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第40話


 ベッドから身体を起こしつつ、私は夢の内容を反芻していた。

 ローズの性格に慣れたおかげか、前回とは違い今回は夢の内容を鮮明に覚えている。


「白黒の世界は、ただの幻想……では片付けられないわよね、やっぱり」


 原作ゲームの設定でも、この世界で私が実際に出会った『死よりの者』も、白黒の姿だ。

 『死よりの者』と、死の淵を彷徨っていたローズの迷い込んだ不思議な世界は、無関係ではないだろう。


「不思議な世界に迷い込んだことで、ローズと『死よりの者』には何かしらの接点が生まれてしまった……? それともローズと接点が生まれたのは『死よりの者』ではなく『白黒の世界』の方……?」


 私の問いに答えてくれる者はいない。


「ああもう! どうしてローズルートをプレイしなかったのよ、『私』は!」


 原作ゲームはプレイヤーたちの間で「ローズルートをプレイすることでこのゲームの背景が分かる」と言われていた。

 きっとこの件も、ローズルートの話の中には出てきていたのだろう。


 しかし、いくら後悔しても何も解決しないので、とりあえず顔を洗って着替えを済ませることにした。



   *   *   *



「……ってことは、今日にでも行かないと」


「もうっ、ルドガーはヤンチャなんだから」


 教室に入った途端、よく知る声が聞こえてきた。

 声のする方を見ると、ルドガーとウェンディが楽しそうに会話をしている。


「まずい。ウェンディとルドガーが仲良くなっちゃう!」


 私は自分の机の上に乱暴に鞄を投げ置くと、二人の元へと急いだ。


「ごきげんよう。何のお話をしているのかしら?」


「急に何だよ。俺たちって仲良かったか? それともウェンディと仲が良いのか?」


「えっと、私とは……そうでもないです」


 事実だけど、二人とも意外と辛辣だ。


「今はまだ仲良くないけれど、二人と仲良くなりたいから、登校して一番に二人の元に来たの。駄目だったかしら?」


「別に駄目じゃねえけど……距離の詰め方がえぐいな」


「ローズさんは積極的な方だったのですね」


「そうなの! 私って積極的なの! で、何の話をしていたの?」


 ルドガーとウェンディは互いに顔を見合わせた。


「こいつになら話しても良いんじぇねえか?」


「でも、言わない方が安全な気が……」


「平気だって。俺を信じろよ」


「……うーん。ルドガーがそう言うなら……」


 消極的だったウェンディがルドガーに押し切られる形で、私の質問に答えてくれる流れになった。


「どうやら今朝から学園中の設備点検がされているようで、学園内に用務員さんがいっぱいいるんです」


「昨日柵が落ちた事件があっただろ? そのせいだと思うんだけどな」


 間違いなくそのせいだ。

 早急に学園中の点検を済ませるように念を押されていたから。

 無事に点検する人員が集まったようで何よりだ。


「それで、ルドガーったら、点検される前に旧校舎に肝試しに行こうなんて言うんですよ」


「さすがに今日は使用中の新校舎の点検だけで手一杯だろうけど、それが終わったら次は旧校舎の点検をするに決まってるだろ。ってことは、旧校舎で肝試しが出来るのは、あと数日限りってことだ!」


 おや、と思った。

 この肝試しイベントは、原作ゲームでは確か夏に行われるはずだ。

 学園中の設備点検という原作ゲームには無かった事態が起こったために、今、肝試しイベントが行われようとしているのだろう。


「この学園に旧校舎があるなんて、誰に聞いたの?」


「自慢じゃないが、俺はエスカレーター組だぜ? この学園のことは、お前らよりもずっと知ってるんだよ」


「でも、さすがに鍵がかかっているんじゃないかしら?」


「だからエスカレーター組だって言っただろ? 秘密の抜け穴くらい知ってるっつーの!」


 エスカレーター組、恐るべし。

 まあ私も原作ゲームをプレイしているから、秘密の抜け穴の存在は知っているのだが。

 それにしても本当にセキュリティがガバガバな学園だ。


「ってことで、今日の夜九時に旧校舎前に集合な!」


「……えっ、私も!?」


 予想外のお誘いに、一瞬反応が遅れてしまった。

 どうせ私は誘われないだろうから、どうやって肝試しデートを邪魔してやろうか、と良からぬ考えを巡らせていたところだったのだ。


「こういうとき、秘密を聞いた奴全員を共犯にしておかないと、チクられるからな。これも悪ガキの知恵だ!」


「ルドガーったら、見ない間にずいぶんと悪に染まっちゃって。あんまりヤンチャばっかりしてたらダメよ?」


 ウェンディは、怒ったように頬を膨らませている。

 ぷんぷん、という効果音が似合いそうな怒り方だ。


「悪ガキの知恵ついでにアドバイスをすると、夜に寮から出ると管理人に記憶されるから、明るいうちに外に出ておけよ。あと部屋の窓を開けておくのを忘れるなよ。帰れなくなるからな」


「変な知恵ばっかり付けちゃって。さては夜間外出の常習犯ね?」


「ああ、やっぱり窓から部屋に戻るのね……」


 原作ゲームではボタン操作で木に登って窓から部屋に入ることが出来たが、今夜は自分の力で木登りをしなければならない。

 『私』は運動神経が悪いのだが、若いローズの身体なら何とかなるものだろうか。

 ……いや、今はローズの中身が『私』だ。過度な期待はやめよう。

 危険な賭けをするよりも、一階に部屋があるジェーンに話をつけておこう。


「ねえ、ルドガー。肝試しって、具体的には何をするの? もしかして旧校舎には幽霊が出るとか……?」


「出るぜ!」


 恐る恐る質問をしたウェンディに、ルドガーは言い切った。


「昔から旧校舎には噂があってな。夜になると最奥の教室からすすり泣くような……」


「やめて! 話を聞いちゃったら、怖くて肝試しになんか行けないわ」


「俺がいれば大丈夫だって」


 両手で自身の耳を塞ぐウェンディを、ルドガーが楽しそうに眺めている。

 ものすごく青春していて、何だか眩しい。


「私、やっぱり肝試しには行きたくないわ。だって幽霊は怖いもの」


「幽霊くらいやっつけてやるってば」


「でも幽霊に物理攻撃は効かないわよね?」


「やってみなきゃ分かんねえだろ」


「やってみてダメだったら?」


「もしダメでも、ウェンディだけは逃がすから心配するなよ。物理攻撃が効かなくても、挑発したりして時間稼ぎは出来るはずだ」


 はいはい、お熱いことで。

 そしてウェンディは逃がして私は見殺しなのね。

 ……いや違う。見殺しではなく、いつの間にか私の存在は忘れられているのだろう。


「で、旧校舎では何をするの?」


 存在を忘れていた私が発言したことで、ルドガーもウェンディも驚いているようだった。


「あ、ああ。肝試しの内容だな? 旧校舎に置かれているチョークを持ってくるんだ。旧校舎のチョークは新校舎で使っているチョークとは太さが違うらしくて、それが旧校舎に入った証拠になる」


「証拠を持っていたら、旧校舎に忍び込んだことがバレるんじゃない?」


「証拠がないと自慢できねえだろ!?」


 ルドガーの言う旧校舎のチョークは、旧校舎に入った勇気の証として一部の生徒たちに認められている。

 立ち入り禁止の場所に入ることを勇気のある行為だと考えるなんて、発想がとんでもなく子どもだ。

 現実で行なわれたら迷惑行為でしかないが、ここがゲームの世界だという点を考慮すると……それでもやっぱり子どもっぽい迷惑行為だ。


「何だよ? 何がおかしいんだよ!?」


「別に。可愛いお子様だと思っただけよ」


「馬鹿にしてんのか!? 俺とお前は同い年だろうが! それに男に向かって可愛いとか言うな!」


「ムキになっちゃって。可愛い」


「このっ!?」


 すると熱くなっているルドガーの手を、ウェンディが握った。


「ルドガー、落ち着いて。あまり大声を出すと目立っちゃうから……目立ったら誰かに肝試しのことを知られて、先生に告げ口をされちゃうかもしれないわ」


「お、おう。そうだな」


 こういうときに自然とスキンシップが出来るとは、さすがはヒロインだ。

 攻略対象だけではなく、ウェンディも恋愛スキルが高いのかもしれない。


「とにかく、今夜九時に旧校舎前だからな。このことは誰にも言うなよ!?」


「はいはい。分かったわよ」


 とにもかくにも、ルドガーとウェンディと私は、今夜肝試しをすることになった。




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