目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

1-4

 刀祓隊の訓練校である渡月学園。中等部と高等部で分かれたその学園の武道場では中高問わず全生徒が集められていた。


 彼等彼女等は学年ごとに整列し、武舞台で向かい合う二人の剣士を見つめる。二人の手には刀が握られているが、誰もそれが不思議だとは思わない。


 剣士なのだから当然のことだ。


 そしてそれが刀祓隊の訓練生なら尚更のことだ。照明が刀身を閃かせ、二人の間に流れる空気をひりつかせる。


 現在行われている試合は、刀祓隊本部で開催される御前試合に出場する代表選手を決めるものだ。


 出場できるのは優勝者と準優勝者のたった二名。中高合わせてそうなのだから、生徒たちにとっては狭き門であり、武舞台で向かい合っている二人がまさに選ばれた者なのだ。


 二人はすでに御前試合への出場権を得ている。それでも気を緩めないのは二人が出場する御前試合が刀祓隊の隊員、訓練生にとって憧れの場所であり、夢の場所でもあるからだ。


 整列している学友たちはその場所で剣を振るうことはできない。できるのは見学だけ。


 彼等彼女等の思いを胸に刀を振るうのだから決して手は抜けない。


 抜くのは御神刀のみだ。


「両者――『御神体』――展開!」


 二人の間でスーツを着た女性――赤羽あかばね美玲みれい学長が高々に右腕を挙げて告げる。


 上手側の男子生徒――伊織和馬は御神刀の神秘的な力を発揮して実体からエネルギー体へと肉体を変換する。


 下手側のピンク色のリボンで結ばれたポニーテールが特徴的な女子生徒――姫島ひめじま麻衣まいもまた実体からエネルギー体へと肉体を変換する。身体の内側からみるみる力が沸き上がってくるのを感じる。さらに感覚は研ぎ澄まされ、和馬の身に纏う剣気に全身に鳥肌が立つ。


 いつものほほんとしている少年の表情が一変して刀剣のように鋭いものになっている。


 麻衣は思わず息を呑んでしまうも、気圧されないように柄を握る手に力を込める。


「始め!」


 学長の合図と共に二人が動き出す。と誰もが思ったが、二人ともその場から一歩も動かなかった。強いて言うなら構えをいくらか変えるのみで一向に切り掛かろうとしなかった。


 観覧している全生徒は初手から激しい攻防が繰り広げられると思っていたため、小首を傾げる者まで現れた。


 ようやく動きだしたかと思えば、和馬は上段から中段の構えをとるや、またすぐに上段の構えへと戻す。麻衣もまた中段から下段、そして上段と変えながら、武舞台の中心を支点にして一定の距離を保ちながら時計回りに移動し始める。


 真っ直ぐ見つめ合う二人。


 一分近くそうしていると不意に和馬が笑った。


「やっぱり太刀筋の読み合いじゃ勝敗はつかないな」

「でも、負けられない、と言うより、負けたくないのは同じだよね」


 言って、二人とも上段の構えをとる。


 合図はない。互いにわざと隙を見せて全く同じタイミングで御神刀を振り下ろす。

刃と刃がぶつかり、甲高い音が耳に叩き込まれる。男と女。単純な力比べでは当然のことながら男が有利になるだろう。


 だが、刀祓隊の剣士に男女の力の差はない。御神刀から得られる力に限らず、鍛え上げられた肉体も精神も性別という概念を超えるものがある。よって和馬が力負けしようが、麻衣が力負けしようが、その次に何をするのかが重要なのだ。


 刃同士がぶつかるが、鍔迫り合いを互いに行おうとせず、距離を取るため後方に跳躍する。そこで和馬はすかさず刀を左脇に深く構え、超高速の歩法術――『縮地』――を使って一気に麻衣の懐に潜り込む。


 いや、潜り込もうとしたが出来なかった。奇しくも麻衣もまた全く同じ行動をとっていたのだ。


 二人は超高速の世界で目を見開き驚愕を露わにしながらも、互いに刃が交差しないぎりぎりまで剣筋を調節し、強固な守りを掻い潜り、相手を斬りつける。


 宙を舞う御神体となった右腕。


 まだだ。御神体を解除しない限り一本取ったとは言えない。つまり、まだ試合は終わっていない。


 和馬は振り返り様に御神刀を鞘走りさせ、遠心力を利用して大きく横薙ぎする。


 右腕を失った麻衣は追撃そのものには反応出来たものの、慣れぬ左利きの構えに防御が間に合わず胴を両断されてしまった。斬り飛ばされた右腕が舞台に落ちる前に決着はついた。


 致命傷を受けた麻衣は御神体の解除を余儀なくされてしまい武舞台に沈んだ。


「止め! 勝者、伊織和馬!」


 学長が野太く芯のある声で言うと、先程まで静まり返っていた生徒たちから歓喜の声と拍手の嵐が巻き起こった。


 試合中は集中力を削ぐ、あるいは真剣勝負に水を差すとして応援という行為は固く禁じられていた。そのこともあって一気に武道場内の雰囲気が明るく賑やかなものになった。


 尻餅をついている麻衣は右腕を押さえ、痛みで奥歯を噛み締めていた。しかし、負けたことに悔しさはあるものの納得のいく結末に溜息をついていた。そこへ和馬の手が差し伸べられる。


「大丈夫か? 結構深く斬ったけど」

「いやいや、腕斬り飛ばしといて深くも浅くもないわよ」


 麻衣は軽口を叩くと和馬の手を取り立ち上がる。もとい引き挙げてもらう。そう。御神体の効果は実体からエネルギー体へ変換されるだけではない。超高速の歩法術『縮地』は実体でも使えるが、御神体はエネルギー体になったことで実体へのダメージを肩代わりしてくれるのだ。その反面、麻衣が痛みを感じたように苦痛と精神的な疲労が残ってしまうという欠点もある。


 御神体は刀祓隊の隊員、訓練生にとっては最大の防御だが同時に諸刃の剣でもある。


 麻衣は和馬に肩を借りながら武舞台を降りる。右腕を切断され、胴を真っ二つ寸前まで深く斬られたのだから仕方がない。それでも自分で歩こうとしているだけ根性が座っていると言える。


☆☆☆☆☆☆


 休憩を終えた二人が戻ってくると表彰式がすぐに行われた。


 これで正真正銘和馬が優勝者に、麻衣が準優勝者になった。


「和馬先輩! 明日頑張ってください! 応援行きますから!」

「和馬、麻衣ちゃんと出られるからって手ェ出したりすんなよ!」

「麻衣、御前試合の決勝でも和馬と当たれるように頑張りなよ!」

「麻衣先輩、御前試合も頑張って下さい‼」


 二人は後輩、先輩問わず応援され続けられたことで自宅に着く頃には日が暮れてしまっていた。


 普通なら訓練学校に通う生徒たちは学生寮に住むのだが、和馬は血縁関係者が祖父しかいないため、山小屋同然の家に一緒に住んでいる。


 二人の住む家屋は築数百年の代物だ。ゆえに唯一現代的なものと言えば、トイレとキッチン、そして冷蔵庫くらいだ。それら以外は何も変わらず、藁を敷いた屋根、木で作られた引き戸の玄関を開ければ居間。家具は棚と箪笥のみで他は何もない。もちろんテレビもない。あとは風呂場を隔てる扉のみだ。


「ぐわー、東京まで行くとかめんどうくせー! どうせならドリームリゾートに行って遊びてー!」

「アホか! それでも代表に選ばれた者の言うことか!」


 和馬の祖父――熊爺くまじいは怒号を飛ばすや否や雑魚寝している和馬に拳骨を食らわせる。


「お主分かっておるのか。いくらめんどくさがりとは言え、この田舎町でお前は憧れの存在になったんじゃぞ。それに流派を受け継ぐ者として剣の頂きを目指すのも悪くないぞ」

「母さんはその頂きに立ったのかな」

「さあ、どうじゃろうな。ただ一つ言えるのは、流華るか、お前の母さんは醒翁院家当主であり、現刀祓隊総指揮者・醒翁院せいおういん斬子きりこを軽くあしらっておったのは確かじゃ」

「それって……」


 最強じゃん、と聞こえるか聞こえないかの声で言って和馬は居間を後にした。


 和馬は自室と言う名の山小屋のすぐ隣にある倉の二階に上がり、ボストンリュックに寝間着や制服の変え、着替えなどの衣類を無造作に入れていく。次に御神刀の手入れ用品を丁寧に入れて終了。


 思いの外、荷物が少なすぎて逆に不安になってしまう。


 刀祓隊の本部は東京にある。移動手段としては新幹線を使って向かうことになっている。駅までは学園が送迎してくれるのだが、そこから先は自力で乗り換えなどをしなければならない。


 ちなみに和馬は町を離れたことが今まで一度もない。そのせいで会場に到着できるかも分からないのだ。


 それに比べて準優勝者でもあり、同じく御前試合参加者である麻衣は任務の都合上、遠出をすることが途轍もなく多い。一週間前までは北海道、沖縄、そして東京にも一日だけ訪れていた。彼女だけがどうしてこんなにも地方遠征が多いのか、本人曰く「和馬のせい」らしい。


「明日のために御神刀の手入れでもしとくか。めんどくさいけど」


 和馬は常時ガラクタの山を築いている机の上に手を伸ばし、御神刀の手入れ用品を手探りで探す。今にも崩れ落ちそうなガラクタを絶妙なバランスを保ちつつ払いのける。しかし、どこを探しても見つからない。


「あ、リュックの中だった。ああ、もうホントにめんどうだ」


 憂鬱な気分になりながらも和馬は、手慣れた手付きで御神刀の手入れを始めるのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?