予選一回戦第五試合までを終えて続く第六、第七試合も滞りなく終わり、御前試合予選の初日が終わった。
この一日で参加校が七校だったのが四校まで減った。刀祓隊警備部担当の魁皇男子学園と北海道の凍空学院、そして、沖縄の琉法寺学園の三校が脱落した。刀祓隊の警備部を担当している魁皇男子学園が一回戦で脱落したことにどの校も驚いていた。
しかし、それよりも初参戦の田舎の訓練校である渡月学園の生徒二名が勝ち残っていることに仰天していた。
脱落した訓練校の生徒たちには、御前試合を最後まで見届ける資格があるため『渡月学園の二人』を最後まで見ることができる。
和馬と麻衣は異様な者を見るかのような視線を受けながらホテルに戻り、明日に備えてシャワー浴びようとした。まさにその時だった。
「いや、おかしくないか? なんで男女が同じ部屋なんだよ! 普通は別々の部屋だろ! しっかりベッドも二つあるし!」
「私は開会式の後に一旦ホテルに戻ってたから気付いてたわよ! だから学長に連絡したのに……なのに……」
言い終える前に麻衣の顔が林檎のように赤くなった。
ここで和馬は、学長が麻衣に何を言ったのか途轍もなく気になったが敢えて聞かなかった。
「取り敢えず、先にどっちがシャワーを浴びるか決めようぜ」
「え、ええ、そ、そそうだわよね」
「だわよねって」
和馬は麻衣の今まで見たことのない慌てっぷりに心配してしまう。
「一緒に入ったり、添い寝とかはしないよね」
「お前、俺の気遣いを返せ」
「だ、だって……折角……」
二人きりなのに、と麻衣は聞こえるか聞こえない声で言った。
すると和馬は何か文句を言われたかと思い、全く気を遣わずに鼻先が触れそうな距離まで顔を近付けて耳を傾ける。
「聞こえる声ではっきりと! せーのっ!」
直後、麻衣の頭の中で何かが切れる音がした。
「死ね!」
次の瞬間、右頬から左頬に掛けて強い衝撃が伝い、激痛となって和馬の身体を吹っ飛ばした。ちなみにシャワールームは玄関のすぐそばにあり、その玄関に鍵を掛けるのを忘れていた。さらに刀祓隊の剣士は『御神体』を展開せずとも、人一人を余裕で殴り飛ばせる怪力を持っている。
当然のことながら和馬の身体は玄関を突き破って廊下に投げ出された。
和馬はだらしなく廊下に寝そべる。
「っ痛……ッ! 麻衣の奴……あ、駄目だ。ホントに痛いやつだ。そこまで怒るようなことだったのか」
和馬はぶつくさ言いながら口の中で鉄の味が広がるのを感じる。形はどうあれ流血沙汰になってしまったことに些かの申し訳なさを感じつつ、右頬をさすりながら顔を上げる。
ここからさらに和馬を悲劇が襲った。
そこには星蘭女子学園の女子生徒二人が背後に何人かの同校の生徒を引き連れ、和馬を見下ろしていた。人数の多さから見て背後の集団は応援団なのだろう。
そんなことよりも目線の位置的に和馬の視界には、どうしても女子生徒達のスカートの中が見えてしまっていた。
不幸中の幸いか、全員見せパンを履いていたため助かった。
と思っているのは和馬だけで女子生徒達の叫び声が廊下に響き渡る。
声を聞きつけて部屋から飛び出てきたのは凍空学院の背の低い筋肉質の男――小野太一と大阪の総武高等学校の西条樹虎と園部小町だった。ちなみに樹虎と小町は別々の部屋から現れた。
「おいおい何があったんや」
白髪に紅色の瞳をした自称イケメン――樹虎の問いに、和馬に見せパンを見られた星蘭女子学園の女子生徒が応える。
「こ、この人が急に飛び出してきて、その……見られて」
「待て、これは不可抗力だ。見ろ、この右頬を!」
和馬は勢いよく立ち上がり腫れ上がった右頬を見せる。
しかし、女子生徒達は余計に気持ち悪がり樹虎の後ろに隠れてしまう始末だった。流石の不運さに笑いそうになる太一と事を察した樹虎は開いた玄関の方を見やる。そこには右拳を振り抜いた麻衣がいた。
「えっと伊織和馬やっけ? お前、あの子に何してん」
「声が聞こえなかったから耳を近づけただけだ」
「ほんまにそれだけか?」
「ああ」
「ほんまか?」
「もう少し気を遣えば良かった」
「せやろうな」
呆れたように言うと樹虎は星蘭女子学園の女子生徒達と話し始める。話の内容はパンツを覗いてしまったのは事故だということ。そして、ちゃっかり一人ずつ連絡先を交換していた。
そこで一人の一際身長が低い女子生徒が和馬の下へ駆け寄ってくる。
「い、伊織先輩! 良かったら私と連絡先交換して下さい!」
「はひッ!」
まさか自分も聞かれると思っていなかった和馬は、息の仕方を忘れてしまい変な声が出てしまった。
あまりの恥ずかしさに目が泳ぎ、動悸も荒くなって挙動不審になってしまう。
「えっと大丈夫ですか?」
女子生徒が心配そうに和馬ににじり寄る。
その時、ようやく和馬は目の前の女子生徒が誰だか分かった。
「君、南条優羽だよね! あの剣術、舞ってるみたいで鮮やかだった。明日もし、対戦することがあったら全力で頼むぜ!」
言いながらズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。
「あの……伊織先輩の流派って――」
「あ! 不可抗力とは言え、見てしまって申し訳ありませんでした!」
和馬が深々と頭を下げると他の女子生徒達も頭を下げる。
「あの……連絡先を……」
和馬は慌てて優羽と連絡先を交換する。
丁度その時、渡月学園の部屋から麻衣が出てきた。
「すいません。私のせいでこんなことになってしまって」
「ほんとそれな」
「次は頭蓋を砕くわよ」
麻衣が殺気に満ちた目を和馬に向けると、どうしてだか優羽が二人の間に割って入る。
その行動に理解できない和馬は目が点になる。麻衣はと言えば真っ直ぐ自信を見つめてくる優羽の視線に胸の奥がざわつくのを感じた。
言い知れぬ不安と言うべきか、優羽は決して麻衣のことを睨んでいる訳ではない。むしろ怯えた子犬のように萎縮してしまっていた。
そして、そんな彼女が放った言葉は、
「あ、えっと……暴力はその……」
なんとも美少女的な台詞に麻衣は心を穿たれてしまった。
なんだこの可愛い生き物は。今すぐにでも抱きしめてあげたい。怯えさせているのは自分だけど。と複雑な心境に陥っていた。
「こりゃあ面白くなりそうやな」
樹虎が言うと隣にいる太一が頷く。
「朱雀と青龍に麒麟かあ」
ぼそっと呟くと樹虎は三人を一瞥して部屋に帰っていった。小町も両手を叩き「お開きにしましょう!」と言って不可抗力が生み出した集会を解散させた。最後に部屋に戻ったはずの樹虎と小町が再び部屋から飛び出して来るや、麻衣に駆け寄りスマートフォンを突き出す。
「麻衣はん!」
「麻衣ちゃん!」
連絡先交換しよ! と今日一番の必死振りに一同ドン引きした。
本人たち曰く「こんな可愛い美少女をほっとける訳がない」らしい。
麻衣は苦笑いしながら連絡先を交換した。ついでと言わんばかりに小町は麻衣の手を引いて御前試合が終わるまで泊まるように促し、連れて行ってしまった。
「あの! 明日、ぜ、全力は出せないんですけど……けど、限りなく全力で戦うのでお互い頑張りましょう!」
優羽はそう言って颯爽と走り去ってしまった。
和馬は畳みかける異常な光景に「なんだったんだ」と太一に視線だけで問うが、太一は肩を竦めるだけで何も応えなかった。
翌日はいよいよ予選最終日。勝ち残った二名が三日目――最終日に本当の御前試合の舞台に立つことができる。
楽しみな反面、なぜだか地元で最後に祓った美妖女の姿が脳裏に過り、気付いた時には握り拳を作っていた。