麻衣と小町の二人は加速の勢いを殺さず、対角線上に壁を駆ける。刀祓隊の剣士にとって落下するよりも速く走り、壁を走ることなぞ造作もない。しかし、それもまた常軌を逸した速度で走らなければならないため、長時間できるかと言われるとそうでもない。
互いに視界に入った相手を見失わないように駆け抜け、勢いが十分に達したところで相手に突撃するように二人同時に跳躍する。
足場のない空中で最後の一手を振るう気だ。
これしか道はなかった。
二人の実力は互角だった。刀を振るう速さでは麻衣の方に分があり、手数も比例して小町よりも多かった。それでも決着がつかなかったのは、それを補える経験と技術を小町が持ち合わせていたからだ。
麻衣は空中で身体を竜巻のように回転させ、小町は上段の構えから一気に刀を振り下ろす。身体を回転させている麻衣は小町の斬撃を紙一重で躱し、加速と遠心力で得た勢いを全て乗せて高速の軌跡を描く。
一瞬の出来事だった。
二人が空中で交差した瞬間、小町の両腕の肘から先が宙を舞った。直後に『御神体』が解け、小町の失われた両腕が突然姿を現すように元に戻った。
小町は激しい痛みを伴い少し眉を歪めたが、武舞台に着地する頃にはいつもの飄々とした面構えに戻っていた。
「痛っつ。やっぱりあんさん強いんやないの。緊張しとったら勿体ないよ」
小町はまるで何事も無かったような口調で言うと、刀を鞘に納め、制服についた汚れを払う。
「なんだろう。勝った気がしない」
「いやいや、正真正銘アンタの勝ちよ、姫島麻衣ちゃん」
最後に小町は薄らと笑みを浮かべて武舞台を後にした。
惚けていた麻衣も後を追うように足早に武舞台から降りるのだった。
かくして超高速の戦いは麻衣の勝利で幕を下ろした。
☆☆☆☆☆☆
続く予選一回戦第五試合はまた総武高等学校が呼ばれ、観覧席からは少なからずどよめきが起こる。
麻衣に敗れたとは言え、小町の剣技は並みの剣士を超えるものがあった。それを目の当たりにしてしまったのだから当然と言えば当然だ。特に名門校の生徒たちは、通っている訓練校で格付けをしている生徒も多くいる。そんな彼等彼女等は御前試合、それも予選でかなり手厚い洗礼を受けていた。
総武高等学校の男子生徒――西条樹虎は身の丈ほどある野太刀を背に差した長身の青年。高校三年生にしては身長が高く、和馬と比べても頭一つ分より高い。手足もそれに比例して長く、対戦相手である沖縄の琉法寺学園の男子生徒と並ぶと巨人に見えてしまう。
さらに髪色は白色で目は紅色と実力者が揃う御前試合の中でも、身なりだけで一際目立ってしまう。おまけに整った顔立ちが女子生徒たちの視線を釘付けにしてしまう。
琉法寺学園の男子生徒は存在感だけですでに負けてしまっていた。
(ワイはなんて罪な男なんや……)
と樹虎がふざけた調子で心の中で呟くと、気付かれたのか琉法寺学園の男子生徒に睨まれてしまった。
「琉法寺言うたら古武術と剣術を合わせた流派を使うんやったな?」
樹虎は軽く笑みを浮かべて流暢な関西弁で問う。
「ああそうだが」
「ほな、ワイら息合うかもな」
私語はそこまでだ、と審判の刃衛に睨まれたため、樹虎は口を閉ざした。
そして、刃衛の合図の下、双方が『御神体』を展開して構える。
樹虎は背に差した野太刀を鞘ごと抜き、改めて抜刀したあとに足元に鞘を置く。
「安心せェ。鞘を蹴ったりせェへんから」
言ってから樹虎は野太刀を上段で構える。琉法寺学園の男子生徒が訝し気な視線を向けるが、気にせず試合開始の合図を待つ。
「始め!」
刃衛の声がゴングとなって試合開始を告げる。
先に動いたのは琉法寺学院の男子生徒だ。
「我が琉法寺の剣、とくと見よ!」
左手を突き出し、親指と人差し指と真ん中指を伸ばし、手首を上げる。更に刀を高い位置から切っ先を下ろすようにして構える。その構えの様子から見て、まるで中国の剣術を日本刀で行っているようだ。
それでも全く動じない樹虎は上段から一気に野太刀を振り下ろす。奇しくも間合いの外にいた男子生徒は無傷で済み、樹虎が間合いを見誤ったと思い、鋭い眼光を閃かせて斬り掛かる。
「知っとるか。秘剣つばめ返しの本来の名は虎切り言うらしいで」
樹虎が冷たく呟いたその言葉に男子生徒は背中に悪寒のようなものを感じた。
しかし、もう遅かった。樹虎の間合いに入ってしまった以上逃れることを許されない。先の太刀で振り下ろされた野太刀の刀身が反転させられ、一息に切り上げられる。男子生徒の身体は股から額にかけて深く切り上げられ宙を舞った。
その高さは目視だけでも二階建ての家の屋根に届きそうな勢いだった。
「これが秘剣虎切りや」
男子生徒は背中から舞台に激突し、御神体が解除された。
勝ち誇った樹虎は足元に置いた鞘を拾い上げ納刀すると、男子生徒を一瞥して武舞台を去っていった。
「さてさてワイとやり合うのは青龍、朱雀、玄武、はたまた麒麟の誰やろうなァ」
樹虎は不敵な笑みを浮かべ、背中に突き刺さる琉法寺学園の男子生徒の視線を無視して武舞台を降りる。
「あ、そうや」
武舞台を降りてすぐに樹虎は振り返り、武舞台で鋭い眼光を閃かせ続けている審判――刃衛を凝視する。いや、観察する。イメージとしては頭のてっぺんから足の爪先まで刀のような人だ。しかし、瞳だけを見ればその奥に狼の如き猛獣が宿っているようにも見える。
少しだけ味見をしたい気持ちを抑え、取り敢えず頭だけでも会釈してそそくさと退散した。これ以上は御前試合そのものに影響を及ぼしてしまう大惨事を起こしそうで怖かったから。
最もそれはそれで楽しそうだから早くそんな大惨事が起きて欲しいな、とも思う樹虎だった。