学校は終わり、時刻はもう夜中だった。俺はベッドに横になり二階ベッドの天井を見つめている。
明日、ミルフィアは誕生日を迎える。そして誕生会を開くんだ。
「はあー……」
なんだろうな、明日のことが気になってなかなか寝付けない。心配? 興奮? それとも両方だろうか。きっと両方なんだろうな。胸が騒いで仕方がない。
「…………」
自然と笑みが浮かぶ。明日、もしかしたら大きな変化になるかもしれないんだから。
「主?」
「ん? ミルフィアか、どうした?」
ベッドの横、気づけばミルフィアが屈んで俺を見ていた。一体なんだろうか。すぐに体を起こした。
「いえ。ただもう遅いので。なにか心配事ですか?」
「まったくお前ってやつは。率先して奴隷の真似事か?」
「奴隷です」
「はいはい」
俺はベッドに腰かけた。それでミルフィアは跪こうとするが、俺はいつぞやと同じように強引に止めさせ隣に座らせた。
ちょうど、黄金律を知ってミルフィアと友達になろうと決めた、あの晩と同じになった。
「なあミルフィア。お前はさ、人生楽しいか?」
「楽しい、ですか?」
「ああ、どうだ?」
俺はそっと振り向き、ミルフィアの横顔を見つめる。質問にミルフィアは静かに目を閉じて、幸せそうに微笑んでいた。
「はい。主にお仕えしていますから」
「俺の世話役がエンタメだって? 三分で飽きるだろ、もっと楽しいことあるさ」
「いえ、これに勝る喜びはありません」
これを本気で言ってるんだからな……。
「じゃあさ、困ったことはないのか? 不安っていうか、もしくは手伝って欲しいことは?」
ミルフィアは瞼を開いた。俺に振り返るが、しかし表情はどこか申し訳なさそうに笑っていた。
「ミルフィアは奴隷です。奴隷のことを気遣う必要はありません」
「答えろって。知りたいんだよ」
「ですが」
「いいから」
奴隷としての意地でもあるか、ミルフィアは対等に扱われることを拒絶する。少し強めに言えば従ってくれるが、それでも気になる。普通に接したいと思っている女の子がこんなんじゃ誰だっていい気はしないだろう。
それでミルフィアは答える気になったのか、座り直し俺に正面を向けてきた。暗がりの中でも分かるミルフィアの金髪の下、その表情は真剣だった。
「私は、ミルフィアは、主のお役に立ていますか?」
「は?」
真っ直ぐと見つめる青い瞳は澄んだ湖畔のようだ。けれど視線に感じるのは愛らしいものではなく、切羽詰ったものだ。
「主は、優しい人です。私に負担をかけないように、ご自分でなんでもしようとしています。主のお気遣いはいつも嬉しく思っています」
ミルフィアを奴隷として使いたくない。それは今も昔も同じだ。なにより、俺のために戦って傷つくミルフィアをこれ以上見たくない。
ミルフィアも分かっていたんだろう。そう言った後、ミルフィアは目線を下げた。
「ですが、同時に思うのです。私は、主のお役に立っているのだろうかと……」
ああ、なるほど。
ミルフィアの不安というのは、自分が奴隷として機能してないことで不要なんじゃないかと心配してたのか。
見ればミルフィアの表情は深刻だ。心細いと書いてあるように顔は暗い。
「なあミルフィア、お前は分かってないようだからはっきり言ってやるよ」
俺の言葉に彼女の不安が強く出る。そんなことあるわけないのに、どんだけ自己評価が低いんだこいつは。
「お前がいなけりゃ、俺の人生は真っ暗だ。俺にとってお前は光だ、ミルフィア。掛け替えのないな。いいか? 仮に奴隷が嫌になっても俺から離れるなよ? 奴隷は不要でもお前は要るんだからな? 絶対だぞ?」
こいつがいない人生なんて想像もできない。いや、したくない。それは救いようのないほど惨いものだって分かるから。
こいつがいるから俺はまだ生きている。そう言っても過言じゃない。それくらいミルフィアは俺にとって大切で重要な存在なんだ。
「ありがとうございます主。私にとってもあなたは光です、誰よりも大きな。はい。ミルフィアは絶対に離れません」
そう言ってミルフィアは笑っていた。安心したのか喜んでいるのか、その表情は幸せそうで。そんな顔を見せられたら俺まで嬉しくなってしまう。暗い顔なんかよりもこうして笑っているミルフィアの方がよっぽど可愛い。
そんな彼女を見て、俺は今一度思う。
こんないいやつが、奴隷でいいはずがないんだ。一人でいいはずがないんだ。もっと幸せになって欲しいと思う。そのためにも。
明日の誕生会、是が非でも成功させてやるんだ。