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第19話


 剣術部は学園の修練場で部活動見学を行なっていた。

 見学に来ているのは見事に男子生徒ばかりだ。

 女子生徒もいるにはいるが、剣術を学びに来たと言うよりは剣術部にいるお目当ての男子生徒を見に来ているようだった。


「ローズ様、私たち場違いではありませんか?」


「そう思うなら帰っても構いませんよ。お嬢様は私と一緒に部活動見学を致しますので」


「誰が帰りたいと言ったのですか。付き人のくせに耳が悪いのではありませんか?」


 また始まった。

 犬猿の仲というかなんというか。


「平気よ、ジェーン。少なくとも木刀を抱きしめているあなたは、場違いには見えないわ」


「そういえば私、木刀を持ったままでしたね」


「自分が木刀を持っていることにも気付けないなんて。だんだん可哀想な人に見えてきました」


「あなたの方がずっと可哀想な人だと思いますけど」


 木刀を抱きしめるジェーンにまたナッシュが嫌味を言っていた。

 もちろんジェーンも負けていない。


 それにしても短い停戦だった。

 数時間でまた戦いが始まるなんて。

 ……まあいいや。この隙にルドガーに接触しよう。


「こんにちは」


 近づいて話しかけると、ルドガーはこちらにチラリと目を向け、そしてまた視線を剣術部の稽古に戻した。


 ウェンディルートでプレイしたときは、ルドガーは一番攻略の簡単なキャラクターだった。

 会うたびに勝手に好感度が上がるため、嫌われることの方が難しいほどだった。

 ルドガーとウェンディは幼馴染で、ルドガーが元々ウェンディに対して良い感情を持っていたからだろう。


 しかしルドガーは、ウェンディ以外の女子生徒に対しては興味が薄いようだった。

 いつも仲のいい男友だちと一緒にいて、女子生徒と話しているところは見たことがない。


「私はローズ。以後お見知りおきを」


「あんたも男を漁りに来たのか」


 ……はあ?

 第一声がそれ?


 いくら今が好感度の低い状態だからって、いきなりその言い草は人としてどうなの。


「俺は真面目に剣術部を見学している。邪な目的で邪魔をするな」


「私だって真面目に部活見学に来たのよ。あなた、自意識過剰なんじゃない?」


 正直なところ剣術部に入るつもりはないから、真面目かと聞かれると怪しくもあるが。

 けれど剣術を学びたいという気持ちは本物だ。

 決して男漁りのために来たわけではない。

 私は、剣術部の仮入部期間に剣術を学べるだけ学んで、『死よりの者』との戦いに備えたいのだ。

 まさか仮入部期間だけで剣術が身に付くとは思っていないが、経験ゼロよりはマシになるはずだから。


「その、剣を振るうどころか剣を持つことも出来なさそうな細腕でか?」


 ルドガーが私の腕を凝視した。

 そんなによく見なくても、肉体労働の経験すらないお嬢様の細腕なことは一目瞭然だろう。

 しかし、だからと言って、剣術に興味を持ってはいけないなんてことはないはずだ。


「誰だってはじめは初心者よ。それを馬鹿にして初心者を委縮させるのは、褒められた行為ではないわ!」


 私が憤慨すると、ルドガーは少し考えてから、気まずそうに口を開いた。


「……あんたの言う通りだな。誰だって初心者からのスタートだ。俺、あんたに、さっき別の女子生徒に部活見学の邪魔をされた八つ当たりをしちまったみたいだ。悪かった」


 こう素直に謝られてしまっては、受け入れるしかない。


「別にいいわ。私も強く言い過ぎたもの。ごめんなさい」


 そのとき、剣術部の部員が新入生に向かって声をかけた。


「これから模擬試合をするが、俺と手合わせしてみたい新入生はいるかぁー?」


 これにルドガーがスッと手を挙げた。


「嫌な気分にさせたお詫びに、いいもの見せてやるよ!」




 ゲームでもルドガーの模擬試合シーンは印象的だった。

 新入生のはずのルドガーが、先輩である剣術部の部員に勝ってしまうのだ。

 負けた部員は役職の無い平の部員だったが、それでも新入生が先輩を負かしたことは剣術部に大きな波紋を起こした。


「実際に見ると迫力があるわね」


 目の前のルドガーは、力強い剣捌きで剣術部部員を翻弄している。

 とはいえ相手は腐っても剣術部。手にした木刀を落とすことなく応戦している。

 剣術については詳しいことは分からないが、ルドガーが押しているようだった。

 部員はひたすら防戦をしているように見える。

 けれど防戦から隙をついて反撃する場合もあるだろうから、押しているからと言って絶対に勝つとは限らない。

 原作ゲームの通りなら、押していようが何だろうがルドガーが勝つのだが。


 そのとき、修練場に人の来る気配がした。

 振り返ると、ウェンディが修練場にやって来ていた。


 ゲームでは、修練場にやって来たウェンディが模擬戦を行っているルドガーを見ているシーンのスチルイラストが表示されていた。

 きっと今のこの状態がそのシーンだ。

 ……ということは、このウェンディはルドガー狙いだろうか?


 ウェンディを見ながらそんなことを考えていると、ワッと歓声が上がった。


「どうだ、見たか! ……って、見てねえのかよ!?」


 振り返ると、ルドガーがムッとした顔で私を睨んでいた。

 ここは見学に来ていたウェンディとルドガーの目が合うドキドキシーンのはずだったような気がするが……まあ誰と目が合ったかなんて小さな違いか。


「見てたわよ。バッチリ見てたわ」


「嘘つけ!」


 不機嫌そうなルドガーを見て思わず笑ってしまった。


「なっ!? 何がおかしいんだよ!?」


 模擬試合を終えたルドガーが私の元へとやってくる。

 ルドガーの額から流れた汗が首筋を伝って光っている。


「別に。年相応で可愛いなと思っただけよ」


「か、かわっ!? 馬鹿にしてんのか!?」


 きっとルドガーはこれまで可愛いなんて褒められ方はしてこなかったのだろう。

 可愛いとは対照的な鋭い目で、運動神経も良いワイルド系の男を褒める際、普通なら可愛いとは言わないものだ。

 しかし本物のローズはルドガーと同級生だが、今ローズの中に入っている『私』はルドガーよりもかなり年上だ。

 かっこいいところを見てもらえなくて拗ねる男子高生は、とても可愛らしい。


「本心よ。ムキになるところも可愛いわ」


「やっぱり馬鹿にしてんだろ!?」


「褒めてるのよ。私、年下属性は無かったはずなのに」


「はあ!? 年下!? お前は同級生だろうが!」


「えっ。私のことを知ってるの!?」


 驚いて質問すると、ルドガーも私の言葉に驚いていた。


「同じクラスのくせに何言ってんだ!?」


 ルドガーは他人に興味の無いタイプかと思っていたが、接触しないだけで、意外と他人を見ているらしい。

 まだ直接話をしたことがないのに、私の顔を覚えているなんて。

 クラスで行った自己紹介のときに覚えたのだろうか。


「やっぱり美人は記憶に残りやすいのかしら」


「自分で言うなよ!」


「でも覚えてたじゃない」


「お前だけじゃなくてクラス全員の名前を覚えて……は、いねえけど」


「あら素直」


 そのとき、私とルドガーの前にウェンディが現れた。

 その後ろには聖女を慕う生徒たちが控えている。


「ウェンディ!? 来てたのかよ。声掛けろよな」


「うふふ。うっとりしてて、声を掛けるタイミングを逃しちゃったの」


「俺の試合、見てくれたのか!」


「ええ。すごかったわ。ルドガー、かっこよかった!」


「お、おう。ありがとな」


 ルドガーは照れくさそうに下を向きながら頭をかいていた。


「やっぱり可愛いわね」


 ぼそっと呟くと、ルドガーが下を向きながら鋭い目だけを向けて私のことを睨んでいた。


「素敵。私が知らないうちにルドガーがこんなにも頼もしくなっていたなんて!」


 ウェンディがうっとりとした声を出した。


「そりゃあ十年近く経ってるんだから、変わりもするだろ。むしろ教室では、よく俺だと分かったな」


「幼馴染だもの。一目見た瞬間に分かったわ。あなたもでしょう?」


「それは…………俺は、昔からお前のことが気になってたから」


「え? 何か言った?」


「何でもねえよ!」


 ウェンディとルドガーは、聞いているこちらが照れてしまうような甘酸っぱい会話をしている。

 ウェンディのこのわざとらしいほどの、ルドガーの「お前のことが気になってた」のセリフだけを聞き逃す会話は、ゲームで聞いた憶えがある。


「うふふ。さっきの試合を見て、いつか私の騎士になってほしいな、なんて思っちゃったわ」


「……なってほしいなら、いくらでもなってやるよ」


「え? 何か言った?」


「何でもねえよ!」




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