(どうする! サイドに渡すか、一旦下げるか・・・いや、時間がない!)
時間はすでにアディショナルタイムに入っていた。その時間はわずか2分。一度攻撃を立て直す時間の猶予はなかった。
(俺は抜く!)
月岡はドリブルをスタートさせた。月岡のドリブルテクニックは玉緒に隠れているが、小学生の中でもダントツ、大人と比べても遜色がなかった。そのまま月岡はドリブルを駆使して二人をなんとか抜いた、ように見えた。
(足か!)
赤城SCの選手はなんとか足を伸ばして月岡のボールに触れることに成功していた。ファール覚悟のプレーだったが、ボールに行ったために笛はならなかった。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
「大川の9番がボールに行ったぞ!」
玉緒はマークの一瞬の隙をついて抜け出した。玉緒はトップスピードに乗るまでが早い。そのため、マークは追いつけず、玉緒はボールを保持した。
「行かせねぇぞ!」
同じくボールに詰めていた相手のWBがスライディングでボールを奪おうとした。しかし玉緒は足でボールを挟んで上手くそれを躱した。しかし時間稼ぎには十分だった。ペナルティエリアに入った玉緒だったが、相手のCBとGK、そして前線から戻ってきたFWによって完全にシュートコースを塞がれていた。
(まだだ! 翔真!)
玉緒は相手選手の股の間をうまく通す、グラウンダーのパスを選択した。そしてそのパスを受けたのは上手く裏を抜け出してきた月岡だった。しかしそれにも赤城SCのCBは反応した。
(絶対に打たせない!)
(修斗が繋いだこのボール、絶対に決める!)
お互いの思いが交差する中、月岡はあえてボールを足の裏で止めた。対峙していた赤城SCの選手はその行動は予想外だったため、身体の勢いを止められずにそのまま月岡を置いて先行してしまった。その一瞬の隙に月岡はシュート体勢に入り、左足を振り抜いてゴールの隅へとボールを蹴った。そのボールはまっすぐな軌道を描いて赤城SCのGKが触れられない高さの隅のネットへと突き刺さった。
「しゃぁぁぁぁぁ!」
月岡は膝でスライディングをしながら吠えた。それと同時に主審の笛がなった。その場にいた全員は一瞬何が起こったか分からなかったが、徐々に状況を理解し始めた。
「翔真!」
一番早く月岡へと駆け寄ったのは玉緒だった。月岡は玉緒と抱き合うと、次々に月岡の周りに大川イレブンが集まった。そしてさらに大川SSのベンチメンバーも一斉にピッチへと向かっていった。
「負けたか・・・」
赤城SCの誰かがそうつぶやいた。その通りに試合は3対2で大川SSが勝利をした。史上初とも言って良い、少年団で西東京地区の本戦リーグへと進出することが決定した。
■■
「みんな! よくやったわ!」
大川SSのロッカールームでは全員が勝利の喜びに浸っていた。六年生の中には涙を流している者もいた。
「本戦リーグ、少年団でここまで行けたチームはいないと思うわ。これは快挙と言ってもいい!」
監督の大川の言葉を全員が静かに聞いていた。そして大川は息を吐いた後、言葉を続けた。
「でもまだまだ先はあるわよ! 今週の土日を休んで、来週の月曜日には本戦リーグが始まるわ。そこも勝って、次のトーナメントも勝って私達は西東京地区の代表になるわよ!」
「「「「「「はい!」」」」」」
大川SSの面々は再び気合を入れた。まだこの先も試合がある。そこを勝たなければ関東大会への出場はできない。大川SSの面々は勝って兜の緒を締めた。
「修斗! 翔真! 篤! やったな!」
「健太郎! お前もな!」
「よっしゃあ! 絶対に次も勝とうな!」
人一倍テンションの高かった守谷は次々に大川イレブンのメンバーへと話しかけに行っていた。
「・・・ありがとうな」」
「「え?」」
「俺はこの試合、大事なところで点を入れられた。もしかしたら負けていたかも知れない。修斗と翔真がいなかったら俺は一番の戦犯だったろうな」
篤は玉緒達に告げた。篤はみんなが喜んでいる中で一人、反省をしていた。あの時自分が2点目を防いでいたらギリギリの闘いにならなかったかも知れないと。
「篤、それはちょっと傲慢すぎるんじゃない? 第一、失点しないGKなんていないでしょ? 篤はGKとしてすごいと思うよ。反省どころか、自分を褒めたほうがいいぞ!」
玉緒は少し落ち込んでいる様子の星島にあっけらかんとして答えた。実際に星島がGKではなかったらもっと失点をしていたと玉緒は考えていた。それに玉緒は今までの試合を通して、星島以上のGKはいないと思った。それくらい星島はすごかった。
「こっちこそ、ありがとう、篤。大川SSを選んでくれて」
「・・・ふっ。そうだな、やっぱりこっちのほうが面白かったな」
玉緒と星島のやり取りを見て、月岡は微笑んだ。そしてその後、大川からこの土日は練習をなしにするからしっかりと身体を休めるようにと連絡を受け、それぞれ家に帰った。
「二人共やったね! 見ていたわよ、最後の二人の連携!」
「お母さん、あれは修斗のパスが良かっただけだよ」
「そうかぁ? 俺はあそこであえて止まる勇気がすごいと思ったし、何より土壇場で決める精神力がすごいと思ったけどな」
帰りの月岡家の車で玉緒と月岡は互いに褒め合っていた。月岡の母親はその様子を聞きながら、この二人は将来日本代表のエースとストライカーになるんじゃないかと思っていた。そんなことを考えているうちに車は玉緒の住むマンションへと到着した。
「んじゃ! 来週、学校とピッチでな!」
「あぁ! 絶対に本戦トーナメントに出よう!」
月岡と分かれた玉緒はそのまま家に帰って母親の千早に勝ったことを報告した。その瞬間、千早は息子の修斗を思いっきり抱きしめた。そして心を込めて祝福した。そして玉緒はシャワーを浴びて自分の部屋へと戻り、電池が切れたように眠りについた。そのまま夕方となり、茜が帰宅した。
「ただいま! ねぇ聞いたんだけど、大川SSが西東京リーグ本戦に進出したってマジ! 修斗!」
「茜、修斗なら寝ているわ。静かにしなさい」
「あっ・・・ごめん」
茜は反省してそのまま修斗の部屋を除いた。修斗は寝息を立てて、ぐっすりと眠っていた。
「ここから修斗の物語が始まるんだね」
「そうね、私もどうなるか楽しみだわ」
千早と茜は眠る修斗を見て、将来が楽しみになっていた。そんな修斗は二人の母親に見守られながら自分がワールドカップの舞台でゴールを決めている夢を見ていた。