登校するなり、昨夜肝試しを行なったメンバー全員が職員室に集められた。
教師たちには昨夜のうちにルドガーとその友人が話を通してくれたこともあり、前回の女子寮での事件とは違って今回は教師のほぼ全員が学園内に未知の魔物がいる前提で話を聞いてくれた。
同級生が亡くなった状態で嘘を吐くわけがないというのが理由だろう。
しかし、前回同様、ウェンディと私が現場に居合わせたことで、教師の中に私のことを疑う視線も感じた。
確かに私は無関係とは言えない。
……いや、言い逃れはやめよう。
彼は、私が殺した。
だって原作ゲームでは、彼は死ななかった。
私が扉を開けたせいで、白黒の世界から出てくる予定のなかった『死よりの者』が出てきて、そのせいで彼は死んだ。
私のせいだ。
「彼が死んだのは、私のせいです」
私の発言は、即座にルドガーとその友人が否定した。
亡くなった彼は、ルドガーが来たことを確認してから抜け穴を使って一足先に旧校舎の中に入っていた。
その後、私、ウェンディの順で旧校舎にやって来て、それからは彼の遺体と出会うまでルドガーとともにずっと三人で行動をしていた。
さらに調べれば分かることだが、旧校舎に来る直前まで、私は修練場の倉庫でセオと一緒だった。
幸か不幸か、昨夜の私には、鉄壁のアリバイがあったのだ。
「昨夜説明した通り、俺は魔物と戦った。そもそも人間ではあのような……殺し方……は、出来ない、はずだ」
ルドガーが唇を噛み締めながら断言した。
彼の悲痛な言葉に反論する者はおらず、鉄壁のアリバイがあったこともあり、私への追及はされなかった。
またウェンディが『死よりの者』を召喚して自分で退治したのではないかというマッチポンプ説は、聖女が清らかなものと考えられているからか、唱える者さえいなかった。
私たちは昨夜の出来事について根掘り葉掘り聞かれた後、夜間外出と旧校舎への侵入について叱られ、そして友人の死を慰められた。
――――――ガチャリ。
夢の中でローズに言われた通り、扉の開く音が聞こえた。
* * *
放課後には、生徒会室に呼び出された。
朝と同じ説明をするのかとウンザリしながら生徒会室のドアを開けると、中にはエドアルド王子とセオ、そして何故かジェーンがいた。
「ジェーン……?」
「ああ、彼女も関係者のようだったからね。僕が呼んでおいたんだ」
私の疑問にはエドアルド王子が答えてくれた。
朝の時点で教師に、寮にウェンディを背負ったまま帰った方法について問われたが、適当な嘘が思いつかなかったため正直にジェーンの部屋から入ったと伝えた。
そのせいでジェーンも昨夜の肝試しの関係者だと思われたのだろう。
「王子殿下、ジェーンは私が無理やり……」
「大丈夫だよ。彼女を叱る気はないから」
「では、どうして」
これにエドアルド王子は朗らかに微笑んだ。
「関係者なのに彼女だけ何も知らされないのは可哀想だろう?」
「あっ……」
昨夜はいっぱいいっぱいで、今日は心ここにあらずで、ジェーンには何も話していないままだった。
「大筋の内容は僕から彼女に話しておいたよ。朝と同じ説明をするのは憔悴している君たちには酷だからね」
「ありがとうございます……ジェーン、こんな形で伝えることになってごめんなさい」
私が頭を下げると、ジェーンは困ったように眉を下げた。
「気にしないでください。そんなことがあったら……私もきっと翌日には話せませんから。もしかしたらベッドから起き上がることさえ出来ないかもしれません」
「ジェーン……」
「さあ。立ち話はこの辺で終わりにして、腰を据えて話をしよう」
エドアルド王子の言葉に従い、生徒会室にやって来た、ルドガー、ウェンディ、ルドガーの友人、私は席に着いた。
「昨夜の出来事については大体聞いている。だから僕が詳しく聞きたいのは、未知の魔物の正体についてだ」
「魔物の正体、ですか」
「ああ。君たちが見た魔物の特徴を正確に教えてほしい。これ以上の犠牲を出さないためにもね」
エドアルド王子の問いかけに答えたのは、『死よりの者』と直接戦闘をしたルドガーだった。
「あのコウモリのような魔物は、暗闇の中でも自由に動き回れるようだった。俺の剣を簡単に躱して弾いて……ただ、一度だけ手応えがあった。手応えがあったのに……痛みを感じていないようだった」
「痛みを感じていない?」
「普通、怪我を負ったら動きに出るものだが、それが無かった。興奮のせいで痛みに気付いていなかった可能性もあるが……それにしては動きがやけに冷静だった」
ルドガーが『死よりの者』に攻撃を当てていたとは気付かなかった。
暗闇でコウモリ型の魔物と戦うという圧倒的に不利な状況で、一撃だけとはいえ攻撃が通るとは。
やはりルドガーの剣の腕は確かなのだろう。
そしてやはり『死よりの者』に物理攻撃は効かないらしい。
そのまましばらく待っていたが、昨夜ルドガー以外に間近で『死よりの者』と戦った者はいないため、彼以上の情報は持つ者はいなかった。
これ以上は意見が出ないと判断したエドアルド王子は、次の質問に切り替えた。
「……とても触れ辛い話題だが、触れないわけにもいかないから質問するよ」
きっと亡くなった彼の話だと察した全員が、暗い表情で頷いた。
「彼の遺体を検死した結果、女子寮の清掃員と同じ方法で殺されていた。心臓から一本の花を咲かせて。しかし、それ以外に外傷は無かった」
「あいつに外傷が無かった!? 暗かったからよくは確かめられてねえけど、教室は荒れ放題だったんだぞ!? あれは、あいつが『死よりの者』に攻撃された痕跡だろ!?」
ルドガーの発言に、エドアルド王子は静かに首を振った。
「おそらくだが、教室が荒れていたのは『死よりの者』の攻撃ではない。むしろ亡くなった彼が、机や椅子を投げて『死よりの者』に攻撃をしたのだろう」
「そうだとすると……どうなるんだ?」
それが意味することは、『死よりの者』は彼に余計な攻撃をする必要すらなかったということだ。
暗殺者の如く、たった一撃で仕留めたのだ。それも相手に存在を気付かれてから。
「敵の魔物は、圧倒的な力を持っているということだよ。外傷を与えもせずに、一撃で彼を殺害してしまえるほどの力をね」
私が言いたかったことを、エドアルド王子が的確に説明してくれた。
「……じゃあ俺は、どうして生きてるんだ?」
ルドガーの当然の疑問に、答えられる者はいなかった。
『死よりの者』の気まぐれなのか、ルドガーがこの乙女ゲームの攻略対象だからなのか。はたまた目の前で殺人を起こして私にトラウマを与えることを嫌った、あの『死よりの者』の気遣いなのか。
それは当の『死よりの者』にしか分からない。
「昨夜のコウモリのような魔物……前にローズとウェンディが見た魔物との類似点はあるかい?」
次にエドアルド王子から投げかけられたこの質問に、一番に反応したのもルドガーだった。
「はあ!? ウェンディ、前にもあの魔物に会ったのか!?」
「正確にはあの魔物じゃないけど……言ってなかったっけ?」
「言ってねえよ! 怪我は無かったか!?」
「うん、大丈夫」
「大丈夫って……それは何よりだけどよ」
昨夜出会ったのも、その前に女子寮で出会ったのも、紛れもなく『死よりの者』だ。
しかし女子寮では犠牲者が出なかったため、あまり同種の魔物と断言してしまうと『死よりの者』との関与を怪しまれるかもしれない。
……実際に私は『死よりの者』に関与しているのだから、怪しまれるのは正しいことなのかもしれないが。
「以前の女子寮での件は物的証拠が無かったこともあり、公には公表されなかったんだ。不確かな情報でいたずらに生徒たちの不安心を煽るのは得策ではないからね」
そうやって公表を保留にしている間に、新たな犠牲者が出てしまった。
結果論だが、その判断は悪手だったと言えるだろう。
「それで、女子寮に出た魔物と今回の魔物に類似点はあったかな?」
「えっと……どちらも耳が痛くなりました。キーンとする感じで」
「耳が痛い、ね。ローズも同じ意見かい?」
考え込んでいた私は、エドアルド王子に名前を呼ばれてハッとした。
慌ててウェンディの意見に同意する。
「え!? あ、はい。私も同じ意見です」
私の耳にはしっかりと『死よりの者』の言葉が聞こえていたが、それをここで言わないだけの知性はあるつもりだ。
「あとは、今回のはコウモリ型の魔物だったからかもしれませんが、前回も今回も地味な色の魔物でしたね。白と黒だけの」
「それと、どちらの魔物も聖力を浴びると灰になって消えました」
これ以上『死よりの者』の言葉の話題を広げられないように別の意見を出すと、ウェンディもまた別の意見を出した。
「二体とも、地味な色で、聖力に弱い魔物……清掃員の殺害が女子寮で見かけた魔物の仕業なら、心臓から花を咲かせる点も同じだね」
話題が逸れそうで安心していると、予想外の人物が予想外の呟きを放った。
「もしかして、『死よりの者』……」
その単語を口にしたのは、難しい顔をしたジェーンだった。