慌てて生徒の元へ向かうと、幸いにも生徒に怪我はないようで、廊下の先にいる『死よりの者』を見て悲鳴を上げただけのようだった。
「何よ、あれ!?」
生徒の指さす『死よりの者』は、体長二メートルほどの、亀のように大きな甲羅を背負った形態だった。
しかし亀とは違い、四つの目を持ち、三本の足で直立している。
そして口から飛び出た長い舌を左右に動かし続けている。
今回の『死よりの者』はこの形態だが、『死よりの者』は個体によって様々な姿をしている。
唯一、どの個体も鮮やかな色を持たず、黒またはくすんだ色をしていて、闇に紛れることに特化したような見た目であることだけは共通している。
≪お前にはこちら側へ来てもらう≫
『死よりの者』が口を動かさずに生徒に向かって言った。
……いや、「言った」は語弊があるかもしれない。
『死よりの者』の声は、耳に聞こえてきたというよりも、頭に響いてきた。
テレパシーのようなものを使っているのかもしれない。
生徒を襲う宣言をした『死よりの者』は、廊下の先からじりじりと近付いてきた。
「ひいっ!?」
「あなたの思い通りにはさせない!」
私は生徒の前に立つと、持っていた木刀を『死よりの者』に向けて振り回した。
太刀を浴びせることなど出来ないだろうから、ランプを床に置いて、木刀を両手で持って滅茶苦茶に振り回す。
たとえ攻撃が当たらなくても、木刀を振り回している相手には迂闊に近づけないはずだ。
「ウェンディさん、お願い!」
木刀を振り回しながら叫ぶが、返事が無い。
呪文を唱える声も聞こえない。
慌てて振り返ると、『死よりの者』を見たウェンディは固まっていた。
「嘘でしょ!?」
今は固まっている場合では無いのに。
ウェンディが『死よりの者』を退治してくれないと、私たちは全滅してしまう。
しかし、固まっていたのはウェンディだけではなかった。
≪お前は……いや、あなたは。“扉”がなぜここにいるのですか≫
どういう意味かは分からなかったが、なぜか『死よりの者』も動揺しているようだった。
今のところ私たちに攻撃をする考えには至っていないようだ。
この隙にウェンディの硬直を解いて、聖力を使ってもらわないと。
「ウェンディさん、しっかりして! あなたが戦わないと、全員殺されちゃう!」
叫ぶようにそう言うと、しかし返ってきたのはウェンディの言葉ではなかった。
≪何を言っているのです。我らが“扉”と“聖女”を攻撃するはずがありません≫
「ウェンディさん、早く!」
『死よりの者』の言葉を無視して再びウェンディに向かって叫ぶと、やっとウェンディは動き出した。
目を瞑りながら神経を集中させ、呪文を唱え始める。
「その調子よ。あとは発動まで時間を稼ぐだけ」
木刀を振り回すことしか出来ない私は、とにかく木刀を振り回し続けた。
『死よりの者』に攻撃の意志は無いように見えたが、私たちを油断させる罠の可能性もある。
少しして、ウェンディの手から金色の光を溢れ、『死よりの者』へと飛んで行った。
光に当たった『死よりの者』は、あっけなく灰になって消えた。
「…………終わったわね」
「ねえ……今のは何? やっつけたの?」
一部始終を硬直したまま見ていた生徒が、茫然としながら呟いた。
彼女は、生きている。
犠牲者になるはずの生徒を守ることに成功した。
そして『死よりの者』は消えた。
つまり第一の事件とは違い、今回は犠牲者を出さずに事件を解決したということだ。
身体中の力が一気に抜けた私は、へなへなと床に座り込んだ。
ふと斜め後ろを見ると、示し合わせたようにウェンディも座り込んでいた。
「あなた、あの怪物を、倒したの? 今の光で……?」
「……倒せた、ようです」
二年生の生徒はウェンディを、勇者でも見るような目で眺めていた。
「ウェンディさん、あの呪文はいつ覚えたの?」
「村にいたときに教わったのです。学園の関係者の方に……特別な呪文だって」
「そうだったの……それにしても、さすがはウェンディさんね」
私が褒めると、ウェンディが安堵の溜息を吐いた。
「……あ。そういえば」
ふとあることを思い出した私は、自身のポケットからこっそり図書館の鍵を取り出して、ウェンディに見せた。
「ここに鍵が落ちていたけれど、私の宝石箱の鍵ではなかったわ。ウェンディさんは、これが何の鍵かご存じ?」
――――――ガチャリ。