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第39話 楽に帰れない

「「キアヌかっけぇ……」」


Z映画、今日の館長セレクションはキアヌセレクションだった。渋いわ~かっけぇわ~キアヌ。

貰ったパーカーの耳がピコピコしまくったよ。

見れたのはナイトショーラストの1本で引退した暗殺者シリーズの3だけだったけど。

うっかり再放送とかでシリーズモノの2とか3とか見ちゃうと1からまた見たくならない? アタシ達はなった!

ヨウと帰って見よう見ようと持ち帰りのポップコーンを買おうとロビーに向かう途中、不意に落ち着いた女性の声がかかる。


「あの、すいません」

「ん?」

「あぁ、いつものお姉さんじゃん」


振り向けばよくナイトショーで一緒になるビジネススーツのお姉さんが会釈をしていた。

閑古鳥の鳴くシアターの客の顔ぶれはほとんど変わらず、ナイトショーともなるとアタシとヨウとこのお姉さん3人くらいだ。必然、顔は覚えてしまう。

互いに話したこともないし名前も知らないけれど。


何の用かなとアタシとヨウがお姉さんの言葉を待っていると懐から名刺入れを取り出して切り出してきた。


「突然呼び止めて申し訳ありません。私、Sランクダイバークラン『豪放磊落』の統括を任されています。東矢と申します」

「くらん?……ごーほーらいらっく?」

「聞き覚えがあるような気がするわね……ポチ、ゴウホウライラクよ」

「失礼ながら……ハル&アキのダイブ配信にゲスト出演されていた、ポチ様で間違いないですよね」

「アタシ? そうだけど?」

「ポチに用?」

「はい……少しお時間を戴けないでしょうか?」


突然の申し出にアタシもヨウも「どうする?」と顔を見合わせた。

ただ、まぁ同じ映画好きのよしみというか、東矢さんがいたたまれない様子というか……無視して帰るのもなぁって雰囲気だったんだよね。


「ま、話聞いたげるわ。とりあえずシアター閉まっちゃうしポップコーンだけ買わせてよ」

「はい、ありがとうございます」


というわけでポップコーンのバーレルを2つ購入。キャラメルとバターの味違いのやつね。

そのままテキトウに深夜営業のファミレスに入ってドリンクバーだけ頼む。


「それで? 私のポチに一体何の話? ……だいたい想像はつくけど」とヨウがジンジャーエールを一口飲んだあと少し威圧するように主導する。

東矢さん……下の名前は美月さんらしい。

美月さんは最初から萎縮している様子なので別に威圧しなくてもな、とは思ったけど。


「……その、クランマスターの指示でポチさんを勧誘して来いと……たまたまヨウさんとポチさんがあのシアターをよく利用しているのを知っていた私にお鉢が回ってきたという訳でして」

「やっぱり。でも何だか含みがありそうね」

「吐き出しちゃえば……? 美月さんなんか辛そうだよ?」 

「……聞いていただけますか?」

「いいんじゃない? 愚痴っちゃえ愚痴っちゃえ。すいませーん! あ、ビール3つ。ジョッキでね。あと揚げ物セットと枝豆」


いやぁ今にも頭抱えるか泣き出しそうな美月さんにヨウすら心配して毒を抜かれちゃった。

注文したビールが届くと美月さんはゴッゴッゴッっと一気、ダンっとジョッキを置いたあとの目はキマッているというか据わっているというか。かと思えば「うぅうう」と唸って泣き出す始末……。だ、大丈夫か……や、だいじょばないなぁコレ!


「全部全部全部私に押し付けて……マスターもビッチもガキもバカバカバカばっかり!」

「うん、うん、わかるわぁ。だからミツキ、もう止めときなさい? もう7杯目よ」

「うぅうう……ビールぅ!」

「ダメだわ……」

「ダメだこりゃ」


よっぽど腹に据えかねてたのか吐き出すわ吐き出すわ、もう愚痴通り越して悪口だし。

あとあれ……美月さんどうもここ最近アタシ達を待つ為にシアターに入り浸ってたっぽい。それでまぁ今日も今日とてキアヌ三昧だし。反骨精神というかなんというかいろいろ感化されてそれがアルコールで弾けたらしい。


ヨウが宥めつつなんとか聞き出せたことには、クランマスターさんがアタシをクランに所属させて50層ボスの攻略をしたいということらしい。

させてだよ、させて。なんかもうその前提でいろいろ進行中らしい。勝手というかなんというか。


どうも発端はアタシが配信で披露しちゃった嘘覚醒スキル、『ブースター』のせいらしいんだけどさ。

アキ君に使った他人強化擬きがよっぽど欲しいらしい。


美月さんはうわごとみたいに「断ってもいいんですよぉ……断っても……むしろ断って……断っちゃいなヨォ!」と愉快な感じになってる。


「どうする? 攻略手伝う? それともヨウがなんかする? ダンジョンなんだし」

「別に義理も何にも無いしねぇ。ていうか手伝うんじゃなくてクランに所属しろってその先もポチを利用したいってことでしょ」

「一応報酬はあるんでしょ? 2000万」

「はした金じゃない」


普通の人の感覚なら十分依頼を受けてもいいって額なんだけど今のアタシ達にはなぁ。

組織に所属するとなんか面倒そうなんだよね……。

美月さんの愚痴聞いてたらわかる通り人使いも荒そうだし。


「ミツキは断ってもいいって言ってるんだし断りましょ」

「はーい! で、ミツキさんどうする? 完全にグロッキーだけど」

「ミツキの家がどこか知らないし……私の部屋に連れて帰りましょうか」


ついにダウンして突っ伏している美月さんを揺すっても「ゔぅゔ」と涙混じりの唸りが返ってくるだけだ。

仕方ないか、とよっこらせと背負ったタイミングだ。


「おいおい! どこ行くんだ?」

「ウチの依頼を断るなんてイイ度胸じゃない」

「「……誰?」」


ファミレス中に響くようなはた迷惑な大声。

幸いアタシ達以外に客はいなかったけど。

声の主は見るからにチャラチャラした赤髪を逆立てた革ジャン男に、ヘソが出てたり肩が空いてたり露出のやたら多い金髪の女だ。


うん、本当に急に出てきて誰?って感じだよね。

や、セリフからして、なんだっけ? GO HOME 楽々? の関係者だと思うけど。

……なんか面倒だしもう帰りたいなぁ。


ボンヤリ考えてたら赤髪の男の方が「あん?」と値踏みするような眼をする。その視線はヨウに注がれていたけれど、「おいおい、こんなとこで会うなんてなぁ」と男は嫌らしい笑みを浮かべた。


「おい、おまえヨウだろ?」

「……アンタ誰よ?」

「つれねえなぁ……タケルだよ、タケル。忘れちまったのか?」

「……ぇえ嘘でしょ」


心底「嫌だ」って顔をするヨウにアタシもピンときた。

髪の色は変わってるけど見覚えがある。

そうだ……コイツ……あの時ヨウを襲ってたヤツだ。

無意識にアタシは歯を剥き出しにタケルってヤツを睨みつけていて、パーカーの尻尾もピンと立ち上がった。







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