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1-10

 二日目の御前試合は午後一時から開始する。


 和馬と麻衣は試合会場に入ると早速対戦相手になるであろう参加者たちを見やる。和馬はというと昨夜の優羽の言葉が気になって一睡もできなかった。そのため腹いせとばかりに優羽を見つけるや獣のような眼光を向けている。


「流石に年下にその眼つきは止めといた方がいいよ」


 背後からの声に振り返るとそこには太一がいた。昨日初めて会い、剣を交えてから意気投合し、昨夜も一夜を共にした仲だ。


「一睡もできなかったんだぞ! 太一は秒で寝るし!」

「目を閉じてイメトレでもしたらよかったのに」

「したよ! 軽く五時間ぐらいな!」

「なるほど。僕の部屋を出た時間だね。そのあとどこで何してたの?」

「ホテルの庭で素振りだよ! そのあとランニングもしたさ」

「それだったらトレーニングルームに行けばよかったのに。ここのトレーニングルームは二十四時間営業だよ。開会式で近衛五芒星の人が言ってたよ」

「あー、士気が高まったのが話の残り二分半だったから多分寝てたな」

「だろうね。近衛五芒星の斎藤刃衛さんに思いっ切り睨まれてたよ」

「だから起きたんだよ」


 言って和馬は一足先に武舞台に行ってしまった。試合前の精神統一も兼ねてだろうが、寝不足で且つ優羽の言葉が気になって軽いストレスを感じてしまっていた。優羽の実力から見て少しでも心身を休めなければ目も当てられない結果になりそうだ。


「先輩! 思いっ切りやりましょうね。流派は使えないですけど」


 突然の声に振り返ると優羽がいた。華奢な身体に年相応の童顔が満面の笑みを描いている。まだ中学二年生というのが不思議なくらいの実力者だ。


『只今より予選二回戦を始めます。第一試合渡月学園・伊織和馬、星蘭女子学園・南条優羽。双方前へ』


 館内放送を聞き和馬の顔が強張る。対して優羽は新しい玩具を与えられた幼児のように歓喜の笑みを浮かべ、軽快な足取りで先に武舞台へ行ってしまった。


 和馬も後を追うように武舞台へ向かった。


☆☆☆☆☆☆


「双方構え――『御神体』――展開」


 凛とした女性の声が武舞台を清める。


 二回戦の審判は斎藤刃衛ではなく、近衛五芒星の第二席・永倉ながくら結花ゆかが務める。スラっとしたボディーラインに緑の長髪をポニーテールにした美少女。町中で擦れ違えば目で追ってしまうのは避けられないだろう。


 和馬と優羽は結花の指示の下、実体からエネルギー体へ身体を変換する。


「私、技とか使わないように学長に言われているんで、なるべく全力に近い力で戦いますね」

「なんだよそれ」


 和馬は正眼の構えを取り、優羽は二振りの小太刀を正面に交差させて構える。


「二人ともお喋りはそこまでです。それでは始め!」


 芯の通った合図と共に優羽の姿が消える。


 和馬は目を見開き、瞬時に気配を察知し、左後方に超高速移動した優羽の横薙ぎを受け止める。続け様に優羽は左手の小太刀を逆手に構え、両足を軸に身体を捻り和馬の背中を突く。だが、和馬は咄嗟の判断で超高速の歩法術――『縮地』――を用いて高速で天井近くまで跳躍する。


 上を取った、と喜ぶ者は誰もおらず、逆に不用意に高く跳躍してしまったことに和馬は後悔する。瞬きする間もなく、小太刀を振りかぶった優羽が肉薄する。空中を自在に移動できれば問題ないのだろうが、いくら御神刀の神秘的な力を用いても空中浮遊なんてものは夢のまた夢だ。


 このまま二振りの小太刀を振り下ろされれば確実に致命傷を負わされる。意を決した和馬は鞘に手を添える。


「東雲流伍の構え――『双龍そうりゅう』――」


 瞬間、この場にいる全ての者が衝撃を受けることになる。


 瞬きするよりも速く振り下ろされる二振りの小太刀。その軌跡は横からの衝撃によって弾かれた。


 驚愕する優羽。


 一体何が起こったのか。


 和馬は空中で後転し、跳躍した勢いに遠心力を乗せて天井に両足を着ける。


 天井に立つという奇妙な表現になってしまうが、和馬は確かに蝙蝠のように天井に立ち瞬時に左手で鞘を抜いた。そこから流れるように逆手に構えた鞘を力一杯薙ぎ、二振りの小太刀を殴打する形で弾いたのだ。


 さらに和馬は右手に握った刀を力強く振り下ろす。しかし、その攻撃には華がなかった。


 ただ振り下ろしただけの軌跡は優羽の身体を斬るに値せず、叩き落とすことしかできなかった。それでも華奢な少女の身体は弾丸の如く武舞台に叩きつけられる。


 轟音と共に背中から激突した優羽の身体は武舞台から床へ何度も弾み、最後には壁に打ちつけられていた。


 騒然とする観覧席を他所に和馬は真剣な面持ちで綺麗に武舞台に着地する。左手に持つ鞘はまだ帯代わりのベルトに納めていない。構えを解かないままゆっくりと優羽に近付く。


 流石に神聖な場所だけあって土埃一つ立っていない。だから力なく横たわる優羽が丸見えだ。


 それでも和馬が構えを解かないのは優羽から発せられる独特な気配が絶たれていないからだ。


「やられた……振りか?」

「あ、バレました?」


 優羽は何事もなかったかのように立ち上がり、笑みを浮かべて二振りの小太刀を弄ぶ。


「流石に今のは痛かったです。けど、その程度じゃ、まだまだ本気じゃありませんよね?」


 余裕の笑みなのか、剣を交えられる喜びから来る笑みなのか、優羽は両手の小太刀を逆手に持ち替え縮地で一気に距離を詰める。そこから右手の小太刀を振るうフェイントを混ぜて左手の小太刀を和馬の刀に叩きつける。


 動きを封じられた和馬が苦し紛れに鞘を突き出す。


 だが、優羽は跳ぶ勢いに合わせて左手の小太刀で押さえた和馬の刀を支点に側転する。鮮やかで曲芸師のような動きで和馬の意表を突き背後を取る。そのまま背中を斬りつけようと思ったが、視界いっぱいに刀の切っ先が肉薄する。寸でのところで首を逸らし躱したことで難を逃れる。


 和馬は咄嗟の判断で刀を順手から逆手に持ち替え背後に突き出したのだ。


 舞うような動きに加えて、曲芸師のような目を丸くする動き。


「動きが読みにくい奴だな」


 率直な感想だった。なにより流派としての動きではあるようだが、まだ技としては何も手の内を明かしていない。


 和馬は五つある構えの一つを出したのだからどこか悔しさを覚える。


「えへへ。不死鳥みたいでしょ?」

「どっちかと言うと猿だな」

「ひっどい!」

「なら技の一つや二つ見せてくれよ」


 身体の緊張がほぐれたところで、和馬は縮地を用いて優羽を中心に右回りに超高速で回転する。


「うわ、速いですね、先輩」


 お世辞ではなく本当に速い。


 優羽は加速し続ける和馬によって旋風という結界の中に閉じ込められてしまう。下手に動けば背後から、或いは正面から遠心力を乗せた重く速い一撃を食らうことになる。さらに隙を見せれば和馬は超高速移動中でも斬り掛かれる実力を持っている。


 小太刀は防御の面に優れているため、全ての斬撃を捌き、受け止められるだろうが、それも時間の問題だろう。


 優羽は両手とも順手に持ち替え眼光を輝かせる。と言ってもただ棒立ちになるだけだ。


(動きが止まった)


 今がチャンスとばかりに和馬は優羽の左側から斬り掛かろうとした瞬間、優羽と目がった。


「見つけましたよ、先輩」


 優羽は頬が裂けんばかりの笑みを浮かべ、刀を振りかぶった和馬に向けて左手の小太刀を投擲する。それもノーモーションで。


 あまりにも異端な攻撃に和馬は反応が遅れてしまい、右肩を掠めてしまった。それだけではない。超高速で移動していた分、遠心力も相まって少しだけ体勢を崩してしまい危うく転げそうになる。その隙をつかれ優羽に懐への侵入を許してしまう。


 同時に和馬は背中に悪寒のようなものを感じた。互いの得物の長さからして、今の二人の距離は完全に優羽の距離だ。


「もう離れませんよ!」


 優羽は小太刀を縦横無尽に振るう。平均的な打刀を振るう和馬にとって、より短い小太刀を振るえる優羽の有利性を生かした、まさにまとわりつくような斬撃の嵐。いくら鞘を用いた特殊な二刀流を使えたとしても無意味に等しい。むしろ鞘が邪魔になって防御に隙を生じてしまう始末だった。そこをつけ込むように鋭い軌跡を描き、鞘を弾き飛ばす。


 いや、弾かれる瞬間に和馬自身が鞘を手放したのだ。


 正確無比な素早い攻撃に加えて勢いがどんどん増していく。気が付けば攻撃をいなし、躱すために武舞台を何周もしていた。攻撃の手を止めなければ押し切られる。和馬は半歩余分に下がり、刀を振るえる距離を設ける。しかし、そうはさせまいと優羽が袈裟斬をしようと振りかぶる。


「東雲流――『緩龍かんりゅう』――」


 和馬は優羽の袈裟斬を紙一重で躱しつつ、体を回転させて懐に入り込み遠心力を利用して刀を横薙ぎする。相手の攻撃を躱し、瞬時に懐に入り込み相手の反撃を許さない高速の返し技にして東雲流の最も基本的な技だ。


 優羽は咄嗟に横跳びし、胴を掠める程度で済んだが、それだけで終わらなかった。


 和馬は優羽の体勢を崩させて、この期を逃すまいと更なる技を繰り出す。


「東雲流――『水上天華すいじょうてんげ』――」


 円を描くように素早く刀を横薙ぎする。優羽はなんとか防ぐことが出来たが、瞬時に振り下ろされる上段からの一刀によって額から胸元に至るまで両断される。


 致命傷を負った優羽は後方に吹っ飛び、御神体が解除された。


「そこまで。勝者、伊織和馬」


 和馬は何とか勝利できたことに安堵の息を漏らす。


「最後の『水上天華』発動前に何か技を使えただろ?」

「はい。本当はもっと楽しみたかったんですけど学長の命令は絶対なので」


 言って優羽は名残惜しそうに武舞台を後にした。


 今まで学長の命令を何度も無視してきた和馬にとって、優羽の身の回りの環境はどこか生きづらそうに見えた。

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