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あかりの恋愛的日常。
あかりの恋愛的日常。
しらたまさくら
恋愛現代恋愛
2025年05月12日
公開日
3.6万字
連載中
ロクな男と付き合ってこなかったあかりが突然お見合いをすることに。お見合いは上手くいくのか。隣の幼馴染が帰って来るというが、どうなる?

第1話 お見合い。

 目の前に座る男は緊張感からなのか、ぎこちない笑みを浮かべた。年は私より十歳くらい上だろうか。年齢は聞いていたはずだがよく覚えていない。眼鏡をかけた生真面目そうな男は、ぱりっとしたスーツに身を包んでいて、清潔感という点では合格である。ただ、面白味はない。そこが大きな減点だ。そもそも顔も好みではないし、何とかこの場をやり過ごして、お断りいただこう。

 今日はこの男とのお見合いだ。遊んでばかりの私を心配したおばさんが持ってきた縁談なのだが、私は最初から乗り気ではなかった。今は男はいらないと思っているし、そばに誰かがいて欲しいなら自分で探したい。けれど、おばさんがどうしても会ってみて欲しいというので、こうしてお見合いをしているわけだ。

 私は普段は着ることのない春色のワンピースをまとい、いつもは後ろで束ねるだけの髪をアップにしている。肌が弱いのでフルメイクというわけにはいかないが、眉を描いてリップを塗るところまでは頑張った。最低限の礼は尽くしたつもりだ。おばさんの手前、私から断るのは気が引けるので、相手の方から断ってもらえるように頑張っている。失礼にならないように嫌われたい。

 お堅いお見合いというよりは顔合わせ要素が強いので、場所は私の友人のおじさんがやっているレストランにした。土曜の昼間ということでぽちぽち家族連れがいる。子どもがハンバーグを食べている横で二人向かい合っているのは何だか妙な気分だった。男の前にはコーヒーが、私の前にはアイスティーが運ばれてくる。おじさんが意味ありげにウインクをしてきたが無視しておいた。


「お話ししましょうか」


 男はびっくりしたような目で私を見て、一度下を向いてからコーヒーを飲んだ。この男、喋らない気なのだろうか。私主導でないと話が進まない感じなのかもしれない。それは大変面倒くさい。そもそも、名前もうっすらとしか覚えていない程度に興味がない男に振る話などあるものか。けれど、このまま沈黙をしていては気まずいだけだし。会ったはいいけれど、何も話さずに帰ってきたなどとおばさんに報告出来ない。どうしたものかと悩んでいると、男が口を開いた。


「あかりさんは、お仕事は何を?」

「今は無職ですね。この間、仕事をクビになったので」

「料理はお好きですか?」

「苦手なんですよ。面倒なのかもしれませんね」

「結婚しても仕事をしますか?」

「もちろん。ちゃんと働きますよ」


 喋りだしたと思ったら怒濤の質問責め。何だか一方的に質問されて、答えても話を広げてもらえないという状態で、これは会話が成立していると言えるんだろうかと疑問に思った。何かに似ている。そうだ、面接だ。これはお見合いではなくて面接だ。


「子どもは何人欲しいですか?」

「いらないです」


 気が早い。何で結婚前提で質問してくるんだ。男女の関係には結婚する前のおつきあいという段階があるだろう。そこを飛び越えて話をしてくるのが気持ち悪い。四十過ぎて私とお見合いなんかする男なんて、その程度なんだろうな。そもそも、会話がちゃんと成立するのなら恋人の一人くらいいるだろう。この人、生まれてこの方彼女出来たことがないらしいのだ。おばさんから聞いた話でそこだけはよく覚えている。

 私が黙ると、男ははっと居住まいを正す。もしかしたら、自分が質問しっぱなしということに気がついたかな。それとも、その質問が悉く気が早いとしか言いようがないことにも気がついたかも。そうであってくれと祈る。


「あの、趣味とか聞いても?」

「趣味ですか、ギャンブルです」

「ギャ、ギャンブル」

「ええ、そのくらいしか楽しみがなくて」


 男が固まった。ギャンブルが趣味で悪いか。ギャンブルって言ってもライトに楽しんでいるから、そんなに泥沼じゃないんだけど。言葉の響きが悪いのか。どうしたものだろう。うん、これは嫌われるチャンスなのではないだろうか。この生真面目そうな男がギャンブルを許容するとは思えない。もう少しギャンブルネタを押してやれば呆れてくれる。急に心が躍った。


「それでは、特技などありますか?」


 ギャンブルについて語ろうかと思ったら、次の質問が飛んできた。ギャンブルネタは綺麗にスルーしやがったな、こいつ。ひとりで十分くらい盛り上がればこのまま解散出来るかと思ったのに。

 いや、待て。特技の方で話を広げたら嫌われて終わりに出来るんじゃないだろうか。特技の話をしたら嫌われる自信がある。


「特技ですか。私は霊感が強いので守護霊が見えます」

「しゅ、守護霊?」

「そうです、守護霊です」

「あの、私にも守護霊っているものなんでしょうか」

「誰にでもいますよ」


 男の顔が青ざめた。私は男の横に立つ少女を見やる。たぶん、この少女の姿が見えているのは私とお店のおじさんくらいだろう。本当は普通に会話も出来るのだが、そこまで言うと怪しい人なので、そこは黙っておく。まあ、もう十分怪しい人だと思われているだろうけれど。


「親族に幼くして亡くなった女の子がいますね。その子が貴方の守護霊ですよ。今、横に立ってます」


 男は恐る恐るといった様子で私の視線を辿る。そしてそこには何も見えていないはずだ。血の気がすっかり引いて、顔が真っ白になっている。露骨に震える手でコーヒーカップを手に取り、口元まで持って行くが飲めていない。そのまま俯いて十秒ほど沈黙した。そして、男は無言で立ち上がり店を出ていった。ぽつんと残された私は、そんなにショックな話をしただろうかと思いつつアイスティーを飲んだ。


「あかりちゃん、お疲れさん。奈々から連絡が来ていてね、帰りに寄って欲しいそうだよ」

「了解です。お邪魔しちゃってすみませんでした。あ、コーヒーとアイスティーのお金払いますね」

「いいよいいよ。気疲れしただろうから、おじさんのおごりだよ。奈々のところに行ってやって。話を楽しみにしてるだろうから」

「分かりました。ごちそうさまでした」


 私は店を出ると車に乗り込み、たばこに火をつけた。ほっと一息吐いてから、親友の亘理奈々の家へ向けて発進した。手ぶらで行くのも何なので、コンビニでビールを買ってから向かう。奈々は今回のお見合いの話を聞いたら何て言うだろう。

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