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1-7

 第二試合の衝撃的な展開に呆然とする観覧席を他所に予選一回戦第三試合が始められる。


 名前を呼ばれ二人の剣士は武舞台に立つ。


 一人は凍空学院の寝ぼけた顔をした小柄な女子生徒――音文ねぶみ加代かよ


 対するは訓練学校の中でも名高い実力者揃いの灯篭学園の生徒――野上のがみこう。高校三年生とは思えない体格の良さに思わず息を呑んでしまう。さらに強面で黒髪をオールバックにしているからか、否応なしに威圧感が醸し出される。


二人が向き合うようにして立つと、身長差がはっきりし過ぎてとても同い歳とは思えない。


「の、野上、鋼? 嘘だろ……」


 和馬と麻衣、そして凍空学院の小野太一は三人並んで試合を観覧していた。


 和馬は星蘭女子学園中等部の南条優羽の試合を機にやる気に満ち溢れていた。だが、野上鋼の名が耳に入った途端に全身の産毛が逆立ち、顔が青ざめていくのが分かった。


 そんな和馬の異変に気付いた二人が「大丈夫か?」と問い掛けるも、和馬は答えようとせず、鋼をジッと見つめていた。


 太一は自身を討った強者が震えあがる姿を見て、同校の生徒であり、彼女でもある加代の身を案じ始めた。


 麻衣も麻衣で和馬の怯えた姿を見たことが無かったため動揺してしまった。そのせいか、抜刀してから少し経った頃に鋼の刀が普通の打刀とは違うことに気付いた。


 切っ先から刀身の中間まで両刃の小烏作こがらすづくりという珍しい刀だった。


「始め!」


 審判である刃衛が試合開始の合図を告げる。


 直後、ものの数秒で決着がついてしまった。手も足もでないとはまさにこのことを言うのだろう。会場が静まり返り、一点に視線が集まる。


 これが実力者揃いの灯篭学園の生徒の力なのか。


 これが歴代の近衛五芒星を輩出してきた学園の生徒の力なのか。


 第三試合にして圧倒されるばかりの試合に参加者たちは、今年の御前試合は予選から格が違う、と思う他なかった。


 そんな中、和馬は浮かない表情で武舞台を後にした鋼を目で追いながら掠れた声で呟いた。


「俺の兄弟子なんだよ」

「兄弟子? アンタに兄弟子とかいたんだ」

「ああ。けど、爺ちゃんと喧嘩して出てったっきり戻ってこなかったんだ。まさか名門中の名門、灯篭学園にいたなんて。これはちょっと優勝できねェかも……」


 麻衣は初めて見せる和馬の弱気な姿に動揺を隠せない。それでも剣士として聞いておきたいことがあった。


「どれくらい強いの?」


 聞かなくてもいいのに。心の中では分かっていても剣士としての本能が聞きたがっているのだ。


「強い。例えるなら『絶剣ぜっけん』だ。東雲流の奥義も全部習得しているはずだ。俺と同じように。けど、技の切れは明らかに兄貴の方が上だ」


 予想以上の返答に麻衣は背中に悪寒のようなものが走った。


 そんな彼女を無視して続く第四試合の選手が発表された。


『予選一回戦第四試合。渡月学園・姫島麻衣、総武高等学校・園部そのべ小町こまち。双方前へ』


 麻衣と大阪からの出場校――総武高等学校の女子生徒だった。


☆☆☆☆☆☆


 名前を呼ばれた二人は武舞台に上がり向かい合うようにして立つ。


 麻衣は凄まじい試合の連続で身体が強張っており、総武高等学校の女子生徒――園部小町の方はと言えば静かな雰囲気を醸し出している。


 両者の心の余裕が垣間見える。


 加えて、麻衣の脳裏には和馬の怯えた様子が過っていた。


 審判の刃衛の合図の下、二人は『御神体』へと身体を入れ替える。


「始め!」


 いざ試合開始となったまさにその瞬間、小町は刀の切っ先を下げた。この構えが何を意味するのか分からない。だが、麻衣には困惑という衝撃を与えられていた。


 仮に、掛かってこい、という意図があったとしても、斬り込まなければ話にならない。


 行くか、耐えるか。


 麻衣は奥歯を噛み締め、切っ先を揺らし相手を挑発するが全く効果が無い。むしろ相手の無防備な状態という大砲のような挑発に判断が鈍ってしまう。


「あんさん。結構強い方やろ。分かるで。肩の力抜きなはれや。ほれ、抜刀術が得意なんやろ? わてに見せてーな」


 小町は今回の御前試合の予選で初めて試合中に喋った。それを注意する者はおらず、麻衣も目を見開く程度には驚いていた。


「確かに抜刀術は得意です。けど、皆の前でばらさないでもらえますか……ね!」


 先に仕掛けたのは麻衣だ。超高速歩法術――『縮地しゅくち』――を使い、光の尾を引いて懐に飛び込み斬り掛かる。


 しかし、その軌跡は途中で捌かれてしまった。


 だからと言って麻衣が動じる訳もなく、すかさず二の太刀を振るおうと再び強く踏み込む。だが、小町も易々と相手の間合いに入るほど愚かではない。麻衣から距離を取るため縮地を使って高速で後退する。


 逃がす訳にはいかない麻衣は、縮地で離された分だけ高速で距離を詰め、一息に斬り掛かる。


 直後、鉄と鉄がぶつかる甲高い音が会場に響き渡った。


 麻衣の斬撃は小町に受け止められた。それどころかまたしても縮地で距離を取られてしまった。それでも麻衣の心には一切の揺らぎはなく、そうなることを読んでいた麻衣は縮地の速度を上げ追撃する。


 小町の姿はすでに捉えている。


 麻衣は勢いそのままに突っ込み、小町の脳天を穿つために刀の切っ先を真っ直ぐに突き出す。


 流石の小町も加速した猪の如き突進攻撃ならぬ刺突攻撃に面喰ったのか、受け止めるのを止めて紙一重で躱した。さらにそこから身体を回転させ麻衣の背中に刃を向けるが、麻衣の咄嗟の判断で鯉口を叩き、打ち上げられた鞘によって防がれてしまった。


(やるやないの、このお嬢ちゃん)


 まさに虚を突かれた防御方法に小町は不敵な笑みを浮かべて刀を構え直す。


 麻衣は鞘を打ち上げて無理矢理に防いだ反動で凄まじい速度のまま床に転がる。無理もない。猪の如く突っ込んだ攻撃を躱され、その上、バランスまで崩されたのだ。麻衣は転がりつつも勢いを何とか殺し、背を向けないように上手く立ち上がるや、素早く正眼の構えを取る。


(この人、ただ冷静じゃなくてこの試合そのものを作り上げてる。長引かせるのは不味いかも)


 麻衣は汗を拭いたい気持ちを抑えながら小町の一挙手一投足を見逃さない。


 次の瞬間、同時に縮地を行い二人の姿が武舞台上から姿を消した。


 次に姿を現したのは空中だった。一瞬だけ火花が散ったかと思えば、またしても二人の姿が消えた。遅れて甲高い音が耳に入る頃には、全く別の場所で火花が散っていた。


 高速のやりとりはさらに続き、会場の壁や天井をも足場に使って縦横無尽なだけでなく、三次元的な動きも混ぜて刀を振るう。二人の速度についていけない者はただただ鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音しか聞こえなかった。それほどまで速く、彼女たちは移動しながら戦っているのだ。そして、その速度はさらに加速していく。


 しかし、そんなスピードをいつまでも続けてはいられない。


 限界は当然やってくる。


 その時こそが勝敗を決める最高の一手を出す瞬間である。



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