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第47話サン・ジアイ大聖堂


 学園の襲撃を受けた俺たちはそれから裏門に止められていた車に乗り込んだ。黒塗りのセダンには運転手と助手席にミルフィア、そして後部座席には俺と恵瑠(える)が座っている。

 初めて乗る高級車というものに妙に緊張してしまうが、しかしそれどころではなかった。

 というのも、

「ぜったいにいやだー!」

「うるせえなぁ……」

 恵瑠(える)が、これでもかというくらい暴れていたからだ!

「いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! ぜったいにいやだぁああ!」

「暴れんな!」


 車はすでに走り出しているというのに、恵瑠(える)は扉を開けようとしたり窓から体を出そうとするなどめちゃくちゃだ。

 それをなんとかして座らせシートベルトで固定してやった。

 まさに尋常じゃない嫌がりっぷりだ。

「なにがそんなに嫌なんだよ」

 恵瑠は体ごと俺に振り向いてくる。

「神愛君はミカエルを知らないからそんなことが言えるんですよ! ぜったいにいやだぁ~! 降ろして~!」


 恵瑠(える)がシートベルトの中で暴れてる。

「あのなー、だからと言ってもそいつから話を聞かないとそれこそ話が進まないんだろ? 仕方がねえじゃねえか」

 そうは言うのだが恵瑠(える)は納得出来ないようで抵抗を続けている。というか、誰とも仲良くなりたいと言っている恵瑠(える)がここまで嫌がるとかどんな人物なんだろうな。

「そうだ! ボクお腹痛い! ここで降ろしてください!」

「無理だ」

「いやだぁああああああああ!」


 恵瑠(える)の叫びも虚しく俺たちは走り続けた。車に乗って数時間後、商業地区から移動し、すでに夜中となった頃俺たちは目的地へと到着した。

 ゴルゴダ共和国。神律(しんりつ)学園のある商業地区にはいろんな信仰者がごちゃまぜで生活しているが、ここは慈愛連立(じあいれんりつ)を主教としている国だ。住んでいる人もほとんどが慈愛連立(じあいれんりつ)を信仰している。

「へえ」


 それで窓から見上げる建物に声が漏れた。

 サン・ジアイ大聖堂。白い建物で、夜なので周りは暗いがこれはライトアップされている。全体的に白色をした四角い建物で上はドーム状になっている。多くの窓に洗練(せんれん)された装飾は芸術的だ。実際観光場所ともなっているようで目の前の広場には時間も遅いのにまだ人が残っている。

 俺たちの車は広場の中、大聖堂へと続く広い階段の前で停車した。車から降りて見てみるとその美しさに圧倒される。見ればたミルフィアも大聖堂を見上げていた。

「すげえな」

「はい」


 素直に思ったことが言葉になる。これを目の前にして躊躇しようなんて思わない。巨大な建造物であり同時に芸術であり、そしてこれは歴史なんだ。そうした美しさと重みを感じる。見ただけで存在感っていうのかな、そういうのが伝わってくるんだ。

「さて」

 俺は一通り景観(けいかん)を堪能(たんのう)した後車に目を戻した。見れば助手席に恵瑠(える)が残っている。

「ほら降りろ、いつまでぐずぐずしてるんだ」

「ボク降りたくない」

「さっきまで降りたいて叫んでただろうが」

「それさっき! 今ちがう!」

「うるせえ、どうでもいいんだよ」

「うわあああああああ!」


 俺は恵瑠(える)を掴み強引に外に出してやった。なんとか恵瑠(える)を車から引っ張り出して、さきに到着していた加豪(かごう)と天和(てんほ)と合流した。

「ちょっと神愛、恵瑠(える)めちゃくちゃ嫌がってんじゃない、あんたなにしたのよ?」

「なにもしてねえよ!」

 なんだその偏見、ぜんぶ俺が悪いみたいな感じか!?

「なにをしている、ついてこい」

 そんな俺たちの横を通り過ぎながらガブリエルが階段を上がっていく。なんというか眼中にないという感じですたすたと歩いていった。

「ちっ。ほら、俺たちも行こうぜ。恵瑠(える)も、ここまで来たんだから騒ぐなよ?」

「う~」


 恵瑠(える)は頬を膨らませていた。

「そろそろ腹くくれよ情けない」

「う~!」

「まったく、う~しか言えないのかよ」

「むぅぅぅ~!」

 悔しそうに顔で抗議してくるが無視してさきを急ぐ。

 俺たちは階段を昇り切り大聖堂の中へと入った。

「へぇ~」


 中に入った瞬間幻想的な空間に声が漏れた。大理石の柱を追いかければ高い天井、さらにそこには直接絵が描かれていた。天窓はいい天気なら光が差し込みこの空間を照らし出すんだろう。

 この一階部分は誰でも出入り自由なようで俺たち意外にも見物客がいた。こういうのに別段興味があるわけじゃないが俺だってすごいって思う、他のお客さんやミルフィア、加豪(かごう)も声を漏らしていた。

「こっちだ」

 ガブリエルは淡々と素通りしてエレベーターへと乗り込んでいく。俺たちもエレベーターに乗り動き出した。


 エレベーターは三階で止まった。ここからは関係者以外立ち入り禁止なのか一般客は一人もいない。廊下も凝った作りをしており俺たちはガブリエルの背中を追いかけ歩き出した。

「ここだ」

 そしてたどり着いたのは巨大な扉の前だった。両開きの木製の扉。ガブリエルは装飾の施された取っ手を掴み押し開けた。

 俺たちも中に入る。

「ほお」


 中は豪華な部屋だった。縦長に広い部屋には白のテーブルクロスが敷かれた五メートルはあろうかというテーブルが置かれ、天井にはシャンデリアが輝いている。絵画や置かれてある芸術品が雰囲気を作っている。

 その中で、テーブルの真ん中辺りで紅茶を飲んでいる女性がいた。

「あら、おかえりなさいガブリエル」

 黒い長髪を背中に下ろしている女性はカチャンとカップを皿に置く。白の服に同じく白のタイトスカートを履いていた。ガブリエルと同じくらいの年に見えるが、ガブリエルと違い彼女は穏やかそうだ。

 受け皿をテーブルに置き女性はこちらを向く。美人だ。大きな瞳に髪はさらさらとしており、思った通り優しそうな目をしている。

「あなたが直接迎えに行くなんて驚いたけど、むしろ正解だったようね。大変だった?」

「私がそんな顔をしているか?」

「ふふ、全然」


 彼女からの心配を気にすることなくガブリエルは歩いていく。手ごろなイスを引くとそこに上着をかけ窓際で立ち止まり、外の光景を見下ろしていた。

「相変わらずね。それにしても」

 彼女の視線がガブリエルから俺たちに向けられる。その視線にどきりとするが、正確には見てるのは俺じゃない。俺の隣にいる恵瑠(える)だった。

「久しぶりね、恵瑠(える)」

 彼女は恵瑠(える)を見て微笑んだ。

「ラファエルー!」


 その笑みにあれほど嫌がっていた恵瑠(える)が元気に駆け出した。彼女に近づくと両手を前に出した。

「いぇーい!」

「いぇい」

 そしてお互いに笑顔でタッチする。まるで姉と妹のやり取りだ。

 そんな仲睦まじい二人の様子に加豪(かごう)がつぶやく。

「すごい、ラファエルって」

「なんだ、知ってるのか?」

 俺は聞いてみるが加豪(かごう)は呆れたと言わんばかりに顔を振ってくる。

「あんた、ほんとなにも知らないのね」

「ほっとけ」


 悪かったな知らなくて。

「ラファエルっていうあの女性、行政庁の長官よ」

「すごいのか?」

「あんたねぇ~」

 加豪(かごう)が盛大にため息を吐いてくる。くそ、こいつ俺が傷つかないと思ってるな。俺だってちょっとは傷つくんだぞ!?

 するとミルフィアが答えてくれた。

「主、この国を取り締まっている人です」

「え!?」


 ミルフィアの答えに意識が持っていかれる。

「おいおい、それって本当にすごい人じゃねえか」

「国務長官だって同じくらいすごい人よ」

 すげえ。俺の知識じゃパッとしなかったがそんな偉い人たちが目の前にいるんだな、しかも二人も。

 俺は動揺してしまうが、しかし天和(てんほ)は冷静だった。

「栗見(くりみ)さん、どういう関係なんだろうね。国務長官と行政庁長官とも知り合いなんて」

「確かに」


 恵瑠(える)を見てみるとラファエルと両手を繋いで小ジャンプを繰り返している。ぴょんぴょんと跳ねる恵瑠(える)に合わせてラファエルは座ったまま両手を上下に動かしていた。

「元気そうね」

「うん。ラファエルは?」

「私はいつも通りかな。仕事は大変だけどやりがいは感じているわ」

 二人は手を放す。ラファエルは微笑んだまま恵瑠(える)を見つめ続ける。

「本当に久しぶりね。それに、今日はお友達も一緒なのかしら?」

 その後いたずらっぽく笑った。

「うん、まあね」


 恵瑠(える)が照れたように笑っている。

 ラファエルは恵瑠(える)から目を逸らし俺たちへと向けてきた。

「ようこそ、サン・ジアイ大聖堂へ。適当に座ってちょうだい。私はラファエル。ごめんなさいね、巻き込んでしまって。危険な目に遭ったのでしょう?」

 優しい声で俺たちの心配をしてくれる。

 俺たちは入口近くの席へ言われるまま座った。

「別にいいさ。それにそいつには関係があるんだろ? こいつが狙われてるのに無関係ってことはないさ」

「へえ」


 俺は答えるがラファエルは感心したようだった。

「そう。いいお友達ができたのね」

「うん。みんないいお友達だよ」

 恵瑠(える)は照れているがそれでも嬉しそうなのが伝わってくる。そんな恵瑠(える)にラファエルも喜んでいるようだった。

「それで、これからミカエルと会うのは知ってるの?」

「……うん」

「正直……逃げたいでしょう?」

「もちろんだよ!」

「ふふ、やっぱり」


 ラファエルは上品に口元に手を添えながら笑っている。

「でも駄目よ、ちゃんとお話しないと」

「う~」

「わがまま言ってもダメ。私だって我慢してここにいるんだから」

「私もな」

 お前もか。

 今まで会話に参加していなかったガブリエルまで言うとか。どんだけミカエルってやつは嫌われてんだよ……。


 その時、俺はふと気がついた。

 恵瑠(える)とラファエルの二人の会話、ガブリエルも入れれば三人だけど、聞いていてどこか違和感があった。それで気づいたんだ。

 恵瑠(える)は基本相手には敬語なんだけど。

「ねえ、どうしてもボクここにいなきゃ駄目なの?」

「だーめ」

「う~ガブリエル~」

「私にすがるな」

「ガブリエルのいじわる!」

「いじめてなどいない」


 こいつ、ラファエルやガブリエルとはタメ口なんだな。

 意外というかちょっとした驚きだ。俺はよく知らないけど、国務長官や行政で一番偉い人に向かって学生が同じように話しているなんて。

 それに恵瑠(える)は教皇とも会ったことがあるって言ってたよな。理由は言いたくないようだったけど、気になる。本当にどういう関係なんだ?

「それでは話を始めようか」


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