シュルヴェステルを倒してから一年。
私たちはクリスの墓参りをしようと、ラヴィネン王国へ向かっていた。
あれから、私の故郷の隣国ラウティオラ王国にいたのだ。いつものように気ままに、いつものように魔を倒していた。シュルヴェステルのような強魔には幸い会っていない。ユーリが正式に陽光の杖を授かった今でも、あのクラスの魔は強敵なのだと思う。
「ユーリ、クリスに何を報告するんだい?」
「やっぱり、陽光の杖の主になったってことかな。アルは?」
「なんだろうね」
「あー、またそうやって誤魔化す」
そんな会話をしていると、見覚えのあるクジャク(オス)が飛んでいるのが見えた。ラウティオラ王国にクジャクはいない。これはラヴィネン王国からの知らせではないだろうか。
クジャクは三回旋回をして下りてきた。
急いで足にくくりつけられた手紙を見る。
『魔が現れた。至急ラヴィネン城へ』
と、乱れた字で書かれていた。
また、魔が現れたのか。ずいぶん狙われる国である。それにしても、気になるのはこの乱れた字。物凄く急いでいるようだ。王都が襲われている可能性が高い。
私たちは近くの町の転移所に急ぎ、途中別の町を経由してラヴィネン王国の王都に飛んだ。
王都に着いた私たちは、急いで城へ向かう。町に魔の気配はなかったが、どういうことなのだろう。襲われているのは王都ではないのか。
城に着いた私たちは部屋に通される。
「どういうことなんだろうね。魔の気配はしないね」
「うん、僕も何も感じないよ」
「ユーリも杖の主になってから、ずいぶん気配に敏感になったからね」
そんな話をしているとノックの音が響いてヘルレヴィさんが顔を出した。元気そうで何だか安心する。
「アルベルト君、ユリウス君、来てくれたんですね。実は魔が現れたんですよ。強力な魔です」
「どこに現れたんですか?」
「この城にです」
「この城に。しかし、魔の気配が」
そこではたと思い至ったのは、上級クラスの魔の存在だ。気配を自在に操る、シュルヴェステルのような魔だ。想像するだに恐ろしい。今はユーリも陽光の杖を使いこなしているが、大丈夫だろうか。
ヘルレヴィさんは陛下の元へ向かいましょうといった。
私たちは国王陛下の執務室に案内された。
入ると、国王陛下がカレルヴォさんと真剣な顔で向かい合っている。
「待った」
「陛下、待ったは三回までとの約束です」
「えー。いいじゃないかカレルヴォ。大体二人の時に陛下と呼ぶのはやめろと言ったじゃないか」
「二人ではありませんよ、陛下」
国王陛下はようやく私たちに気付いたようだ。どうやら、国王陛下とカレルヴォさんはゲームに興じていたらしい。何なんだろう、この空気感。とても城に魔が出たとは思えないのだが。私はユーリと顔を見合わせた。ヘルレヴィさんは陛下の元へ歩いていくと、私たちに向き直る。
「陛下、ヘルレヴィさんからこの城に魔が出たと聞きました」
「ああ、出たんだよ。魔が。物凄い強い魔で困ってる」
「でも、魔の気配はしないのです。もしや、上級クラスの魔ではないかと心配しています」
「上級クラスの魔かどうかは分からないけど、今、ここに呼ぼうか」
呼ぶ、どういうことだ。私たちはしばらく突っ立ったまま固まっていた。背後でドアがノックされる。
「さあ、魔の登場だ」
振り向くと、ドアからは。
エリサさんが入ってきた。
エリサさんが生きている。生きて、私たちの前に立っている。それだけで涙が出た。
「半年前、空間の歪みが現れまして、私たち魔道士団が出動したところ、エリサさんが現れたのです」
「生きていたのですか」
「あちらの世界へ帰った私はすぐに治療を受けることが出来ました。完治までには半年かかりましたが」
「リハビリしてからこちらへ?」
エリサさんは首を振った。
「いいえ、実はこちらへ来たのは半年前なんです。それから、カレルヴォさんの下で修行をし、魔法を身につけました。足手まといにはなりません。戦力になるように修行してきました。旅に連れて行って下さい」
私はユーリと顔を見合わせて頷く。
エリサさんの方へ歩いていって、懐から大事にしていたものを取り出す。
「これをお返ししたくてずっと大事に持っていました」
「これは、私の髪飾り。これを持っていてくれたんですか?」
「ええ、貴女の傷がよくなるように祈って。本当にいいんですか。危険な旅なのは分かっているでしょう」
「そのために半年間修行をしたのです」
エリサさんの目は本気だった。髪飾りを胸元で抱きしめて、真っ直ぐに見つめる。しかし、私はエリサさんを守りきれるだろうか。もし、また一年前のようなことになってしまったら。私は嬉しい気持ちもあるが、一緒に旅をしようとは言えなかった。
すると、カレルヴォさんが歩み寄ってきて、エリサさんの肩に手を置く。
「エリサは大変優秀な弟子です。努力家だし力もあります。本当は手放したくないくらいなんですよ。魔道士団に残したい逸材です」
「お願いします、アルベルト様、ユリウス様」
私は返事をユーリに任せた。
私もユーリも思いは同じだと思うから。
「エリサさん。まず、アルベルトと、僕のことはユーリって呼んでよ」
「それでは」
「一緒に生きましょう、エリサさん」
「ずるいです。アルベルトとユーリと呼ぶなら、エリサって呼んで下さい」
国王陛下とヘルレヴィさんとカレルヴォさんが手を叩いた。
私たちは再びエリサと旅をすることになった。
エリサの旅の準備を待って、まずはクリスの眠る地ヴェステリネン近くの山へ向かう。
私はもう何も手放さない。