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たとえ悪役だとしても

第21話


 ドアをノックする音が響いた。


「お嬢様。ナッシュでございます」


「入って」


 ナッシュが丁寧な動作で部屋に入ってくる。


「鍵を閉めて」


「かしこまりました」


 部屋の中には私とナッシュのみ。

 ジェーンには聞かせたくない話のため、修練場を出た後は解散にしてもらった。


 しかし一方でナッシュにはとある任務を任せてあり、ナッシュはその報告のために私の部屋へやって来たのだ。


「早速だけど報告をして」


 ナッシュは自身の胸に手を当て、深く礼をしてから話し始めた。


「頼まれた通りにウェンディ嬢の部屋番号を調べてまいりました。この部屋の一階下の211号室がウェンディ嬢の部屋のようです。頂いた資金の半分の金額で管理人が口を割りました」


 女子寮の管理人はどれだけ金に弱いのだろう。

 生徒の情報を簡単に渡していることがバレたら即刻クビになるだろうに。


「そしてお嬢様の仰っていた『透明マント』なるものは、目ぼしい書籍を確認しましたが存在を確認できませんでした。魔法具に詳しそうな先生方にもそれとなく尋ねましたが、知っている者すらいませんでした。もし存在しているとしても、申し訳ありませんが、今日中に手に入れることは不可能です」


 なるほど。

 この世界に透明マントは無いのか。

 まあいい。これに関しては無いとは思いつつ、試しに聞いてみただけだから。


「そして鍵開けの魔法ですが、魔術痕が残るためおすすめは出来ません。それよりは実際の鍵を手に入れた方が良いと思われます」


「マスターキーはあるの?」


「存在はします。ですがマスターキーは特殊な金庫にしまってあるらしく、開けるには管理人だけが知っている解錠用の魔法が必要なようです。この寮もその辺はきちんとしているようです。悪者が簡単にお嬢様の部屋の鍵を手に入れることが出来ないという点で安心しました」


「今回は私が悪者だから、それだと困るのよね」


「悪者ですか」


「ええ。今日の私は極悪人よ」


 これから私は、ウェンディの部屋の机の引き出しにしまってある図書館の鍵を手に入れる。

 図書館の鍵を紛失させることで、図書館での恋愛イベントを強制的に起こさせないようにするのだ。

 そしてその代わりにウェンディに、『死よりの者』が生徒を襲う前に現場に行ってもらう。


 別にウェンディに処罰を受けさせたいわけではないから、『死よりの者』を退治した後で、図書館の鍵はそれとなく返すつもりだ。

 無事に『死よりの者』の退治が成功したら、ウェンディへのお礼に、高級茶葉とお菓子を贈ろう。

 ローズが金持ちの公爵令嬢なのは、こういう面ではとても便利だ。


「だけど、透明マントも無くて、ウェンディさんの部屋の鍵も無くて、鍵開けの魔法も使えないとなると……本人から奪うしかないわね」


 しかし奪うと言っても私は盗賊ではない。簡単には奪えないだろう。

 盗賊団のリーダーである攻略対象のミゲルなら、鍵を奪うことなど朝飯前だろうが、まだミゲルとは出会ってすらいない。


 この学園には結界が張られているらしく、学園関係者以外は正規の手続きを踏まなければ、学園に侵入することが不可能なのだそうだ。

 寮の管理人が割と簡単に生徒の部屋番号を教えてしまうのは、学園の結界ゆえの慢心なのかもしれない。


「お嬢様。つかぬことをお伺いしますが、もしかして……いえ、もしかしなくとも、お嬢様はウェンディ嬢の部屋に侵入しようとしていらっしゃいますよね?」


 さすがにバレるか。

 そしてそう思っていたのに、きちんと情報を集めてくるナッシュもどうかと思う。


「悪いことをしようとしているわけじゃないわよ。借りるだけだし、借りた物は後でちゃんと返すつもりだし」


「他人の部屋に侵入するのが悪いことではないと? 他人の物を勝手に持ち出すのが悪いことではないと?」


 ……悪いことですね。

 弁明の余地もなく悪いことです、はい。


「これには話すと長いわけが…………ううん。悪いことだったとしても、必要なことなの」


 本当に長い上に信じがたい理由なため、私は言いわけを放棄した。


「ウェンディ嬢の部屋の何が欲しいのかは分かりかねますが、必要なものならウェンディ嬢に頼んで貸してもらえばいいのでは?」


 貸してもらえるわけがない。

 私に図書館の鍵を渡すということは、エドアルド王子の厚意を踏みにじる行為になるからだ。

 ウェンディが了承するとはとても思えない。


「……それは、出来ないの」


「では、お嬢様はどうしても盗みを働かれると?」


 そう問い詰められてしまうと何と答えればいいのか分からない。

 はい、と言えばさすがにナッシュが止めるのは目に見えている。

 だからと言ってここで嘘を言ってもナッシュは信じないだろう。


 無言でいる私を見兼ねて、先に口を開いたのはナッシュだった。


「お嬢様の欲しいものは、どうしても必要なもの、なのですね?」


「……ええ。人の命がかかっているの」


 大きな溜息を吐いた後、ナッシュは決意したように言葉を紡いだ。


「お嬢様を犯罪者にするわけにはまいりません。全て私が行ないます」


「あなたが!?」


 予想外の展開だ。

 止められるとばかり思っていたのに。

 だけどナッシュが手伝ってくれるなら、私がウェンディの部屋に侵入している間、ウェンディの足止めをナッシュに頼むことが出来る。


「それなら、計画の一部をやってもらおうかしら」


「いいえ。危険なことは全て私が行います」


「二人でやれば危険度が極端に下がるの。私の言う通りにしてくれないなら、全部私一人でやるわよ」


「……仰せの通りに」


 ナッシュはまだ何かを言いたそうではあったものの、了承の意を示した。




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