「えっと凍空学院の人ですよね?」
麻衣は凍空学院の二人組に見つめられ過ぎて問い掛けてしまう。
まさか田舎から来た剣士だからと言って、何か因縁でも吹っ掛けられるのではないかと思い身構えてしまう。
「やっぱりカップルなんですか?」
筋肉質の男子生徒が耳を澄ませてようやく聞こえるかの声で呟く。
麻衣は思いがけない言葉に耳まで顔を真っ赤にして挙動不審になってしまう。
そんな彼女とは違って和馬はやれやれと言いたげな表情を浮かべて口を開ける。
「カップルな訳ないだろ。そっちはお似合いだと思うけどな」
和馬が皮肉で返すと、凍空学院の男子生徒は満面の笑みを浮かべ、頭を掻きながら女子生徒を連れてどこかへ行ってしまった。
――一体なんだったんだ。
二人が同じ事を思っていると観覧席の照明が暗くなった。
それが開会式の始まりを告げる合図だと分かると和馬と麻衣だけでなく、この場にいる全学生が静まり返る。直後、武舞台の中心に煌びやかな照明を浴びて刀祓隊の中でも群を抜いた実力者で構成されている近衛五芒星が現れる。
開会式の挨拶はとても簡単なものだったが、参加者、観覧者の士気を高めるには十分過ぎるくらい素晴らしいものだった。
和馬も当初は渋々だったものの近衛五芒星の演説によってやる気に満ち溢れていた。
開会式が終わるとそそくさと参加者たちは予選会場である武道場を後にしていた。待ち時間は各自に用意されたホテルの一室、もしくはトレーニングルームで過ごすことが出来る。そこで試合開始の連絡を待つように近衛五芒星から説明を受けたからだ。
☆☆☆☆☆☆
陽が傾いていきたところでようやく予選一回戦第一試合が始まった。
参加校は七校、参加者は十四名。トーナメント形式で試合が行われる。
決勝戦は刀祓隊本部の石庭にある武舞台で行われる。この決勝戦こそが本当の御前試合とされており、強さの頂きを前にして立てるのは二人だけなのだ。
『予選一回戦第一試合。渡月学園・伊織和馬、凍空学院・小野太一。双方前へ』
アナウンスで呼ばれた二名の生徒はすぐさま武舞台に上がり、審判を務める近衛五芒星の一人である長身の男――斎藤刃衛を挟むように向かい合う。
刃衛は狼のような鋭い目つきと強面な顔つきで二人が位置に着いたことを確認する。
「双方構え――『御神体』――展開」
刃衛の合図の下、二人は御神刀を抜刀し、肉体を実体からエネルギー体へ入れ替える。
「始め!」
背は低いが筋肉質の太一に対して中肉中背の和馬。肉体的なバランスからして力技で攻めてくるのだろうか。和馬や観覧している全ての者がそう思った。
しかし、その読みは開始の合図と共に外された。
先に動いたのは太一の方だった。それもただ動いたのではない。武舞台を強く蹴り、目にも止まらぬ加速を見せてその場から姿を消した。さらに驚くべきことにこの加速には、御神刀の神秘の力によって発動する高速移動歩法術――『縮地』――が使われていなかった。
つまり、ただの身体能力強化だけで繰り出しているのだ。
和馬は太一のあまりの速さ圧倒させる。
だが、不思議と胸の奥で高揚感を覚えてしまう。
これが外の剣士なのか。
もっと見たい。見てみたい。
驚愕と歓喜に打ち震える和馬だが、すぐさま冷静さを取り戻し、太一の上段からの一太刀目を最小限の動きで躱す。さらに曝け出された太一の脇へ空かさず刀を横薙ぎする。しかし、その攻撃は虚しく空を切るだけで完全に避けられた。
背が低い太一は、更に体勢を低くすることで躱したのだ。
和馬は意表を突かれた、と言うより、体格差を利用した戦法に目を見開き、動作が一瞬遅れる。その隙を狙って太一の刀の切っ先が突き上げられ、和馬の心臓を穿とうと肉薄する。だが、その突きを和馬は刀で受け流しつつ、それを支点に身体を素早く回転させて背後に回り込むや背中を斬り付ける。
これらの攻防を和馬と太一が一瞬で行ったことで観覧席にざわめきが起こる。
背中を深々と斬りつけられた太一は膝をつき御神体を解除する。それほどの痛みと精神的疲労を与える一撃だったのだ。
「そこまで! 勝者・伊織和馬」
刃衛が言い終えると、三階の観覧席から拍手の音が聴こえてくる。
見上げてみるとそこには応援に駆けつけてくれた渡月学園の生徒たちがいた。
和馬はそこでようやく自身が緊張していたことに気付いた。安堵の息を漏らし、和馬は刀を鞘に納めると太一に手を差し伸べる。
「流石。緊張していてもこんなに速い剣を振るえるなんて」
「そっちこそ。その成りであの速さは反則だろ」
互いに笑みを浮かべると武舞台を後にした。
と言うのも審判の刃衛に「早く退け」と目だけで凄まれたからだ。予選とは言え呑気に武舞台を下りられるほど御前試合は甘くなかった。
そんな和馬の気を引き締めるように続く第二試合が始まった。
対戦するのは星蘭女子学園中等部所属の南条優羽と魁皇男子学園高等部の男子生徒だ。
両者が抜刀すると観覧席から少なからず声が上がる。それもそうだろう。優羽は二刀流の剣士なのだが、二振りとも小太刀なのだ。普通の二刀流とは違い、尚且つ、中等部の生徒ということもあって流石に勝敗が見えたかに思えた。
しかし、和馬だけは優羽から妙な気配を感じていた。太一との対戦中も、廊下を移動中にすれ違った時も、そして、試合開始直前であってもずっと目が合っている気がするのだ。
「始め!」
刃衛の合図と同時に魁皇男子学園高等部の生徒が斬り掛かる。
「余所見をするな!」
和馬と優羽、そして審判である刃衛にしか通じない言葉に観覧席は反応に困った。
優羽に至っては呆れたように溜め息をついて男子生徒の斬撃を容易く躱していた。縦横無尽に描かれる豪速の軌跡を舞うようにして躱しながら、それでも和馬に熱い視線を送っていた。
和馬はまるで「どうですか先輩! 私凄いでしょ!」と言われているようで困惑した。その結果、目を逸らすことにした。
武舞台では優羽が防戦一方になっているように見えるが、実際は「いつでも斬れますよ」と言わんばかりに二振りの小太刀の切っ先をわざと下げていた。だが、そんな態度も和馬と目が合っていたからだ。
優羽は和馬に目を逸らされた瞬間、頬を膨らませて、男子生徒の超人的な膂力を込めた斬撃を左手の小太刀で軽々と受け止める。瞬間、二人を中心に重々しい衝撃波が四散する。
「もういいや」
優羽は静かにそう呟くと、男子生徒の刀を弾き、露になった胸部を十字に斬り付ける。あまりにも鮮やかで高速の斬撃に全員が見とれてしまうほどだった。
そんな中、和馬だけは、やっぱり化け物揃いだな、と心底嬉しそうにするのだった。