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第27話 ダンジョンマスターの受難 トーキョーダンジョン編②

遂にダンジョン戦争が始まった。

いや、始まってしまった……と言うべきか。

トーキョーダンジョンマスター古田は戦争開始直後より意気消沈してダンジョンコアの前で固い石の拳を振るわせていた。 

長年を費やし採掘した鉱石を喰わせ育てた最終兵器、召喚モンスターでも最高のレア度を誇るジェネシスレアの切り札、ガイアが何者かに敗北した。

地形そのものと見紛うガイアの巨体が天変地異ですら可愛く見えるような大地の渦に飲まれ砂と成り果てた。

あり得ない光景が未だに悪夢のように焼き付いている。


復活させるにもジェネシスレアのガイアの復活にはDP不足。

最後のあがきと捕らえた人間の殺害を試みるもそれも失敗。

なんとか、最下層に集結させていた進攻用の戦力と再召喚が間に合った戦力だけが生き残るのみという惨憺たる状況だった。


それでもだ、相手はおそらくまともにダンジョン運営すら出来ていないダンジョンだ。

かろうじてだが壁用のミスリルゴーレムの再召喚や黒化ヒュドラの復活は出来た。

Sランククランの実力者を塞ぎ止めていたヒュドラの存在はいまや最後のよすがだ。

こうして戦争が始まったというのに接続された入り口からの敵の進攻も無い。

まだ勝機はある、古田はなんとか鬱屈とした気分を振り払い、ダンジョン機能により進攻用戦力を戦争の際に互いのダンジョンを接続する為の空白エリアに転移させ、敵ダンジョン第1層に向け進攻を開始させた。


希少鉱石をふんだんに使用した装備で武装したゴブリンやオーク。

ミスリルの毛皮を持ったダイヤウルフ。

様々な鉱石の身体を持つゴーレム。

圧倒的な重量と巨体にマスター能力により金属の肌を持たせたトロールやオーガ。

削られてなお総勢1万をくだらない大部隊が行進していく。

そして……。


先頭が敵ダンジョンに侵入し、その視界をコアに映した古田はまたも我が目を疑うことになった。

水、いや深く深く底の見えず黒に近い濃紺はそれが海だと示した。

第1層進攻直後、部隊は360度水平線の大洋のど真ん中に落とされた。


ジュボンと、重装備のゴブリンが、その重量により瞬く間に暗い海へと引きずり込まれた。

古田が呆けている内に後続もその後を追い奈落のような深海へと沈む。

身を守るはずだった鎧はいまや死の枷だ。

外そうと踠き、呼吸もままならず次々と溺死する。

広く口を開けた敵ダンジョンへの入り口は地獄が大口を開けて待っているようですらあった。


「と、止まれ!!」 


指揮官のモンスターに指示を伝わせ、進攻を一時停止させ、古田は頭を回転させた。

完全にこちらの手を読んだかのような敵ダンジョン構成に先陣の一部を失い出鼻を挫かれる形となった。

たしかに、敵ダンジョンをおののかせる為に自ら名乗ったのは古田ではあったが。


「……装備を外させろ」


ゴブリンを1体装備を外させて送りみ、改めて敵ダンジョンの様子を伺えば穏やかながら海面しか見えない風景からは攻略の糸口がまるで見えない。

次の階層へは一体どのように向かえばよいか古田はなんとか見当をつけようとする。


「……何かギミックでもあるのか? まさか海底まで潜れというのか?」


実のところ、そのまさかだった。

古田の知るよしもないことだが、ヨウのダンジョン第1層は階層並列により10層分のダンジョンを繋げた10km×10km×10kmの海だけの階層の底に次層への転移門が配置されている。正直構成は手抜き以外の何ものでもないのだが、ようは攻略させなければいいのだとこうなった。

潜水能力、対水圧、その他諸々の性能を確保しなければ踏みいる資格すら無いデスゾーンだ。


ゴブリンが侵入して3分ほどだった。

古田が頭を悩ませて目を離した隙に、突如立ち泳ぎをしていたゴブリンが海中に引きずりこまれた。

数秒後、絶命により視界共有の途切れたコアモニターに気付き古田は何があったかを巻き戻し再確認する。


「サメ……」


サメがいた。サメがゴブリンに食らい付き海中に引きずり込んでいった。海なのだから当たり前な気もするが、もはや自軍の戦力のほとんどが役立たずなことをつきつけられる。

敵マスターはしっかりとダンジョンに最適化したモンスターを用意してきていた。

ただ海の地形を用意しただけでは無いのだ。


モンスターの召喚は無数に存在するモンスターを種類分けされた言わばパックを選択し、DPを消費してモンスターガチャを引く。

初期は2種類。マスターレベルが上がれば選択できるパック数が増えていく。古田が選択しているのは“ファンタジーヒト型”・“ファンタジーアニマル”・“ゴーレム”・“鉱山モンスター”・“大地・岩”の5種であった。


「……ゴーレム隊、前に」


古田はゴーレムを進攻させる。呼吸も必用無く頑強なゴーレムであれば遊泳こそ難しいが水中での行動も可能であろう。

塞がれた手の内をなんとかやり繰りする古田だったがその目論見も海の藻屑となる。

ロックゴーレムすら噛み砕く強靭な顎のサメが襲い、

アイアンゴーレムはハンマーヘッドにひしゃげさせられた。

ミスリルゴーレムは無事かと思えば、水圧にコアが砕け稼働停止し、海底まで生き残ったのは10体ほどのアダマンタイトゴーレムと切り札でもあるオリハルコンゴーレムだけとなる。

どれだけの深さがあるのか、暗黒世界は視界が全く無かった。

共有していたアダマンタイトゴーレムの内の1体の視界いっぱいに巨大な口だけが開くのが見え、直後ゴーレムが砕け視界が歪む。

唯一生き残ったオリハルコンゴーレムにも何かの牙が何度も襲いかかる。

それでもビクともせず、さすがの頑強さで海底を進み、たしかにその視界に転移門の魔方陣の輝きを捉えたその瞬間、50mはあろうかという巨体が視界を過り、直後オリハルコンゴーレムもまた海底に沈む遺物と成り果て、古田のゴーレムは全滅した。


「ふ……ふっ、ふざけるなぁ! こんな……こんなダンジョンを誰が踏破できる!」


大前提のルール。

“戦争で使用できるのは踏破された階層のみ” 。

で、ある以上このふざけた階層も誰かに踏破されたハズなのだが古田には到底それは信じられなかった。

古田は罠にはめた人間を脅し、モンスターに襲わせないようにした上で無理やりダンジョンを進ませて階層を稼いでいた。

最低限、レベルをある程度上げた人間なら踏破できる難易度。どのダンジョンもそこに落ち着くはずなのだ。

それがどうだ。ゴーレムすらへしゃげるような水圧の深さまで人間が到達できる道理は無い……それこそ専用の深海探査挺が必用になる。人間とダンジョン側が協力関係でもなければ……。


そこで古田は抱えていた頭をハッと上げた。

突然爆ぜたモンスター、救出された人間。

カップルライバー、捕らえていたダイバー達。

戦争直前に攻略された切り札に、謎の巨大イカ。


点と点とが繋がり答えを導き出そうとした古田の耳に咆哮が轟いた。

そう、これは戦争なのだ。

こちらが攻めていけないならば敵は余裕を持って攻めてこれるのだ。


満を持して、敵戦力が古田のダンジョンに進攻を開始した。咆哮はその狼煙となり、どこか見覚えのあるシルエットがのっそりと姿を見せる。


「ティラノサウルス……?」


フジジュカイダンジョン(仮)の先鋒がついに姿を顕し進攻が始まった。それはさながら雪崩のように迅速かつ無慈悲であった。 






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