喫茶店「雪の庭」は、いつものように穏やかな朝を迎えていた。弥生が厨房でスイーツの仕込みを進め、忍が店内を掃除する一方で、雪乃はカウンターの奥で紅茶を飲みながら優雅に過ごしていた。
しかし、その静寂を破るように、扉が軽くノックされる。現れたのは郵便屋だった。
「おはようございます! 王宮からのお手紙をお届けに参りました!」
その一言で、店内の空気が一変した。
「王宮!?」
弥生が驚きの声を上げ、忍も手を止めて郵便屋が持つ封筒に視線を向ける。封筒には確かに王家の紋章が押されている。
郵便屋が封筒をテーブルに置き、頭を下げて去っていくと、三人はその場に立ち尽くしたまま封筒を見つめていた。
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招待状の内容
「開けないの?」
忍が促すと、雪乃は渋々紅茶を置いて封筒を手に取った。
「王宮からの手紙なんて、嫌な予感しかしないわ……。」
そう言いながら封を切り、中の手紙を広げた。
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> 喫茶店「雪の庭」店主様
このたび、王宮にて催される晩餐会にて、貴店で評判の「雪の庭特製スイーツ」をぜひ提供いただきたく存じます。
特に、カラフルで見た目も美しいスイーツをお勧めいただければ幸いです。
日程は5日後の夕刻を予定しております。詳細につきましては、追ってお知らせいたします。
王宮管理局
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雪乃は手紙を投げ出すようにテーブルに置き、大きくため息をついた。
「無理! 絶対無理! 王宮の晩餐会なんて堅苦しい場所、行きたくない!」
弥生が手紙を拾い上げ、内容を確認すると、小さく頭を抱えた。
「お嬢様、貴族の貸切なんて受けるから、こんな事になるんです。」
「どういう意味よ! 普通の営業より楽だと思ったから受けたのに!」
雪乃が不満げに言い返すと、忍が冷静な口調で続けた。
「王宮からの依頼、どうしたって断れるはずありません。相手はこの国の中枢です。」
「だからって、こんな面倒なこと……。」
雪乃は再び頭を抱えた。
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雪乃の抵抗
忍は手紙を指差しながら言った。
「お嬢様、王宮からの依頼を断るのは難しいだけでなく、今後の店の評判にも影響を与えかねません。」
「そんなの困るわ!」
雪乃は椅子に沈み込みながら訴えた。
弥生も真剣な顔で口を開いた。
「むしろ、これを機に評判をさらに高めるのも悪くないのでは? 王宮とのつながりができれば、お店のブランド価値も上がります。」
「ブランド価値なんていらないわ! これ以上お客が増えたら困るだけ!」
雪乃の言葉に、弥生は静かに一言。
「お嬢様、そのような発言をするから“王女がだだ漏れ”と言われるんです。」
その言葉に、雪乃は一瞬沈黙したが、すぐに反論する。
「だって本当に面倒なんだもの!」
忍が少し考え込むようにしてから提案した。
「お嬢様、少なくとも一度検討してみてはいかがですか? 丁寧に対応すれば、断る場合でも印象は良くなります。」
「それもそうね……。」
渋々ながら、雪乃は手紙をもう一度手に取り、内容をじっくり読み返した。
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新作スイーツの準備
「カラフルで見た目が美しいスイーツ、ですって。」
雪乃は手紙を見ながら呟く。
「弥生、何か良い案はない?」
弥生が静かに答えた。
「華やかさと上品さを兼ね備えたものが良いかと。マカロンはいかがでしょう?」
「マカロン?」
雪乃が首をかしげると、弥生が説明を始めた。
「小さな丸い形が特徴でカラフルで可愛らしく、貴族や王族にも人気がでそうなスイーツです。」
「それいいじゃない! 決まりね!」
雪乃は嬉しそうに声を上げたが、弥生は慎重な口調で続けた。
「ただし、作るのに少し手間がかかります。特に焼き加減やクリームの味のバランスが重要です。」
「なら、任せたわ!」
「……お嬢様、また“愛情を込めて見守るだけ”ですか?」
弥生が呆れたように呟き、忍が苦笑いを浮かべる。
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試作の開始
弥生は早速、マカロンの試作に取り掛かった。
「まずはメレンゲをしっかり泡立て、生地を滑らかに仕上げます。それをカラフルな色に染めて焼き上げます。」
丁寧に作業を進める弥生を、雪乃は興味津々で眺めていた。
「これがマカロンの生地? 意外とシンプルそうね。」
「お嬢様、それを言うなら簡単そう、では?」
忍がツッコミを入れるが、雪乃は気にせず続けた。
「早く完成したところを見たいわ!」
生地が焼き上がり、冷ました後に弥生がクリームを挟み始める。完成したマカロンを目にして、雪乃は歓声を上げた。
「なんて可愛らしいの! これなら王宮の人たちも絶対に喜ぶわね!」
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味見会議
3人で味見をすると、雪乃はラズベリー味を一口食べて感嘆した。
「この甘酸っぱさ、最高ね! 見た目も華やかで完璧!」
弥生と忍も頷き、これが王宮にふさわしいスイーツだと認めた。
「これで決まりね。『雪の庭特製マカロン』を王宮に届けるわよ!」
雪乃は胸を張って宣言したが、忍が静かに呟く。
「お嬢様、本当に王宮で優雅な店主を演じ切れるんですか?」
「もちろんよ!」
その言葉に、弥生と忍は再びため息をついた。