伊織和馬が妖魔に加担した不届き者の逃亡に手を貸した。
そのまま麻衣は刀祓隊本部の尋問室に連れて行かれた。
コンクリート製の壁と床と天井。窓は鉄格子がはめられた小さなものが一つ。天井には蛍光灯の明かり。酷くシンプルで尋問室の名に相応しい冷たいものを感じる。
机を挟み近衛五芒星三席――
「最近の伊織和馬の行動に何か不審な動きはあったか?」
「いえ、ありませんでした。御前試合に参加することを渋っていたので、妖魔に加担するような人物と接触することは無かったと思います」
「ほう。御前試合を渋るとは……私が見た所かなりの腕だったようだが」
「和馬は田舎から出ることを極端に嫌っていたので」
「なるほど。そうなると余計に加担したという事実が怪しくなってくるな。ちなみにだが、伊織和馬はすでに逃亡者を追っていた刀祓隊の隊員と御前試合の参加者である南条優羽を斬り伏せている。この時点で伊織和馬は刀祓隊から追われるに値する犯罪者だ」
犯罪者。
その言葉の圧力に麻衣は勢いよく立ち上がる。
「待ってください! 犯罪者なんて……きっと何か、そう! 刀を振るわざるを得ない状況に、それか……逃亡者に脅されて……」
「伊織和馬がそんな状況に陥るほどの者とは思えない。後者に至ってはあの男のことだ。脅される前に斬り伏せるだろう」
刃衛の言っていることは正しい。だから麻衣は言い返せず力なく腰を下ろしてしまう。それを尻目に刃衛は尋問室を後にした。その時「落ち着いたら出るといい」と言い残して行った。顔つきは狼の様に鋭く強面だが、根は優しいようだ。
本当に犯罪者になってしまったのか。
麻衣の脳裏に和馬ののほほんとした顔が浮かび上がる。誰かを傷つけたり、妖魔に手を貸すような姿が全く想像できない。彼は誰にでも優しく、困っている人を見過ごせない麻衣にとって憧れの存在だ。いや、それ以上であり、それ以下でもない存在だ。だからこそ、本人に直接聞かなければならない。
意を決した麻衣が尋問室を飛び出す。
すると扉のすぐ前にいた人物にぶつかりそうになり慌てふためく。
白髪で紅の瞳を持った美形の男子生徒は、避けることなく麻衣を抱き寄せる形で受け止める。
「ここにおったんか。ほな、行こか」
☆☆☆☆☆☆
渡月学園学長――
美玲は近衛五芒星第一席――
「久しぶりだな」
「斬子様、この度は我が渡月学園の伊織和馬がご迷惑を」
美玲が深々と頭を下げる。
「謝罪で済めば追手は放たんよ。潜伏先に心当たりは? もしくは逃亡者との関係は?」
「残念ですが。逃亡者については私にも分かりません。それに和馬は妖魔に加担するような者に手を差し伸べるようなアホでは……、すいません。否定できないほどのお人好しなので」
「そうか。二人については警備部の星蘭女子学園と魁皇男子学園、そして、近衛五芒星に任せている。そこでだ。二校をまとめている学長と近衛五芒星に話をしようと思っている。あの時、二十年前に起きた大厄災戦線の真実を」
「当事者の私達でさえ知らないことがあると?」
当時、大厄災戦線を終息させるために八名の隊員が特別攻撃隊として出陣した。斬子と美玲、そして一部の学長だ。彼等、彼女等はその功績から学長として就任する者もいれば、二十歳を迎えて弟子を取り隠居する者もいた。さらには消息不明になっている者もいた。
しかし、世間ではその七名による功績と発表されているが、実際は九名いた。
「これは醒翁院家の対と成す伏見家に関わる話だ」
「……伏見。まさか
代々醒翁院家の者は刀祓隊の総指揮者として御神刀を振るってきた。対となる伏見家は醒翁院家が妖魔を祓ったあとの呪詛を処理し、場を清める巫女の役目を担っていた。その他にも特殊な能力を使い醒翁院家を陰から支えていた。
「伏見叶緒。吉春の娘にして歴代の巫女の中でもっとも優れた能力を持った巫女。そんな彼女が妖魔に加担したことが分かった。この意味が分かるな」
「はい。でも、まさかそんな、よりによって和馬と逃亡するなんて」
「龍は竜巻を起こし、災厄を呼び寄せる」
「それは
美玲は温和な雰囲気から打って変わって鋭い目つきで斬子を睨み付ける。相手が刀祓隊の総指揮者であり、同期であろうが関係ない。親友をけなす者は何人も許さない。
段々と凄味を増していく美玲を他所に斬子は無表情で応える。
「そんな訳はない。彼女こそが本当の英雄なのだから」
斬子は言って近衛五芒星に至急星蘭女子学園と魁皇男子学園の二校をまとめている学長と残りの近衛五芒星に召集をかけるよう指示を出した。その声はとても冷たく、戦友ですら目の前の人物が本当に斬子なのかと疑うほどだった。