
フェリシアが舞踏会から部屋に戻るとき、彼女の頭は混乱と屈辱でいっぱいだった。アルヴィン王太子が告げた婚約破棄の言葉、そしてクラリスの嘲るような態度。それらが繰り返し彼女の心を刺していた。ドレスの裾を掴む手は震え、涙が頬を濡らす。だが、自分を支えてきた誇りだけは失うまいと、必死に平静を装っていた。
翌朝、フェリシアはまだ薄暗い早朝に父親の執務室に呼び出された。重々しい扉を開けると、父親である伯爵ルードヴィッヒ・ドレイクが冷たい目で彼女を見つめていた。
「フェリシア、お前に説明すべきことがあるな。」
父の声は静かだったが、その背後には怒りと失望が漂っていた。隣には彼女の母親も座っており、険しい顔で腕を組んでいる。両親の視線を受けた瞬間、フェリシアの胸は強く締め付けられた。
「何の話でしょうか?」
フェリシアは勇気を振り絞り、穏やかに問い返した。しかし、父親の机の上に置かれた一通の手紙が目に入った瞬間、彼女の心臓が跳ね上がる。
「これがお前のものだと、アルヴィン殿下から届いた。」
父親が指差した手紙には、フェリシアの筆跡に酷似した文字で、ある男性宛ての甘い言葉が綴られていた。
「…大好きなあなたへ。この胸の想いを隠しきれません。あなたと共に逃げる日を夢見ております。」
フェリシアは目を疑った。自分が書いた覚えのない文面が、まるで彼女が不貞を働いた証拠であるかのように存在している。
「これが何だというのですか?これは偽造です!私はこんな手紙を書いた覚えはありません!」
フェリシアは即座に否定したが、父親の表情は険しいままだった。
「そうだとしても、アルヴィン殿下がこれを証拠として提出している以上、お前の言葉だけでは信じられん。お前が普段どれだけ優れた娘として振る舞ってきたかは知っている。だが、この証拠を前にしては我々も抗弁できない。」
父親の声には諦めが滲んでいた。
「母様、これは嘘です!信じてください!」
フェリシアは母親にも助けを求めたが、彼女は冷たく視線を逸らした。
「お前が嫉妬深いという噂は以前から耳にしていた。クラリス嬢のような純粋な娘を妬んで、何かを仕掛けたのではないのか?」
母の言葉は、まるで刃のようにフェリシアの心を抉った。
「違います!私は何もしていません!クラリスこそが嘘をついているのです!」
必死に訴えるフェリシアの声は震えていた。しかし、両親はその言葉に耳を貸そうとしなかった。
「クラリス嬢は、殿下にふさわしい娘だと社交界で評判だ。お前はその彼女を妬み、身の破滅を招いた。これ以上我が家の名誉を汚すつもりか?」
父親の声には、愛情ではなく義務感だけが残っていた。
フェリシアは何も言い返せなかった。自分がどれほど努力し、名門ドレイク家の令嬢としての義務を果たしてきたかを知っているはずの家族ですら、自分を信じてくれないという事実に、絶望が押し寄せた。
「私が無実であることを証明してみせます。」
フェリシアはそう言い残し、執務室を後にした。心の中では怒りと悔しさが渦巻いていた。家族にさえ裏切られた彼女にとって、頼れるものはもう何もなかった。
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その日の午後、フェリシアは友人だった貴族令嬢たちに助けを求めようとした。しかし、彼女を待っていたのは冷たい拒絶だった。
「フェリシア、正直言って、あなたの行動には呆れました。嫉妬深い悪女という噂が本当だなんて思いたくなかったけれど…」
そう言って離れていく友人たちの背中を見送りながら、フェリシアは心の中で叫んだ。
「私は悪女なんかじゃない!」
しかし、その声が届くことはなかった。
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夜、フェリシアは自室で一人、偽造された手紙をじっと見つめていた。何度見ても自分の筆跡と酷似しており、反論の余地は少ない。しかし、彼女の心には確信があった。
「この手紙を偽造したのはクラリスだわ。」
アルヴィンに接近し、彼を惑わせたクラリス。彼女が仕組んだ陰謀だということを本能的に感じていた。
「必ず証拠を見つけてやる。」
フェリシアは深い息をつき、拳を握り締めた。追い詰められた今、彼女の心には復讐心と真実を取り戻す決意が燃え始めていた。
翌朝、フェリシアはドレイク家を去ることになるとは、この時まだ知らなかった。だが、彼女は無実を証明し、己の名誉を取り戻すための第一歩を踏み出そうとしていた。
フェリシア・ドレイクがドレイク伯爵家の長女として生まれた時、両親は彼女に大きな期待を寄せた。美貌、知性、そして上品さを兼ね備えた彼女は、王太子アルヴィンの婚約者に選ばれるほど完璧な娘だった。フェリシア自身もその期待に応えるため、幼い頃から努力を惜しまなかった。社交界のマナー、音楽やダンス、政治や経済の知識――すべては、未来の王妃としての責務を果たすためだった。
しかし、アルヴィンによる婚約破棄と偽りの証拠によって、その全てが崩れ去った。フェリシアが舞踏会から戻った翌日、彼女は執務室に呼び出され、偽造された手紙を突きつけられた。両親からの失望の眼差しを受けたフェリシアは、必死に無実を訴えたが、その声は届かなかった。
---
「フェリシア、これ以上家の名誉を傷つけるな。」
父であるルードヴィッヒ伯爵の声は冷たく響いた。フェリシアは父の言葉を受けて愕然とした。かつて誇りを持っていた父の姿は、今や冷酷な裁判官のようだった。
「お父様、本当に信じていただけないのですか?私は何もしていません!」
フェリシアの声は震えていた。必死に訴えかける彼女の姿は痛々しいものだったが、ルードヴィッヒ伯爵は顔をしかめるだけだった。
「アルヴィン殿下が証拠を持っている以上、我々が何を言っても意味がない。それに、このような噂が立った以上、君が社交界に戻ることは難しい。」
伯爵は無感情に告げた。その一言は、フェリシアにとって絶望的な宣告だった。
「そんな…」
フェリシアは目の前が暗くなるのを感じた。自分がこれまで築き上げてきたものがすべて失われ、家族さえも自分を見放そうとしている。その現実が重くのしかかる。
---
母親であるイザベル伯爵夫人もまた、冷たい態度を崩さなかった。彼女はため息をつきながら、静かに言った。
「フェリシア、私は貴女を愛しています。でも、今回ばかりはどうすることもできません。貴女が犯した罪は、家全体に影響を及ぼしているのです。」
「母様、私は罪など犯しておりません!」
フェリシアの声は怒りに震えていた。しかし、伯爵夫人はその言葉を聞き入れることなく、背を向けた。
「これ以上騒ぎを大きくしないでください。それが家のためです。」
その言葉に、フェリシアの中で何かが崩れ落ちた。母の愛情すら、自分の潔白を信じてはくれないのだと悟った瞬間だった。
---
その日の午後、伯爵家で家族会議が開かれた。会議にはフェリシアも同席させられ、家族の間で彼女の今後について話し合われた。
「フェリシアはしばらく表舞台から姿を消すべきです。」
伯爵はそう提案し、周囲もそれに同意した。フェリシアにとって、その言葉は事実上の追放宣告だった。
「私がこの家を出て行けというのですか?」
フェリシアは父に問いかけたが、返ってきたのは無言の肯定だった。
「君は自分の行動がもたらした結果を理解しなければならない。」
ルードヴィッヒ伯爵の言葉には、もうフェリシアへの愛情の欠片も感じられなかった。
「わかりました。私はこの家を去ります。」
フェリシアは静かに立ち上がり、決然とした声で答えた。涙を見せることはなかった。その瞬間、彼女の中で何かが吹っ切れたようだった。家族にすら見放された以上、これ以上失うものはない。彼女は自分自身の力で生き抜く決意を固めた。
---
その夜、フェリシアは少ない荷物をまとめ、ドレイク伯爵家を後にした。誰も彼女を見送る者はいなかった。冷たい夜風が彼女の頬を撫でる中、フェリシアは涙を流さず、まっすぐ前を向いて歩き出した。
「私は必ず無実を証明し、真実を明らかにしてみせる。そして、この屈辱を晴らしてみせる。」
心の中でそう誓う彼女の瞳には、強い決意が宿っていた。
しかし、フェリシアはこの先待ち受ける運命にまだ気づいていなかった。隣国の公爵リヒトとの出会いが、彼女の人生を大きく変えることになるとは…。
フェリシアがドレイク伯爵家を去り、冷たい夜風の中、一人で歩いているとき、彼女の心は怒りと悲しみに満ちていた。王太子アルヴィンによる婚約破棄と偽りの証拠、そして家族からの失望。すべてがフェリシアの中で渦を巻き、心の奥底を引き裂いていた。
「私は何も悪いことをしていないのに…」
フェリシアは歩きながら、心の中で何度も繰り返した。家族ですら信じてくれないという現実に、彼女の胸は痛んだが、同時に決意も芽生えていた。必ず自分の無実を証明し、この理不尽な運命を覆してみせる。その強い意志だけが、彼女を支えていた。
---
街を抜け、小さな広場に差し掛かった時、フェリシアは疲れ切って石のベンチに腰を下ろした。夜空を見上げると、満天の星々が輝いている。だが、その美しさは今のフェリシアにとって、何の慰めにもならなかった。
「これからどうすればいいのかしら…」
誰にも相談できず、行くあてもない。そんな孤独に押しつぶされそうになったその時、広場に馬車が到着する音が響いた。
振り返ると、立派な黒い馬車から一人の男性が降り立つ。その姿を見た瞬間、フェリシアは目を見開いた。彼女の幼い頃からの友人であり、隣国の公爵リヒト・エーバーハルトだった。
---
「フェリシア!」
リヒトは驚いた様子で彼女に駆け寄る。その表情には心配と安堵が混じっていた。彼の姿を見た瞬間、フェリシアの胸に溜まっていた緊張が一気に解ける。
「リヒト…どうしてここに?」
彼女が問いかけると、リヒトは真剣な表情で答えた。
「君のことを聞いて、すぐに駆けつけたんだ。アルヴィン王太子が君との婚約を破棄し、社交界で君を悪者に仕立て上げたという話を耳にした。」
その言葉に、フェリシアは驚きと共に胸が熱くなるのを感じた。自分の状況を知り、助けに来てくれる人物がまだいたことが、彼女にとってどれほど心強いか。
「君がそんなことをするはずがない。僕は君を信じている。」
リヒトの言葉に、フェリシアの目から一筋の涙が零れ落ちた。家族にも見放され、孤独の中にいた彼女にとって、その言葉は救いそのものだった。
---
「でも、私はもう帰る場所がないの。」
フェリシアは弱々しく呟いた。リヒトはそんな彼女をじっと見つめた後、毅然とした声で言った。
「ならば、僕の国に来るといい。僕の家で君を迎える。君が安心して過ごせるように、全力で守ると約束する。」
その提案に、フェリシアは驚きを隠せなかった。隣国であるエーバーハルト公爵家に移るという選択肢が彼女に提示されるとは思ってもみなかった。
「私が隣国に行くなんて…それではまるで逃げたみたいだわ。」
フェリシアの声にはわずかな躊躇が混じっていた。しかし、リヒトは柔らかな笑みを浮かべて言った。
「これは逃げではない、再出発だよ。君が新しい人生を歩むための第一歩だ。それに、君にはまだやるべきことがあるだろう?」
その言葉に、フェリシアはハッとした。無実を証明し、真実を明らかにするためには、自分自身を守る力を手に入れる必要がある。リヒトの提案は、そのための機会だと気づいた。
---
「分かったわ。あなたを頼らせてもらう。」
フェリシアは決意を込めて頷いた。その瞬間、彼女の目に宿ったのは、これまでの弱さとは異なる強い意志だった。リヒトは満足げに微笑み、馬車の扉を開けて彼女を迎え入れる。
「隣国では君を自由にさせるつもりだ。必要なものは何でも用意する。そして、僕も君の無実を証明する手伝いをするよ。」
リヒトの頼もしい言葉に、フェリシアの胸は少しずつ軽くなっていった。彼の助けを得られるなら、どんな困難にも立ち向かえる。そんな気持ちが、彼女の心を満たしていった。
---
馬車が隣国へ向けて動き出すと、フェリシアは小さく息をついた。夜風が彼女の頬を撫でる中、彼女は新しい未来を描き始めた。アルヴィンとクラリスに陥れられた屈辱を晴らし、自分の人生を取り戻す――そのために必要なすべてを手に入れる覚悟が、フェリシアの中で燃え上がっていた。
「ありがとう、リヒト。あなたがいてくれて本当に良かった。」
フェリシアの感謝の言葉に、リヒトは優しく微笑んで答えた。
「君が立ち上がる力を取り戻すまで、僕がそばにいるよ。」
こうしてフェリシアは新しい道を歩み始めた。隣国で待ち受ける未来がどのようなものであれ、彼女はもう過去に囚われることはなかった。彼女の物語は、ここから新たな幕を開けるのだった。
フェリシアがドレイク伯爵家を去り、冷たい夜風の中、一人で歩いているとき、彼女の心は怒りと悲しみに満ちていた。王太子アルヴィンによる婚約破棄と偽りの証拠、そして家族からの失望。すべてがフェリシアの中で渦を巻き、心の奥底を引き裂いていた。
「私は何も悪いことをしていないのに…」
フェリシアは歩きながら、心の中で何度も繰り返した。家族ですら信じてくれないという現実に、彼女の胸は痛んだが、同時に決意も芽生えていた。必ず自分の無実を証明し、この理不尽な運命を覆してみせる。その強い意志だけが、彼女を支えていた。
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街を抜け、小さな広場に差し掛かった時、フェリシアは疲れ切って石のベンチに腰を下ろした。夜空を見上げると、満天の星々が輝いている。だが、その美しさは今のフェリシアにとって、何の慰めにもならなかった。
「これからどうすればいいのかしら…」
誰にも相談できず、行くあてもない。そんな孤独に押しつぶされそうになったその時、広場に馬車が到着する音が響いた。
振り返ると、立派な黒い馬車から一人の男性が降り立つ。その姿を見た瞬間、フェリシアは目を見開いた。彼女の幼い頃からの友人であり、隣国の公爵リヒト・エーバーハルトだった。
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「フェリシア!」
リヒトは驚いた様子で彼女に駆け寄る。その表情には心配と安堵が混じっていた。彼の姿を見た瞬間、フェリシアの胸に溜まっていた緊張が一気に解ける。
「リヒト…どうしてここに?」
彼女が問いかけると、リヒトは真剣な表情で答えた。
「君のことを聞いて、すぐに駆けつけたんだ。アルヴィン王太子が君との婚約を破棄し、社交界で君を悪者に仕立て上げたという話を耳にした。」
その言葉に、フェリシアは驚きと共に胸が熱くなるのを感じた。自分の状況を知り、助けに来てくれる人物がまだいたことが、彼女にとってどれほど心強いか。
「君がそんなことをするはずがない。僕は君を信じている。」
リヒトの言葉に、フェリシアの目から一筋の涙が零れ落ちた。家族にも見放され、孤独の中にいた彼女にとって、その言葉は救いそのものだった。
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「でも、私はもう帰る場所がないの。」
フェリシアは弱々しく呟いた。リヒトはそんな彼女をじっと見つめた後、毅然とした声で言った。
「ならば、僕の国に来るといい。僕の家で君を迎える。君が安心して過ごせるように、全力で守ると約束する。」
その提案に、フェリシアは驚きを隠せなかった。隣国であるエーバーハルト公爵家に移るという選択肢が彼女に提示されるとは思ってもみなかった。
「私が隣国に行くなんて…それではまるで逃げたみたいだわ。」
フェリシアの声にはわずかな躊躇が混じっていた。しかし、リヒトは柔らかな笑みを浮かべて言った。
「これは逃げではない、再出発だよ。君が新しい人生を歩むための第一歩だ。それに、君にはまだやるべきことがあるだろう?」
その言葉に、フェリシアはハッとした。無実を証明し、真実を明らかにするためには、自分自身を守る力を手に入れる必要がある。リヒトの提案は、そのための機会だと気づいた。
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「分かったわ。あなたを頼らせてもらう。」
フェリシアは決意を込めて頷いた。その瞬間、彼女の目に宿ったのは、これまでの弱さとは異なる強い意志だった。リヒトは満足げに微笑み、馬車の扉を開けて彼女を迎え入れる。
「隣国では君を自由にさせるつもりだ。必要なものは何でも用意する。そして、僕も君の無実を証明する手伝いをするよ。」
リヒトの頼もしい言葉に、フェリシアの胸は少しずつ軽くなっていった。彼の助けを得られるなら、どんな困難にも立ち向かえる。そんな気持ちが、彼女の心を満たしていった。
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馬車が隣国へ向けて動き出すと、フェリシアは小さく息をついた。夜風が彼女の頬を撫でる中、彼女は新しい未来を描き始めた。アルヴィンとクラリスに陥れられた屈辱を晴らし、自分の人生を取り戻す――そのために必要なすべてを手に入れる覚悟が、フェリシアの中で燃え上がっていた。
「ありがとう、リヒト。あなたがいてくれて本当に良かった。」
フェリシアの感謝の言葉に、リヒトは優しく微笑んで答えた。
「君が立ち上がる力を取り戻すまで、僕がそばにいるよ。」
こうしてフェリシアは新しい道を歩み始めた。隣国で待ち受ける未来がどのようなものであれ、彼女はもう過去に囚われることはなかった。彼女の物語は、ここから新たな幕を開けるのだった。
フェリシアを乗せた馬車は、隣国エーバーハルト公爵領へと向かっていた。夜が明け、青い空が広がる中、彼女は窓の外を見つめながらこれまでの出来事を思い返していた。王太子アルヴィンとの婚約破棄、偽りの証拠、家族からの失望――すべてが一瞬にして彼女の人生を狂わせた。しかし、今は隣国への道を進む中で、新たな未来を考え始めていた。
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馬車の中では、リヒトがフェリシアを気遣うように話しかけていた。彼の穏やかな声が、フェリシアの心を少しずつ癒していく。
「君が隣国に来ることを決めてくれて嬉しいよ。君にはまだたくさんの可能性がある。僕たちの国で、君自身の力を発揮してほしい。」
リヒトの言葉は、フェリシアの胸に温かく響いた。彼はただ彼女を保護するだけではなく、彼女の未来を信じているのだと感じた。
「ありがとう、リヒト。本当に、あなたには感謝してもしきれないわ。」
フェリシアの言葉には、これまで感じたことのない深い感謝が込められていた。自分を信じてくれる人がまだいる――それだけでも、彼女の心に大きな希望をもたらした。
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数時間後、馬車はリヒトの領地に到着した。広大な公爵邸が目の前に広がり、その壮麗さにフェリシアは目を見張った。エーバーハルト家は隣国でも有数の名門であり、その力と影響力は絶大だと聞いていたが、実際にその領地を目の当たりにすると、彼女の想像を遥かに超えていた。
「ここが君の新しい家だよ、フェリシア。」
リヒトが微笑みながら言った。その言葉に、フェリシアは胸がじんと熱くなった。彼女は深く息を吸い込み、この場所で新たな人生を始める覚悟を改めて固めた。
「私はここで、自分自身を取り戻してみせるわ。」
フェリシアの目には強い意志が宿っていた。
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公爵邸に到着すると、使用人たちが丁寧にフェリシアを迎え入れた。リヒトは彼女を邸内に案内しながら、彼女が安心して暮らせるよう、さまざまな配慮をしてくれる。
「この部屋は君専用だ。何か困ったことがあれば、僕に遠慮なく言ってほしい。」
リヒトが案内した部屋は広く、優雅な内装が施されていた。だが、フェリシアはその贅沢さに甘えるつもりはなかった。
「リヒト、私をここに置いてくれるのは本当にありがたいわ。でも、私はただ守られるだけの存在ではいたくないの。何か役に立てることをしたい。」
フェリシアの真剣な言葉に、リヒトは満足げに頷いた。
「君のその姿勢が好きだよ、フェリシア。実は、君にぜひやってほしいことがある。」
リヒトはそう言いながら、彼の領地で進めているある事業について話し始めた。それは、隣国との貿易を促進し、新しい商品を広めるプロジェクトだった。
「君は経済の知識もあるし、社交界で培った交渉力もある。それをこの事業で活かしてくれないか?」
その提案に、フェリシアは驚いた。リヒトが彼女の能力を見込んでくれていることが嬉しかったし、自分の力で新たな人生を切り開くチャンスだと感じた。
「もちろん、やらせていただきます。私の力で、この事業を成功させてみせます。」
フェリシアの返事に、リヒトは満足そうに微笑んだ。
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その夜、フェリシアは公爵邸の一室で一人、これからの計画を考えていた。アルヴィンとクラリスによって受けた屈辱を晴らすためには、まず自分自身が強くならなければならない。リヒトの力を借りつつも、最終的には自分の力で名誉を取り戻したい。そう決意する彼女の胸には、かつて感じたことのない闘志が燃え上がっていた。
「私はもう昔の私ではないわ。自分の未来は自分で切り開く。」
フェリシアは窓の外に広がる夜空を見上げ、静かにそう誓った。
その先にどんな困難が待ち受けていようと、彼女はもう怯むことはない。隣国での新しい生活が、彼女にとって真実を明らかにする旅の始まりとなる。そしてその旅路が、彼女の人生を取り戻し、新たな愛と幸せへと導くものになることを、フェリシアはまだ知らなかった。
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こうしてフェリシアの新たな一歩が始まる。彼女の心には過去の傷が深く残っているが、それを力に変えて進む決意が、彼女を未来へと導くのだった。