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第28話 真相の断片


「ここは……?」


 昨夜は聖力を使った反動で力尽きて寝てしまったウェンディを、二年生の生徒と一緒に部屋まで運びベッドに寝かせた。

 その後、私も重い足を引きずりながら自室に戻り、ベッドに倒れ込んだ。

 『死よりの者』と対峙した緊張感にウェンディを運んだ肉体的疲労が加わって、私もベッドに倒れ込んだ途端に眠ってしまった。



 だから、ここは。


「夢の世界ね」


 しかも夢だと自覚している夢、明晰夢だ。


 夢の世界は、空間全体に真っ白なもやがかかっていて、ろくに前が見えない。

 しかし白以外の色が見えないことから、周囲に建造物は無いように感じる。

 その場で足踏みをしてみたが、地面を踏んだ感覚は無い。


 真っ白なだけのここにいても仕方がないと、不思議な感覚のままもやの中を歩いていると、目の前によく知る人物が現れた。


 ローズ・ナミュリー。


 無表情の彼女は、ゲームで見る悪役令嬢ローズそのままの姿だった。

 固く結ばれた唇に冷ややかな目。

 その彼女が、ゆっくりと唇を動かす。


「はじめまして、こんにちは! うん? 夢ってことは、こんばんは、かな? まあどっちでもいっか。やっほ~!」


 ………………え?


 目の前のローズは、ゲームで見ていたローズとはあまりにもテンションが違う。

 このローズにも私と同じように別人が入っているのだろうか。


 うっかり怪しんでいることを前面に出した表情で彼女を見てしまった。

 すると私の考えを見透かしたように、彼女が答えた。


「もう誰かにローズの人となりは聞いた? だとしたら今のあたしは別人に見えてるかもね。でも、あたしが正真正銘のローズ・ナミュリーで~す。素のあたしはこんな感じなんだよね~。がっかりした?」


 最初の無表情はどこへやら。

 ローズの顔をした女は、へらへらと緩んだだらしのない顔で、間の抜けただらしのない喋り方をしている。


「無表情で近寄りがたい人形のような令嬢って意外と疲れるのよ~。あ、これは世間から見たあたしの印象ね。そんな風に言われてるのよ、あたし。素はこんななのにね。もしかしてあたしって演技の才能があるのかも!? なんちゃって~。でも無表情ばっかりだと表情筋が弱っちゃうから、ここでは素でいさせてね~」


 疑問は山のようにあるが。

 まず、ローズはどうして疲れるのにわざわざ無表情な令嬢を演じているのだろう。

 貴族の世界ではむやみに笑顔を見せると舐められてしまうのだろうか。

 確かに今のローズのようなへらへらとした顔は舐められるかもしれないが。

 でも普通に笑う分には構わないような気もする。

 まだ私は貴族二日目だから、貴族の世界のことには詳しくないけれど。


「さて。時間も無いことだし本題に入りますか。今、あたしことローズ・ナミュリーの身体には、異世界からやって来たあなたが入ってる。そうよね? 上手くいったわよね? 命を懸けた一世一代の賭けだもの。上手くいってなきゃ困るのよ!?」


 ローズは先程よりも少しだけ真面目な顔でそう言った。


「だって。何を隠そう、あなたの魂を異世界からあたしの身体に飛ばしたのは、偉大なる魔法使いの卵であるローズ・ナミュリー本人なのでした~! どう? すごくない? そんなすごいあたしの中に入ってるのって良い気分じゃない? それにあたしが美人でラッキーだったわね、あなた。機会があったら適当な男に流し目をしてみるといいわよ。相手が目をハートマークにして面白いから」


 世間話を話すようなテンションで話されてうっかり流してしまいそうになったが、今ものすごく大事なことを言っていた。


 私の魂をローズの身体に入れたのはローズ本人だ、と。


 あとついでに自分がいかに美人かも話していたが、こっちに関しては聞き流してもいいだろう。

 大事なのは私の魂をローズの身体に入れた話だ。


「あなたが私を? どうやって? なぜ私なの? 何の目的で私を自分の中に入れたの?」


 湧き上がってきたいくつもの質問を矢継ぎ早にローズにぶつけたが、ローズは笑っているだけだった。


「だけどさすがのあたしも、魔法の微調整が上手くいってる自信は無いのよね~。何せ特大魔法だからね。細かい調整は難しいのよ。だから本当ならこの夢はあなたがこの世界に来た最初の夜に見てるはずなんだけど……もしかしたら数日くらいはズレてるかもしれない。まあその程度のズレはご愛嬌ってことで」


 うん。会話のキャッチボールが出来てない。

 質問攻めにした私も私だけど、すべての質問を無視しなくてもいいのに。

 こういう自分勝手なところが悪役令嬢と呼ばれる所以なのだろうか。


「ふふっ、そろそろローズ・ナミュリーって他人の話を聞かないな~とか思ってない? でも仕方ないのよ。だってこれ、通信じゃなくて記録魔法を流してるだけだから。だからもし魂転移の魔法が失敗してて、あなたがあたしの中に入ってなかったら、この記録魔法は全部無駄になってるの。わあ、むなし~い」


 目の前のローズが私の思考を読んだかのように説明をした。


 なるほど。これは録画映像を流しているようなものなのか。

 それなら会話が通じないのも納得だ。

 一人でテレビに向かって話しかけている寂しい人になった気分を味わってしまった。


 ……って、テレビに向かって話しかけるのは別に寂しい人なわけではない。

 だから私も、別に寂しい人ではない。


 元の世界での『私』は、テレビに話しかけるタイプだった。

 悲しいニュースが流れたら、どうしてこんなことが出来るんだろうね、とニュースキャスターに語りかけ、天気予報で傘がいると言われたら、じゃあ折り畳み傘を持っていくね!とお天気お姉さんに返事をしてから仕事に行っていた。

 でもそれは、寂しいからでも、話し相手がいないからでもない。

 ただお喋りなだけ。

 ……テレビ以外とはほとんど喋らなかったけど。


 私が悲しい回想をしている間に、ローズは次の話を始めた。


「でね、あなたの魂をあなたの世界からそっちに飛ばした理由なんだけど……長くなるから詳細はそのうち話すわ。でもこれだけは覚えておいて。物事には必ずそれに至る理由があるの。異世界転生だけの話じゃないわ。あたしが無表情なことも、ナッシュが過保護なことも、それに至る理由がある……きっと、“彼ら”にだって」


 お茶らけた脱線をする私とは対照的に、ローズは突然真面目な声でゆっくりと言葉を紡いだ。

 ここから真面目な話が始まるのだと思い、慌てて雑念を振り払う。

 しかし次の瞬間には、ローズはまたへらへら笑いを浮かべていた。


「それでね、話を戻すと。魂を異世界に飛ばすにあたって、元気な人をいきなり異世界に飛ばしたら可哀想だと思ったの。だけど、これから死ぬ運命の人なら、死ぬはずが異世界に飛ばされたってことで、やったあ生きてるラッキーってなると思ったのよ。どう、あなた、ラッキーって思った?」


 正直なところ、ふざけるなと思った。


 私は娯楽小説にあるような、思わぬ事故で死んだはずが異世界転生!?という経緯でこの世界に来たわけではない。

 悩んで悩んで悩み抜いて生きることに絶望して、やっとのことで飛び降り自殺を図った直後にこの世界に来たのだ。

 ようやく死ねたはずが、生き返ってしまったのだ。

 ラッキーどころか世界中の不幸を背負った気分だった。


 この世界に来た直後の気持ちを思い出し、意味が無いと分かっていつつも目の前のローズを睨んだ。

 するとローズは、大声を上げて笑い出した。


「あっはははは! もう駄目、我慢できない。あなた今、全然ラッキーじゃないって顔してるでしょ!? そりゃあラッキーだなんて思わないわよねえ! だってあなたは事故で死んだんじゃなくて自殺なんだもの。まだ誰を飛ばすかは決めてないけど、絶対に自殺者を飛ばす予定なんだもの。やっと死ねると思ったら、もう一回生きることになっちゃって、今どんな気持ち~? あはは、いい気味!!」


 ローズは可笑しくてたまらないとばかりに腹を抱えて笑っている。

 一方の私は、あまりのことに絶句していた。


 しばらくそうしていると、笑いの収まったローズが、手で涙を拭いながら話を続けた。


「あ~あ。ごめんね。ちょっと意地悪がしたかっただけよ。あたしは自殺中のあなたの身体に入ってあなたの代わりに死ぬのに、あなたはもう一回生きられるんだと思ったら、不公平さを感じちゃってね。最期に意地悪がしたくなったの。あたしは足掻きまくった結果、世界を救うために死ぬしかなかったのに……あなたは死ななくてもいいのに死を選ぶんだもの。妬みもするわ」


 瞬間、ローズの目から光が消えたように見えた。

 しかしローズは自分でもそのことに気づいたのか、すぐに目に光を戻して再び笑みを浮かべた。


「なんか第一回から湿っぽくなっちゃったわね~。最初にも言ったけど、この記録魔法は結構タイムリミットがシビアなのよ。だから続きはまた明日。今日は、これからローズ・ナミュリーがあなたの夢の中に出てくるってことだけ覚えて帰ってね~!」


 そう言って手を振ったローズだったが、最後に思い出したように付け足した。


「あっ、そうだ。素のあたしはこんなだけど、誰かと接するときは無表情のお人形さんみたいな感じだから、あなたもお人形さんでよろしく。これはすっごく大事なことだから、絶対に守ってね。守らないと人が死ぬから。それじゃあ、ばいば~い!」


「もう終わり!? 人が死ぬって何!? ちょっと待って、まだ聞きたいことが山ほど……」


 私の声が届くはずもなく、夢の中のローズは言いたいことだけを言って消えてしまった。




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