目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
カエルの大学 ✕ 世界のマホウ
カエルの大学 ✕ 世界のマホウ
弥良ぱるぱ
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年05月12日
公開日
3.1万字
連載中
『学徒の自由な学びには、“自分探し”が付き物だ』 ――世界魔法 それは世界と繋がることで、あらゆる願いも現実化する便利な代物。 しかし発動に具体性が欠けた場合は“失敗”する危険も孕んでいた。 そんな魔法を教え授ける大学街ルパラクルにやってきた主人公、コルダ。 彼女の夢はいつしか独自魔法を創造し、卒業することだった。 学徒生活を謳歌していたある日のこと、不意に訪れた図書館内で“生の人皮装本”に呼び止められる。 『大切な人を探して欲しい』と。 怪しい本の懇願に初めは抵抗するコルダだったが、体の自由を奪われてしまい止む無く手伝わされる羽目に。 とはいえ、やっていることはただの“窃盗”。 それも“絶禁本の窃盗”である。 発覚すれば学徒の立場はおろか、大学街から追放されてもおかしくはない。 コルダは果たして無事に卒業することが出来るのだろうか……。

prologvs. 目覚めのお茶会

 大学街はまだ濃い夜の中にある。


 点在する照明石の薄ぼんやりとした光が、街の輪郭を辛うじて照らしていた。


 石畳の広い通りに、土塗りの家々が立ち並ぶ。


 通りに面した建物には巨大なとも取れる回廊が設けられており、行き来する僅かな人影はまるで橋の下を泳ぐ魚のようだった。


 遠くから街の様子を眺めていると、焦点がふと眼前のガラスへと移る。外の世界とを隔てる透明な鏡には、まだ眠たげな私の顔が映っていた。


 嫌気が差すほど幼い見た目。


 ろくに整えていない栗色の長髪……なのだが、後ろ髪だけは男性みたく反り上がるほど短かい。


 顔立ちは母親譲りで整ってはいるものの、早朝のためか多少のバラツキがある。


 世の中には童顔という言葉もあるが、私の場合は顔だけでなく、後ろ髪も、体も成長してくれないのだ。


 年齢でなら、もう立派な大人なのに……。


 眺めていても変わることのない自分に愛想が付き、気晴らしに室内へと視野を広げた。


 端的に言い表すなら几帳面な雑多。


 壁には様々な薬草が種類ごとに掛けられているのに対して、机の上には大小さまざまな本や書類が山積みになっている。


 まるで家主の内面を具現化したかのようだった。


「おまたせー」


 男性とも女性ともとれない中性的な優しい声が、部屋の奥から伝わる。


 続いて姿を現したのは、抽象化されたアマガエル。


 この世の知識を溜め込んだ容姿は、ぬいぐるみのようでいて実に愛くるしい。今は十分に貯蓄したお腹を使って、ぽよんぽよんと跳ねていた。


 すぐ後ろには浮遊する二つのカップが付いてきており、ふわりふわりと漂う様子は見ていてとても心配だった。


「先生、手伝いますよ」


「いいからいいから、そのままで」


 一抹の不安を残しつつ、先生は無事に私のいる机へと到着した。


 椅子のいらない先生は私の対面に着地し、カップ達もそれぞれ追従する。


「熱いから気を付けてね」


「ありがとうございます」


 促され、目の前に置かれたお茶に口を付ける。


 複雑な味がしながらも、不思議と統一感があった。


「ここの生活はもう慣れた?」


「はい……で、でも叔父さんが帰っちゃって」


「帰った? うーん。大体は帰るのが面倒だからって住み着いちゃうけど……。まぁサウロ君の事だし、君を思っての行動だよきっと」


「そうだと思います。でも……」


「他に悩み事とか?」


「……」


 不意に口を閉ざしてしまう。

 誰にでもある悩みなのだが、私にとっては恥ずかしい悩みでもある。


 けれどこうしているうちに、部屋の空気はみるみるうちに醒めていく。先生との会話、ひいては沈黙に耐え切れず、とうとう重い口を開けた。


「……ご」


「え?」


「……迷子、です」


 それを聞くなり先生はケラケラと笑い始めた。


「子供じゃないです、もう大人です!」


「その分なら、あまり深刻そうではないね」


「違うんです。その……初めてここに来た時の事、覚えてますか?」


 やっとの思いでルパラクルに到着した日、私はさっそく迷子になった。


 通常、迷子というのは目的地までの道のりを誤って起こる、いわば過程の問題だ。


 しかし私の迷子というのは、過程を全てすっ飛ばし、気付けば違う目的地に到着していたという厄介な代物だった。


 当時も気づけば見知らぬ部屋の前に立っており、助けを求めて入ったのがこの部屋だった。


「よく覚えてるよ、でも結果的には良かったでしょ?」


「そうですけど……。でも、次にもし起こったらと思うと怖くて……」


「うーん。ボクも君に付きっ切りでいる訳にも行かないしなぁ」


 それはそうだ。


 先生には迷惑を掛けられないし、仮にもし私の迷子監視役だなんて付けられてしまったら、それこそ親の手を引く子供になってしまう。


 叔父さんはわざわざ帰ってくれたんだ。


 私を成長させるために。


「でもここでの勉強は続けた方が良いよ。それにもしかしたら“迷子を治す魔法”だなんてあるかもしれないし」


「それはホントで!――」


 ――ガシャン、バシャ。


 身を乗り出した体勢から、ぎこちなく視線を下げてみる。すると床には無残にも破片が飛び散り、お茶が辺りに撒かれていた。


「あ……ご、ごめんなさい!」


「大丈夫だよ。あ、そうだ。折角なんだし魔法で直してみない? 復習と思ってさ」


 先生の助言に感謝し、早速魔法の準備に取り掛かる。


 首に掛けていた学章を取り出す。にび色に輝く鉄製のそれは、片側には先生の横顔、もう片方には睡蓮がかたどられている。ルパラクルの学徒としての証と同時に、魔法を発動させる触媒の役割も担っていた。


 学章を握りしめ、静かに呼吸を整える。


 想像するのは割れる前のカップ。それも私に出された直後のものだ。


 素焼きの容器はザラザラで、まだ土の面影を残している。そこにはアツアツのお茶が注がれており、多量の湯気が立ち上っている。


 よし。


 頭の中の風景には、既に完璧なカップが


 今度は妄想を形にするべく、崩さぬように、こぼさぬように、言葉へと置換する。


「《――|necto《接続》〔割れてないカップ。完璧なカップ〕eratあった――》」


 目を開けると、そこには元通りになったカップが置かれていた。中身のお茶も運ばれてきた時と同様、なみなみと注がれている。


「やった!」


「良い感じだね、これなら――」


 ――パキリ、


 ばじゃり。


 不穏な音を響かせたかと思えば、カップは再び割れた姿に戻ってしまった。


 卓上には空しくお茶が広がっていく。


「割れてた頃の記憶が邪魔をしちゃってたのかもね」


「……悔しいです」


「悔しさと羨ましさは最高の燃料だよ、特に学徒にとってはね。それにそろそろ授業が始まる時間じゃないかな」


「えっ、もうそんなに」


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


 実感は全く湧かないけれど、それでも現実は待ってはくれない。


「大丈夫、片付けはこっちでしておくから」


「あっ、ありがとうございます」


 急いで鞄から飛び降りる。


 椅子に載せていた鞄を引っ張ると、そのままぷかぷかと宙に浮く。


「じゃあ、行ってきます」


「うん、君の成長を楽しみにしてるよ」


 屈託のない笑顔を浮かべる。


 喜ぶ先生に対して、私は大きな心残りと共に、たくさん物が詰まった鞄をいそいそと引っ張っていった。






 ひんやりとした風が頬に触れる。


 暖かな室内にいた分、外の世界は幾分か冷たかった。


 澄んだ空気を頬張りながら、そっと街を眺める。


 点在する照明石の淡い光は、既に夜の闇と共に去っていた。屋根瓦は赤茶に焼け、壁は黄土色に塗られ、石畳はにび色に染まる。


 まるで上から少しずつ、色が降ってくるようだった。


 大学街に朝が来る。


 なんてことない、この街の目覚め。


 ただ普段と異なる点があるとすれば……


「……ここ、どこ?」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?