「………………!?」
私は漏れ出そうになる悲鳴を必死で飲み込んだ。
原作のゲームでは『死よりの者』という単語が出てくるのは、ずっと後。確か書物を調べていたセオが最初に口にしていた。
「『死よりの者』だって? なんだい、それは」
「あっ、えっと、すみません。確証はありません。私も実物を見たことはありませんので」
知らない単語が飛び出してきたことで、この場の全員が互いに顔を見合わせていた。
そしてみんなの疑問を、代表してエドアルド王子がジェーンに問いかける。
「推察で構わないよ。続けて」
「私も本で読んだだけなのですが、特徴が一致していて……でも、すみません。この状況で適当なことは言えないので、もう一度本を読み直してからお伝えしても良いでしょうか?」
「もちろん。図書館はいつでも使って構わないよ」
これにジェーンは申し訳なさそうに首を振った。
「いいえ、図書館には無いと思います。あの本は旅の行商人から偶然購入したもので……東の小さな島国の本なので、大陸の図書館には置いていない可能性が高いです」
「東の島国? 国の名前は?」
「国はすでに滅んでいますが、島は日本列島と呼ばれています」
日本列島!?
知っている島名が飛び出して、思わず息を飲んだ。
日本は元の世界の『私』が暮らしていた国だ。
それが……滅んだ?
「……ふむ。滅んだ小さな島国の書物は、学園の図書館には無いかもしれないな。あっても語学の本や世界的に有名な小説くらいだろうね」
「ええ。滅んだ経緯を見るに、私もどうしてあの島国が滅んだ経緯について書かれた本が存在しているのか不思議なくらいで……」
「君はその本を読解できるのかい?」
「特殊な言語なので完璧には訳せませんが、ある程度なら可能です」
確かに日本語は、日本語が母国語ではない人たちにとって読解が難しいと聞く。
しかもすでに国が滅んでいるのでは、なおさら難しいだろう。
「本を取りに帰ったら何日かかるかな?」
「片道二日、往復で四日はかかります」
「……勉強が本分の学生に頼むのは申し訳ないのだが、緊急事態だ。本を持って来てもらえるとありがたいのだけど、どうだろう」
エドアルド王子がジェーンに問いかけた。
問いかけの形を取ってはいるが、この状態で唯一の手掛かりを逃すことはしないだろう。
もしジェーンが断ったら、王子の側近たちがジェーンの家まで書物を取りに行くことになるはずだ。
「どうしましょう、ローズ様」
「これはジェーンが自分で決めることよ」
「そう、ですよね……」
「もちろんその間の授業は免除にするよ。生徒会長権限でね」
ジェーンが答える前に動いたのはルドガーだった。
その場で立ち上がり、ジェーンに向かって頭を下げている。
「お願いだ。少しでもあの魔物の情報が得られるなら、本を持って来てほしい。あいつのような犠牲者を、これ以上出したくねえ」
言葉を発してからもルドガーは頭を上げなかった。
しばらく呆然とルドガーを見ていたジェーンだったが、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「分かりました。明朝、出発します」
「……! 恩に着る!」
ルドガーはジェーンに近付いて、激励するように固く握手を交わしてから、席に戻った。
ルドガーが椅子に座ったのを見届けてから、エドアルド王子が口を開いた。
「助かるよ、ジェーン。馬車は僕が出そう。護衛もね。好きに使ってくれ」
「ありがとうございます」
時計を確認したエドアルド王子が、手を叩いて話し合いの終わりを告げた。
「さて。今後の方針も決まったことだし、そろそろお開きにしよう」
そして最後に人差し指を立てて口の前に当てた。
「この件は学園外の者に知らせてはいけないよ。今のところ、あの魔物が出現しているのは学園内だけだから……この件が外に漏れると、不安で暴走した者が学園を襲う可能性がある」
そもそも学園を休校にした方がいいとは思うが、休校になるとゲームとして成り立たないから、その辺は仕方がないのだろう。
エドアルド王子の話が終わったため、私たちが椅子から立ち上がると、それまで生徒会室の隅で黙っていたセオが口を開いた。
「あなたたちは大変ショッキングな現場に居合わせています。そのため今日から一ヶ月の間は授業に出ない選択肢もあります。もちろんこれによって留年することはないのでご安心ください」
「ああ、そうだった。うっかり言い忘れていたよ」
どちらにお礼を言えばいいのか分からず、エドアルド王子とセオの両方に向かって頭を下げておいた。
「ありがとうございます」
「気にしなくていい。こういった交渉をすることも僕の仕事だからね。授業には、心と体が回復してから出てくれればそれでいい」
笑顔のエドアルド王子とお辞儀をするセオに見送られながら、私たちは生徒会室をあとにした。
* * *
生徒会室を出ると、廊下にはナッシュが控えていた。
私を見つけたナッシュは自然な流れで私の隣に並んだが、私がジェーンと会話中だったため無理に話に入って来ることはせず、ただ黙って隣を歩いていた。
「ローズ様、私はこれから旅支度をして明朝には出かけます」
「あなたにだけ仕事を押し付けてごめんね」
「そんなことはどうでもいいんです。それよりも、私はローズ様が心配です」
ジェーンが私の顔を覗き込み、何故か泣きそうな表情を見せた。
「そんなに心配しなくても、自分のことは自分で出来るわ」
「そうではなく……ローズ様、自分の顔色がものすごく悪いことに気付いていますか?」
「あら。美人が台無しね」
そう言って微笑んで見せたが、ジェーンの心配そうな顔が晴れることはなかった。
そして私から視線を外したかと思うと、ナッシュに向かって叫んだ。
「ちょっと、そこの害虫!」
「……まさかとは思いますが、害虫とは私のことですか?」
いきなりの罵声に、さすがのナッシュも面食らっているようだった。
「そうです。あなたはローズ様の周りを飛び回る害虫です」
「ずいぶんと断言しますね」
「どこからどう見ても害虫ですから。……それでも、私がいない間、ローズ様のことを誰よりも近くで見守ることが出来るのはあなたです。ローズ様のこと、頼みましたよ」
「……承知いたしました」
罵声から一転、ジェーンの声色は真剣だった。
そのことに気付いたのか、ナッシュも真剣な様子で返事をした。
「私は明日、朝日とともに出かけることになるでしょう。お見送りはいりません」
ナッシュの返事に満足したらしいジェーンは、今度は私に向き直ってそう言った。
「お見送りくらいするわ」
「いいえ。早朝にローズ様を起こしてしまうと思うと、私が心苦しいのです。私のためを思っていただけるのでしたら、今ここで見送ってください」
「心苦しいなんて思わないで。友だちじゃない」
「ありがとうございます。でもローズ様は、今のご自分の顔色を見ていないからそう言えるのです」
その通りだとばかりにナッシュが手鏡を取り出して私に向けた。
「今にも倒れそうな顔色です」
鏡の中の私は、二人の言う通り今にも倒れそうな蒼白い顔をしていた。
「私のことを友人だと思ってくださるのなら、いってらっしゃい、と今ここで言ってください」
「……ジェーンは私の頼みを何でも聞いてくれると思ってたのに。意外と頑固なんだから」
「嫌いになりましたか?」
「いいえ。もっと好きになったわ」
そしてこの場でジェーンの望む言葉を口にした。
「いってらっしゃい」