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第24話 番外編:あゆみのお見合い。

 目の前の男性は年は四十三歳、名前を裕樹さんという。髪はさっぱりと短く、スーツをぴしっと着ている。シャツにはシワ一つない。私はワンピースにシワなどないか思わず確かめてしまった。正式なお見合いではないからとはいわれたけれど、初めてのことで緊張する。それにしても、年は一回り以上離れているのか。話は合うのかな。ちょっと心配。おばさんが選んでくれた人だけど、私との相性はどうだろう。私と裕樹さんは向かい合ったまましばらく沈黙していた。私からがんがん話を振るのもはしたない気がするし、少し待ってみよう。裕樹さんはコーヒーを口にしてから話し出した。


「あゆみさんはお仕事は何を?」

「スーパーで働いていますよ。レジ打ちとか品出しなんかをやっています」

「料理はお好きですか?」

「はい。料理は趣味なんです。ごはんの他にお菓子も作りますよ」

「もし、結婚したらお仕事はどうしますか?」

「続けたいです。今の職場は気に入っているので」

「子どもは何人ほしいですか?」

「そこは授かり物ですから。ひとりはほしいですけど」


 おばさん、もしかしてお姉ちゃんに紹介した人を私に紹介してないかな。確か、お姉ちゃんの話だと清潔感だけはあって、質問責めにしてくる人だとかいっていた。お姉ちゃんは興味のないお相手の名前を覚えることなんてしないから名前までは分からないけれど、年もお姉ちゃんのお見合い相手と同じくらいだし。ちょっと聞いてみようかな。でも、破談になった人のことを聞いたら失礼になるかしら。でも今はこの沈黙を何とかしないと。初対面の会話は難しい。質問責めにしてもいけないし、何か共通点を探さないと。


「裕樹さん、もしかしてうちの姉とお見合いしました?」

「姉。あかりさんですか。あゆみさんはあかりさんの妹さんだったんですね。名字が同じだからあれとはと思ってたんですが」

「そうなんですね。私は結構年が離れてますが大丈夫ですか?」

「それは僕の方です。あゆみさんから見たらだいぶおじさんでしょう」

「おじさんではないと思いますよ。私は年上の方が好きなので問題ないです」

「よかった。僕は恥ずかしながら今まで女性と付き合ったことがないので、失礼なことをいったらごめんなさい」


 裕樹さん、思ったより話せそうな相手じゃない。お姉ちゃんは面接みたいとかいってたけど、もしかしたら緊張していただけかもしれない。女の子と付き合ったことないっていうし、いきなり二人きりになったら緊張するよね。そういう私も付き合った男の人は多い方じゃない。お姉ちゃんと違って遊んではいないのだ。遊びすぎて男の人に不信感を持ったお姉ちゃんとは違って、私は希望を持っている。アイスティーの氷がからんと鳴った。私たちは時々沈黙を挟みつつ話していく。


「女性と付き合う機会がなかったのですね。私もそんなに男性と付き合ったわけではないですから、似たようなものです」

「こうしてあゆみさんと知り合う機会をもらったのですが、上手く話せませんし」

「大丈夫、普通に話せてますよ。私の方こそ話下手でごめんなさい」

「いえいえ、謝らないでください」

「もしよかったら趣味の話などしませんか。裕樹さんの趣味は何ですか?」

「えっと。僕の趣味はマンガを読んだり小説を読んだり、アニメを見たりゲームをしたりといったところです」

「結構多趣味なんですね」


 私はアニメはあまり見ないけれど、何とか話は続けられそうだ。私もマンガや小説は好きだから。裕樹さんがどんなのを読むのかは分からないけれど。ゲームもそれなりにするから一つくらい盛り上がれる話はあるだろう。裕樹さんは趣味の話になると赤面して下を向いてしまった。


「顔を上げてください」

「いや、その。恥ずかしくて」


 一瞬上げた顔をまた下げてしまう。もしかして、こういう趣味をオタク趣味として気にしているのだろうか。そんなことどうでもいいことなのに。好きなことは好きなことなのだから、大事にすればいいと私は思う。けれど、そうは思えないんだろうなあ。


「そういう趣味もいいと思いますよ。私もマンガや小説は好きですし、ゲームもします。決して恥ずかしいことではないです」

「先ほど趣味は料理だといっていましたよね。マンガや小説を読まれるんですか。ゲームもなさるんですか?」

「一番好きなのが料理というだけですよ。マンガや小説、ゲームも楽しいです。どんなものを読んだりするんですか。私は幸せな王女の物語っていう小説にはまっています」

「ああ、蓮見愛先生の小説ですよね。僕も読んでいますよ」

「あれって、女性向けの小説ですよね」

「女性向けでも面白いものは面白いです」


 驚きだった。幸せな王女の物語は本当に女性向けで、男性で読んでいる人は少ないはず。例としてこの小説をあげたけれど、他にも私と同じものを読んでいそうな予感がする。何だか話すのが楽しくなってきた。聞いてみればゲームもRPGが好きらしく、私と趣味が似ている。私はアイスティーを飲んで高揚してきた気分を少し落ち着けた。裕樹さんもコーヒーを飲んで姿勢を正す。


「あゆみさんの趣味の話も聞きたいです、料理の」

「料理は大好きなんですよ。一番幸せな時間です。お好きな食べ物は何ですか?」

「僕はオムライスとか好きですね」

「卵を巻くタイプのオムライスが好きですか、ふわとろ卵のオムライスが好きですか」

「えっと、どちらも好きですけど、どちらかといえばふわとろの方が」

「私、ふわとろオムライス作れますよ」

「でもあれって難しいですよね。僕も何度か挑戦したことあるんですけど、いつも失敗します」

「お料理されるんですね。あれはコツがあるんですよ。今度ごちそうしますよ」

「え、いいんですか」


 私がうなずくと裕樹さんはにっこりと笑った。オムライスが好きなのか、女の子に誘われたのが嬉しいのか。どちらにしろ、可愛いなと思う反応だった。オムライスくらいなら喜んで作る。何だかとても楽しくて、時間を忘れて話してしまった。別れ際にまた会いましょうといわれてしまって、ちょっと嬉しい。私も今回だけでは時間が足りなかったので、もっとお話ししたいと思っていたのだ。私から誘おうかと思ったら、裕樹さんの方から誘ってくれた。もしかしたら、上手くいくのかもしれない。第一印象はとてもよかった。年の差も気にならない。お姉ちゃんには合わなかったみたいだけど、私には合っているみたいだ。この縁を大事にしたいと思う。

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