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第5話 夢

朝。

目覚めると、夢の余韻が指先に残っていた。


夢の中、アラタは誰かと肩を並べて歩いていた。

キャンパスのような広場。風が強く吹いていて、二人の声が風にかき消されそうになっていた。

その隣にいたのは、眼鏡をかけた青年。どこか生真面目で、けれど柔らかく笑うその表情は、妙に心に引っかかる。


夢の中では自然に名前を呼んでいた気がする――「ユウ」、そう口にしていたような気がした。




アラタは手帳に夢の内容を書き留めた。


夢:

場所 → 大学? 青いベンチと掲示板

人物 → 眼鏡の青年(ユウ?)

内容 → 二人で作品を出そう、と話していた

気持ち → 安心感。信頼していた。大切な人。




記録を終えると、胸元にぶら下がった銀色のペンダントにふと視線を落とした。

このペンダントも、もしかしたらその“ユウ”という人物と関係があるのかもしれない。

そして――枕元にあったあの古い鍵。あれも。


アラタは、鍵を握りしめた。


(この鍵の先に、“彼”との記憶がある気がする)


それは、言葉にできない直感だった。

だが、何かが呼んでいる気がした。




その日の夕方、アラタは風に頼んだ。


「この鍵……どこかの部屋の鍵だと思うんです。試してみたい」


風は一瞬だけ表情を止めた。


ほんのわずか――本当に一瞬の、静止。

けれどアラタは、それを見逃さなかった。


「……もちろん、協力しますよ」


すぐに風はいつもの笑みを取り戻した。


「鍵に刻印はないですね。恐らく古いマンションのものだと思います。明日、心当たりを一緒に回ってみましょう。少しずつ、でも確実に。あなたの記憶を、取り戻しましょう」


アラタはうなずいた。

けれどその夜――風の後ろ姿を見送った時、なぜか背中に冷たいものが走った。


まるで、背中に目を感じたような、そんな感覚。




その夜も、夢を見た。


今度は、暗い部屋だった。

自分は泣いていた。縛られていた。

そしてその前にいたのは、黒い影。


影は言った。


「君は、僕のものだ。ずっと前から」


目が覚めると、アラタは汗でシャツを濡らしていた。

息が荒く、胸の奥がざわざわと波立っている。


けれど、同時に確信した。

この夢は、ただの幻ではない。

過去に“本当に起きたこと”だ――。




翌朝。

風は車で迎えに来てくれた。


車内での会話は、いつも通りに穏やかだった。

だが、アラタはふと、サイドミラーに映る風の表情を見た。


窓に映るその瞳は、まっすぐではなかった。

どこか、別の場所――誰か別のアラタを見ているようだった。




その日、二人は新宿周辺の古びたマンションを数件巡った。

アラタが持つ鍵が合うか、ひとつひとつ確かめていく。


結果は――すべて不一致。


だが、ある一棟のマンションに立ち寄ったとき、アラタは足を止めた。

見覚えがある。目の奥がチカチカするほど、何かが蘇りかけた。


「……ここ、かも」


「試してみましょう」


鍵を差し込む――回らない。


だがその瞬間、アラタの頭の中で何かが弾けた。




視界が歪む。

黒い部屋、冷たい床、ドアの前に立つ自分。

そして――ドアの向こうにいる風の姿。


「開けて……開けてよ……!」


必死に叫んでいる自分。

それを、ドア越しに静かに見つめる風。


「……君は、外に出ちゃいけないんだよ、アラタ」




「アラタくん?」


風の声で、現実に引き戻された。

目の前には、何も変わらないマンションのエントランス。

だがアラタは、全身から汗が噴き出しているのに気づいた。


「……ごめんなさい。ちょっと、記憶が混ざってきたのかも」


「無理はしないでください。今日はもう戻りましょう」


風の声は相変わらず優しかった。

けれど、アラタはもう、完全にはその声を信じきれなくなっていた。

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