1-1:突然の召喚
銀河帝国第3王女、パミリア・プルーム・マイア は、豪奢な空間に浮かぶ光の椅子に優雅に身を預けていた。窓の向こうには宇宙の星々が美しく輝き、静寂に満ちたその景色を彼女は何より愛していた。
「ふぅ、今日も平和ね。」
彼女が
――だが、その平和は突然、崩れることになる。
「マスター、緊急事態です。」
《テラⅣ》の警告音が船内に響き、パミリアは不機嫌そうに目を開けた。
「どうしたの、テラ?こんな平穏な時間に水を差さないでよ。」
《テラⅣ》:「外部干渉を感知しました。異次元空間への転送エネルギーが発生しています。」
「転送エネルギー?」
パミリアの眉がピクリと動く。
「まさか、私を狙った攻撃じゃないでしょうね?」
《テラⅣ》:「その可能性は低いです。しかし、強制的な転送エネルギーです。マスター、至急シートにお座りください。」
「ちょっと待って!こんなこと初めて――」
彼女が言い終わる前に、船内の空間が突然歪み始めた。星々の光がねじれ、目の前が真っ白に輝く。
「――な、なに!?テラ、いきなり何が起こってるの!?」
《テラⅣ》:「外部からの干渉による転送が確定しました。マスター、必ず追跡しますので、ご無事でいてください。」
「ちょ、待っ――」
その瞬間、パミリアの意識が遠のき、体が光に包まれた。
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光の中――異世界へ
気がつくと、パミリアは冷たい石畳の上に立っていた。視界が少しぼやけるが、すぐに周囲の様子がはっきりと見えてきた。
「……ここは……?」
見渡す限り、古めかしい石造りの神殿のような場所。壁には奇妙な文字が刻まれ、空気にはほのかに湿った匂いが漂っている。
「こんなところ、私の航路には存在しないはずだけど……。」
彼女が戸惑いながら立ち上がると、目の前には数十人の人間――いや、「異世界人」としか言いようのない者たちがひれ伏していた。彼らは薄汚れた服に身を包み、長いローブを着た老人が震える声で叫んだ。
「おお……! 聖女様が降臨なされた!」
「聖女様……?」
パミリアは眉をひそめ、その言葉の意味を考えた。しかし、彼らは完全に崇拝の目を向けている。
「天よりの奇跡!聖女召喚の儀がついに成功したのだ!」
周囲の人々が一斉に歓声を上げ、涙を流しながら彼女を見上げている。
「(……なるほど。どうやら彼らは私を召喚したつもりなのね。でも、なにこの状況?)」
耳元では、静かに《テラⅣ》が通信を再開する。
《テラⅣ》:「マスター、大丈夫ですか?現在、あなたの座標を追跡しています。」
「テラ、ここどこ?私、なんだか妙な連中に召喚されたみたいなんだけど。」
《テラⅣ》:「調査中です。どうやら未開惑星の一つで、科学技術がほぼ存在しない世界のようです。」
「未開惑星……まさか、星間法違反で捕まったりしないでしょうね?」
《テラⅣ》:「不可抗力による転送であれば、星間法には抵触しません。ただし、現地の文化や生活に過剰な干渉を行うと、問題が発生する可能性があります。」
パミリアはこっそりため息をつき、ひれ伏している異世界人たちを見下ろした。彼女の 銀色の髪 と ルビーのような赤い瞳 は、彼らの目には「聖なる存在」として映っているらしい。
(……私を聖女だと思い込んでいるのね。)
このまま正体を明かしても混乱するだけだろう。パミリアは内心で舌を打ちながら、微笑を作り出した。
「(仕方ないわね。星間法を守るためにも、ここは彼らの聖女のフリをしておきましょうか。)」
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聖女のフリ
「えっと……私を召喚したのは、あなたたちかしら?」
パミリアが穏やかな声で問いかけると、ひれ伏していた老人が震えながら顔を上げた。
「は、はい! 聖女召喚の儀を執り行ったのは我らでございます!」
「そう……。」
パミリアは静かにうなずき、優雅にローブの裾を揺らした。その一つ一つの動作が彼らには神々しく見えたのだろう、異世界人たちはますます涙を浮かべて頭を垂れた。
「(なんだか妙な気分ね。帝国でもここまで崇拝されたことはなかったわ。)」
老人が震える声で続ける。
「聖女様、どうかお許しください! 我が国は、魔獣と瘴気の脅威に晒されております。どうか、天の奇跡で我らをお救いください……!」
「魔獣と瘴気?」
パミリアは眉をひそめ、軽く手を顎に当てた。
「(なるほど、未開惑星でありがちな話ね。でも、これ以上の問題に巻き込まれるのは御免だわ。)」
しかし、今さら「聖女じゃない」とは言い出せない。パミリアはゆっくりと微笑みながら口を開いた。
「分かりました。状況を理解するためにも、まずはお話を聞かせてください。」
その一言に、人々の顔が歓喜に輝いた。
「ありがとうございます、聖女様! 天は我らを見捨てなかった!」
パミリアは内心で再びため息をつきながら、彼らの案内で神殿の奥へと向かっていった。
(まったく……私はただ宇宙を自由に旅したいだけなのに。何でこうなるのよ!)
――彼女の自由な旅は、思いがけない「救世主ごっこ」として幕を開けたのだった。
1-2:聖女認定――戸惑いと決意
パミリアは古びた神殿の奥へと案内されていた。壁には古代文字が刻まれ、所々に燭台の火が揺れている。彼女の足音とローブの擦れる音だけが、重苦しい空間に響いた。
(どうしてこんなことに……。)
彼女の銀色の髪が揺れ、ルビーを思わせる赤い瞳が淡く光を反射する。その姿は異世界の住人にとって 「異質でありながら神聖」 に見えたのだろう。周囲の人々は未だに畏怖の念を抱きながら頭を垂れている。
「お待ちください、聖女様。こちらが謁見の間でございます。」
先導する老人が重厚な扉をゆっくりと開けると、そこにはさらに豪奢な空間が広がっていた。天井は高く、壁には王家の紋章らしき旗が飾られ、中央には立派な玉座が鎮座している。そこに座っていたのは、威厳ある姿の 王 だった。
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異質なる来訪者
「おお……ついに、聖女が我が王国に降臨されたか。」
王は立ち上がり、パミリアを一目見るや、表情に驚きと安堵が入り混じったような表情を浮かべた。周囲には重鎧を着た騎士や、煌びやかな衣装を纏った貴族たちが集い、ざわめきが広がる。
「(見世物じゃないのよ、まったく……。)」
パミリアは内心ため息をつくも、外面には微笑みを浮かべたまま優雅に一礼した。
「初めまして。突然この地に招かれましたが、あなた方が『聖女』と呼ぶのは、私のことなのでしょうか?」
彼女の言葉に王や貴族たちが息を呑む。彼女の 流暢な現地語 と、どこか威圧感すら感じさせる立ち振る舞い――それらは彼らにとって「神聖」そのものだった。
もちろん、これは パミリアの体内に組み込まれたナノマシンの翻訳機能 によるものだが、彼らには知る由もない。
王は玉座から降りると、震える手で口を開いた。
「聖女様、あなたをお呼びしたのは我らが願いに他なりません。どうか、我が国を救っていただきたいのです……!」
「救う……?」
パミリアは王の言葉を復唱しながらも、表情には一瞬戸惑いが浮かんだ。しかし、次の瞬間には「なるほど」と冷静に状況を理解する。
(この王国、どうやら何かに苦しんでいるのね。そして、それを救う存在として私が召喚された、と。)
「詳しくお話を伺ってもいいでしょうか? いきなり救えと言われても、私には状況が分かりません。」
彼女の冷静な口調に王は神妙な顔で頷く。
「聖女様……。この王国は今、魔獣と瘴気に苦しめられているのです。」
「魔獣と瘴気?」
「はい。我が国の周囲には『魔獣』と呼ばれる怪物が現れ始め、人々を襲っております。そしてその出現と共に、『瘴気』という黒い靄が町や村を蝕み始めたのです。」
パミリアは少し眉をひそめ、王の言葉に耳を傾けた。
(魔獣と瘴気……? 科学的に説明すれば、汚染物質か未知の生物エネルギーの類ね。でも……この未開惑星では異質すぎるわ。)
王は続ける。
「その瘴気に触れると、病に倒れる者、命を落とす者も現れています。民は恐怖に怯え、王国の兵士たちも手が付けられない状況です。」
パミリアは静かに頷いた。そして――演技が必要だと悟った。
「そうですか……。困っている人々を放ってはおけませんね。」
王や貴族たちはその一言に涙を浮かべ、崇拝の眼差しを向ける。
「聖女様……! なんという慈悲深きお心……!」
「やはり天からの遣いに違いありません!」
「(違う、ただ巻き込まれてるだけなんだけどね……。)」
パミリアは再び《テラⅣ》と小声で通信を再開する。
「テラ、聞いてたわね? 魔獣と瘴気……何か分析できそう?」
《テラⅣ》:「はい、マスター。瘴気のデータが不足していますが、未知の有害エネルギー反応である可能性が高いです。サンプル採取後、分析が必要です。」
「分かった。後で現地調査をするわ。」
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聖女のフリ――星間法遵守
パミリアは考えを巡らせた。星間法によれば、未開惑星への過剰な技術干渉は厳禁だ。しかし、逆に「救世主」として崇められる立場を利用すれば、情報収集がしやすくなる。
(……まあ、しばらく聖女のフリをするのも悪くないかもしれないわね。)
彼女は再び王に向かい、優雅に口を開いた。
「この地に呼ばれたのも、何かの縁でしょう。私にできる限りのことはいたしましょう。」
その言葉に、王や貴族、そして神殿の住人たちが歓喜の声を上げる。
「聖女様、ありがとうございます!」
「天は我らを見捨てなかったのだ!」
王は涙を流しながら跪き、パミリアを見上げた。
「どうか……どうか、我が国をお救いください……!」
彼女はその様子を見つめ、静かに微笑んだ。
「お任せください。」
――その言葉の裏で、パミリアの心は冷静だった。
(救うなんて軽々しく言ったけど、最悪テラの技術を借りてどうにかすればいいわよね……。)
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聖女の立場――確立される
王宮での謁見が終わり、パミリアは一時的に与えられた部屋で静かに椅子に腰を下ろした。
「……やれやれ。予想以上に面倒なことに巻き込まれたわ。」
耳元の通信機から《テラⅣ》が語りかける。
《テラⅣ》:「マスター、星間法違反はギリギリ回避していますが、行動には十分ご注意ください。」
「分かってるわよ。でも、このままじゃ自由な宇宙旅行どころじゃないわね。」
彼女は夜空を見つめ、軽くため息をついた。
――こうして「聖女」としての立場が確立され、彼女の思いがけない異世界生活が始まったのだった。
1-3:初めての脅威――聖女の「祈り」
王宮に迎えられた翌日、パミリアは朝から慌ただしい空気に包まれていた。城内の廊下を歩く人々はどこか焦燥の色を浮かべ、廊下の壁を揺るがすほどの叫び声が届いてくる。
「魔獣が村を襲っています! 王国騎士団が向かいましたが、手に負えないとのこと!」
大声で報告する兵士の声に、パミリアは一瞬立ち止まる。
(魔獣……本当にいるのね。昨日聞いた話がどうやら現実みたい。)
耳元の《テラⅣ》が静かに通信を送る。
《テラⅣ》:「マスター、魔獣というのは現地における未知の生命体と考えられます。外見や危険性についてのデータが必要です。」
「分かってる。でも、危険なものなら放っておけないわね。」
騒ぎを聞きつけた王が謁見の間に現れ、パミリアに向かって頭を下げる。
「聖女様、申し訳ありません……王都近くの村が魔獣に襲われており、我が騎士団では止めることができぬ状況です。」
王の顔には明らかな絶望の色が浮かんでいる。
「どうか聖女様の力でお救いを……!」
パミリアは深く息を吐き、静かな笑みを浮かべた。
「分かりました。私が行きましょう。」
王は目を見開いて驚いた表情を浮かべる。
「聖女様、危険です! そんなことを……!」
「危険だからこそ、放っておけません。」
そう言い切ると、パミリアは杖を手にし、ゆっくりと立ち上がった。
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魔獣の出現――村の危機
王国の兵士たちと共に現場へ急行すると、遠くの空に黒い煙が上がっているのが見えた。村の建物が一部崩れ、悲鳴と怒号が交錯する。
「おのれ、化け物め!」
「逃げろ! 村の外へ!」
パミリアが馬を降り、村の広場へと足を踏み入れると、そこには巨大な 魔獣 が暴れている姿があった。
―― 漆黒の体毛、鋭い爪、そして血のように赤く光る目。魔獣は獣のような咆哮を上げ、村人たちを追い立てている。
「これが……魔獣。」
初めて見る異様な生命体に、パミリアも一瞬言葉を失う。だが、その背後では村人たちが怯え、泣きながら逃げ惑っている。
「聖女様、お下がりください! こちらは我々が……!」
兵士の一人がパミリアに向かって叫ぶが、その瞬間――魔獣が彼らの方へと飛びかかった。
「危ない!」
パミリアは素早く反応し、指先で耳元の通信装置を軽く触れた。
「テラ! 超音波装置、今すぐ転送して!」
《テラⅣ》:「了解しました。超音波発生装置を杖に偽装し、転送します。」
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「祈り」という名の奇跡
次の瞬間、パミリアの手の中に淡く光る「聖女の杖」が現れた。長く滑らかな銀の軸に、先端にはクリスタルのような装飾が施されている――だが、実際は帝国製の超音波発生装置を魔法の杖に偽装したものだ。
周囲にいた兵士や村人たちは、その瞬間に息を呑んだ。
「聖女様の杖だ……!」
「天の力が、今この地に……!」
パミリアはゆっくりと両手を広げ、天に向かって杖を掲げた。
「天にいます偉大なる存在よ……この地を穢す悪しき者たちを退けたまえ……。」
彼女の声が広場に響き渡り、その瞬間――杖の先から 目に見えない波動 が発せられた。
「グォォォォォ……!」
魔獣が突然動きを止め、耳を裂かれるような悲鳴を上げた。目に見えない超音波が魔獣の周囲を包み込み、彼らの生物学的な感覚器官を強烈に刺激している。
「聖女様の祈りだ……!」
「魔物が怯んでいる!」
村人や兵士たちは驚きの声を上げた。パミリアはそのまま祈りのポーズを崩さず、超音波を強く発生させ続ける。魔獣は耐えきれないかのように地を転げ回り、やがて 山の奥へと逃げていった。
「やった……魔獣が逃げたぞ!」
「聖女様の祈りが、魔物を退けたんだ!」
歓喜の声が村中に響き渡る。
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救世主としての一歩
杖を下ろし、パミリアは息を整えながら静かに立ち尽くす。見た目には「祈りの力」で魔獣が撃退されたように見えるが、実際は 科学技術による超音波 の効果だった。
(……これなら生命を奪わずに撃退できるわね。)
耳元で《テラⅣ》が報告を送る。
《テラⅣ》:「魔獣の追跡データを収集しました。瘴気の発生源と関連している可能性が高いです。」
「なるほどね。調査の価値はありそうだわ。」
村人たちが涙ながらに彼女の前に跪く。
「聖女様……ありがとうございます……!」
「天の力が本当に奇跡を起こした……!」
パミリアは微笑みを浮かべ、静かに頷いた。
「皆さん、もう安心してください。魔獣は立ち去りました。」
その言葉に、村人たちは歓声を上げる。
「聖女様万歳! 聖女様こそ我らの希望だ!」
――この日、パミリアは 救世主「聖女」 としての立場を確立した。
(ああ、もう後戻りはできないわね……。)
だが、その微笑みの裏で、彼女は小さくため息をついた。
(私、ただの旅行者なんだけどなぁ……。)
広場の中央で光に照らされた彼女の姿は、王国にとって 真の奇跡 に映ったのだった。
1-4:立場の確立――王宮での決断
魔獣を撃退した翌日、パミリアは王宮の広い謁見の間に呼び出されていた。昨日の一件が王国中に知れ渡り、彼女の「聖女」としての立場は一夜にして絶対的なものになっていた。
「聖女様の祈りが魔獣を退けた――」
そんな噂が広がり、人々の期待が彼女に集中しているのを肌で感じる。重厚な扉が開くと、パミリアは騎士たちの警護を受けながら謁見の間へと足を踏み入れた。
「(ここまで大事になるとは思わなかったわね……。)」
――高い天井、金色に輝く装飾、そして玉座に鎮座する王。彼の前には貴族や将軍たちが並び、パミリアを見つめていた。王は立ち上がり、神妙な面持ちで口を開いた。
「聖女様、昨日は我が王国をお救いいただき、誠に感謝いたします。」
「……いえ、私ができる範囲のことをしただけです。」
パミリアは微笑みながら答えたが、周囲の貴族たちはその控えめな言葉にさらに深い畏敬の念を浮かべた。
「なんとお優しい……!」
「まさしく天の遣いに違いない……!」
(違う、ただの宇宙旅行者なんだけどね……。)
内心でため息をつきながらも、表情には一切出さず、彼女は王に向き直った。
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王の依頼――聖女の役割
「聖女様。」
王はゆっくりと玉座から降り、深く頭を下げる。
「どうか、我が王国にお力をお貸しください。魔獣と瘴気の脅威を前に、我々には成す術がありません。」
「瘴気……昨日の魔獣が纏っていた、あの黒い靄ですね。」
王は頷き、厳しい表情で続けた。
「ええ。あの瘴気はただの煙ではなく、触れた者を病に冒し、やがて命を奪うのです。魔獣が現れる場所には必ず瘴気が広がる……。それがここ数ヶ月、王国を蝕んでおります。」
パミリアは静かに考え込む。
(瘴気……一種の環境汚染のようなものかしら? テラのデータ収集が急務ね。)
《テラⅣ》:「マスター、瘴気の成分分析が完了しました。微細な粒子状有害物質を含むエネルギー反応が検出されました。」
「粒子状汚染物質……つまり、大気汚染みたいなもの?」
《テラⅣ》:「その通りです。しかし、現地の環境には耐性がなく、急速に被害が拡大しているものと推測します。」
パミリアは小さく頷き、静かに口を開いた。
「……私にできる範囲で、協力しましょう。」
その言葉に、王や貴族たちは一斉に歓喜の声を上げた。
「聖女様……!」
「ありがとうございます、聖女様……!」
(やれやれ、救世主として祭り上げられるのは正直面倒だけど、瘴気の浄化も魔獣の件も、放置するわけにはいかないわね。)
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瘴気の問題――空気清浄機の提案
「ところで、その瘴気を取り除く方法は、現地にはないのでしょうか?」
パミリアの問いに、王は深くため息をついた。
「残念ながら、我々にはそのような手立てはありません。ただ祈ることしか……。」
(祈ってるだけじゃ解決しないのよね、これが。)
パミリアは静かに杖を手に取り、耳元の《テラⅣ》に通信を送る。
「ねえ、テラ。この瘴気、取り除く方法はある?」
《テラⅣ》:「可能です。瘴気の粒子を吸着して浄化するには、標準家庭用空気清浄機で十分です。」
「はっ? 家電の空気清浄機でいいの?」
思わず驚きの声が出るが、小声だったため周囲には聞こえなかった。
《テラⅣ》:「はい。帝国製の空気清浄機は高度なフィルター技術を有しており、この程度の粒子汚染であれば問題ありません。」
パミリアは額に手を当て、小さくため息をつく。
(……救世主が空気清浄機を使うなんて、誰が想像するかしら。)
だが、解決策があるなら試さない手はない。
「分かったわ。『聖女の祈り』に合わせて、浄化する道具を用意してちょうだい。」
《テラⅣ》:「了解。空気清浄機を魔法の道具に偽装して転送します。」
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聖女の宣言――「奇跡」の始まり
パミリアは王に向き直り、静かに微笑んだ。
「……その瘴気、私が何とかしましょう。」
「聖女様! それは本当でございますか!?」
「ええ。ただし、少し時間をください。準備が必要です。」
王や貴族たちは涙を浮かべ、深く頭を下げる。
「ありがとうございます……! 聖女様がいれば、我が王国は救われる……!」
(……そんな期待しないでほしいんだけど。)
だが、ここで中途半端なことを言えば、信頼を失うだけだ。パミリアは微笑みを浮かべたまま、静かに答えた。
「では、後ほどまたお伝えします。それまで、どうか少しお待ちください。」
彼女は部屋を後にし、自室へと戻る。
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救世主の重圧
自室に戻ると、パミリアは重く椅子に腰を下ろした。
「……救世主って、本当に疲れるわね。」
《テラⅣ》:「マスター、現地人の信頼は高まっています。しかし、期待の重圧には注意が必要です。」
「分かってるわよ。でも、このまま何もしないわけにもいかないし。」
彼女は窓の外に広がる王都を見つめた。
(空気清浄機で瘴気を浄化すれば、しばらくは平穏が戻るでしょう。でも――。)
パミリアは杖を握りしめ、静かに呟く。
「……この瘴気、一体何が原因なのかしら。」
彼女の目には冷静な光が宿る。救世主として祭り上げられたその裏で、パミリアはこの世界に渦巻く 異変の真相 に一歩ずつ迫り始めていた。
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