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1-5

 早朝、ついにこの日がやって来た。いや、やって来てしまった。


 和馬は大きな欠伸をして渡月学園高等部の校門を通過する。そこには学園専用乗用車が停車されており、側面には大きく渡月学園の文字と雲に隠れた月の校章が描かれている。


 早朝だと言うのにすでにその車を取り囲むように人だかりが出来ていた。その中心にいるのが和馬同様、御前試合に出場する姫島麻衣だとはすぐに分かった。


 和馬が何食わぬ顔で人だかりの中を潜り抜けていると、麻衣が気付いたのか呼び止められる。


「遅い! アンタ何時だと思ってんの!」

「朝の五時だよ。開会式は昼頃なんだし大丈夫だって」

「そういう問題じゃないの! 新幹線の時間は決まってるの!」

「おう、そうだったな。このまま間に合いませんでしたって落ちなら、町に残ってもいいよな」


 麻衣は呆れたとばかりに大きく溜め息をついてから口を開ける。


「アンタ、ホントめんどくさがりなんだから。そのせいで私にしか遠征任務来ないし。まあ、そのおかげで色んな地域の流派とか見れるから良いけど。それに名物も食べれるし」

「食い意地が張って良いことで」


 和馬が悪戯っ子のような笑みを浮かべて言うと、麻衣のおしとやかな顔つきが鬼の形相へと豹変し睨み付ける。


 そんなことをしていると背後から異様な気配、もとい、凄まじい怒気を感じ取り、二人とも、特に和馬は勢いよく振り返る。


「和馬くん。先生はね、自由にすることは良いことだと言ったわ。けど、自分勝手にしていいとは言ってないわよ」


 学長である赤羽美玲が凄味を増した低い声で言った。それも薄らと笑みを浮かべて。あまりの恐さにその場にいた一同が息を呑む。


「ご、ごめんなさあああああああああいッ!」


 和馬の情けない声が学園中に響いたのは言うまでもない。


 かくして二人は学友たちに温かい言葉を掛けてもらいながら学園を後にした。


☆☆☆☆☆☆


 学園を出てからの展開は早かった。と言うより忙しかった。


 三時間掛けて東京まで新幹線で行き、新宿駅で二時間以上迷った挙句、途中で妖魔に出くわし、ようやく刀祓隊本部に着いた頃には開会式の一時間前だった。二人とも冷や汗を拭い受付を済ませ会場入りする。


 その時、和馬は中学生くらいの女の子とぶつかりそうになった。しかし、和馬が避けようとしたところで、少女の方が華麗な足捌きで躱して颯爽と去っていってしまった。


 会場はもちろん本部の武道場だ。学園の武道場よりも遥かに規模の大きい施設なのだが、御前試合の予選で使うのはその一部。


 予選と本戦では使われる武道場が違う。御前試合に出場するからと言って本当の聖地に足を踏み入れられる訳ではないのだ。


 予選で使われる武道場は観覧席に囲まれた十四面体の武舞台が設置されている。建物自体は三階建てで一階の中心にはコンクリート製の武舞台がある。その広さは半径百メートルの円形で場外判定はない。二階は参加者観覧席、三階は応援者観覧席という造りになっており、応援や観覧をするにしても出場者とは別席となっている。一階と二階の間は極めて高く、約三階分の高さを有している。外観だけで見るととても三階建てとは思えない高さを誇っている。


 これは御神刀を振るう剣士の身体能力が人間の域を遥かに超えているからだ。そのこともあって全ての力を発揮するには、それ相応の広さと高さを確保しなければならない。


 二人は参加者観覧席に着くや、指定された席に腰を下ろす。ドタバタの会場入りに互いに息を整えてから武舞台を見る。


「第一試合は今日の夕方からだからそれまで暇だな。観光でもするか? 近くにドリームリゾートとかあるし、今日一日遊び尽くそうぜ!」

「馬鹿なこと言ってないで、ほら、あそこ! 訓練学校の中でも名高い灯篭学院の生徒達だよ。ぅわ! あれ! 刀祓隊警備部担当の星蘭女子学園せいらんじょしがくえん魁皇男子学園かいおうだんしがくえんだよ! 女子の方が長崎で男子の方が長野だよ。あ、大阪の総武高等学校そうぶこうとうがっこうの生徒も! あそこの制服可愛いんだよね。沖縄の琉法寺学園りゅうほうじがくえんに北海道の凍空学院いてぞらがくいんも。どの校の代表も凄そうだね。まあ、ウチの学園は初出場だからあんまり相手にされないだろうけど」

「そうでも無さそうだぞ」


 和馬はつまらなそうに両手で後頭部を押さえ辺りを見回す。どこの生徒も二人を見ては陰口のようなものしている。特に受付でぶつかりそうになった女子中学生が連れの女子高校生とずっとこちらを見ている。


(確か長崎の星蘭女子学園だっけか。あの中坊の足捌き、まるで舞っているみたいだったな。それに二刀流なのか? それも二振りとも小太刀。代表に選らばれるんだから相当なやり手なんだろうけど)


 麻衣も周囲からの訝しむような視線に気付いたのか俯いてしまう。


 田舎の訓練学校というだけでこうも視線を集めてしまうものなのか。二人はそんなことを思いつつも少し納得していた。


 他の訓練校と渡月学園とでは明らかに違う点がある。それは保有している施設の格の違いだ。この格の違いと言うのは、他の訓練校の方が施設のレベルが高いと言うことだ。


 身体を鍛えるためのトレーニングルーム。技の精度を上げるための打ち込み人形――ドール。これらはどの訓練校にもある基本的な物だ。しかし、二人の通う渡月学園にはどれも存在しない。トレーニングルームは山の森林。ドールは大木。だが、自然の力と直接触れることで御神刀との適合率が飛躍的に向上したのは確かだ。


「なんか俺たち野生児みたいだな」

「馬鹿、何言ってんの!」

「そんなに怒んなって。ほら、ちょっとでも気が紛れるかなって。お前、大分緊張してるだろ?」


 和馬が言うと麻衣は顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「それよりさ。何か決め台詞とか決めないか?」


 麻衣は「コイツは何を言っているんだ」と言いたげな表情を浮かべて顔を上げる。しかし、少年の表情は今まで以上に輝いていて、麻衣は本気で言っているのが分かり頭を抱えてしまう。


 そんな麻衣を無視して和馬は続ける。


「だってさ、都会の剣士たちってやっぱり有名どころが多いだろ? そんな奴らが黙って妖魔を退治したり、刀を振るったりする訳ないじゃん」


 和馬の子どもっぽ過ぎる発言に麻衣は、一緒にいるのが恥ずかしくてたまらなかった。その一方で言っていることは正しい、と少しでも思ってしまい、いつから自分の知能は和馬並みになってしまったのだろうと落ち込んでしまった。


「まあ、私もそういう決め台詞があった方がいいのかなって思ってた。誰かさんのせいで遠征任務多いし」

「それはごめんって。でも麻衣の決め台詞ならもう考えたぞ!」


 麻衣は嫌な予感がしたが、一応聞くことにした。


「麻衣の切り札にちなんで『私に痺れてもらえる?』とかはどうよ!」

「いや、どこのナルシストよ。しかもまだ完成してないし!」


 嫌な予感は的中したが不思議と肩の荷が下りた気がした。


 それから二人は互いに顔を見合ってケタケタと笑い始める。すると背後から視線を感じ、笑うのを即座にやめて振り返る。


 そこには北海道の凍空学院代表の男女二人組がいた。


 男子生徒の方は高校生と疑ってしまうほどの筋肉質だが、身長がかなり低いせいで言い方は悪いが、ずんぐりしていてとても剣士には見えなかった。となりの女子生徒の方は男子生徒と同じくらいの身長だが、小柄でどこか寝ぼけた様子でじっと和馬と麻衣を見つめていた。

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