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第68話


 あのあとみんなで意見を言い合ったものの、結局何も判明しないまま私たちは解散することになった。

 帰り際、ウェンディに「ごめんなさいね。今度ルドガーとのデートをセッティングするから許して」と声をかけてみたが、見事なまでに無視をされてしまった。


「ローズ様。今から教室に向かったら、三限目には間に合いそうですよ」


「お嬢様はどうされますか? お部屋で休まれるようでしたら、お送りします」


 ジェーンとナッシュが、この後どこへ行こうかと廊下で足を止めた私に問いかけた。


 正直なところ、部屋で休みたい。

 ローズのことも、『死よりの者』のことも、滅んだ日本のことも、ゆっくり考えたいからだ。


 しかしここ最近あまりにも授業に出ていないため、教室棟に来た勢いで授業に出ないと、このままズルズルと復帰するタイミングを逃しそうな気もする。


「私も授業を受けるわ」


 教室が別であるナッシュと別れると、私はジェーンと一緒に教室のドアを開けた。

 すると……鋭い視線が私に向けられた。

 次に、わざと聞こえるように囁かれたひそひそ声。


「まあ、『黒薔薇の令嬢』ですわ。よく教室に顔を出せましたわね」

「聖女様を連れ回して意地悪をしていること、バレていないと思っているのでしょう」

「連れ回した先で、聖女様を魔物の盾にしているらしいですわ。ああ、恐ろしい」

「きっとお腹の中が真っ黒だから『黒薔薇の令嬢』と呼ばれているのですわ」


 マーガレットが言っていたのはこれか、とすぐに分かった。

 しかしあらかじめ知っていたおかげか、ダメージは少ない。

 もしくはローズの中にいる『私』が本当の高校生ではないから、高校生の陰口を軽く流せるのかもしれない。


「どうして……どうしてローズ様が悪口を言われているのですか……もしかして私と一緒にいるから?」


 一方で本物の高校生であるジェーンは、確実にダメージを受けたようだった。


「違うわ、ジェーン。彼女たちは私の行ないを非難しているの。ジェーンは悪くないわ」


「ですが、ですが……!」


 ジェーンは今にも泣きそうだった。

 陰口がジェーンのトラウマを刺激してしまったのかもしれない。

 今は元気にしているジェーンも、ついこの間までいじめられていたから。


「聖女様に意地悪をするだけにとどまらず、聖女様に惚れている殿方を奪い取ろうともしているらしいわよ」

「誰だって聖女様を選ぶに決まっているのに、無駄な足掻きですわね」

「振り向いてもらえないから、公爵家の力を使って無理やり手に入れようとしていると聞きましたわ」

「なんて下品なのでしょう。聖女様の清らかな心とは比べ物になりませんわ」


 その話は一体どこから出てきたのだろう。

 エドアルド王子は元々ローズの婚約者だし、ナッシュはローズの使用人だ。

 逆にセオとはまだそこまで仲良くはないし、ルドガーに至ってはウェンディにどでかい矢印を向けている。


 ローズがウェンディをいじめている、という噂に尾ひれが付いたのだろうか。


「ローズ様、どうしましょう」


「そんな顔しないで。あんなの無視しておけばいいのよ。陰口を言うことしか出来ないような三下を構っている時間は無いの」


 ふと教室内を見渡すと、刺繍セットを手に持ちながらこちらの様子を伺っているマーガレットが目に入った。

 私と目が合ったマーガレットは……指でお金の形を作った。


 金次第で助太刀してあげるという意味だろう。

 彼女は本当にブレない。


 でもここでお金を払うと永遠にカモにされるような気がしたため、私は首を振って彼女の提案を断った。

 マーガレットは一度肩をすくめてから、刺繍を再開した。


「町で『黒薔薇の令嬢』が、見目麗しい少年を連れ回していたところを目撃した生徒がいるらしいですわ」

「学園内では飽き足らず、町でも男漁りをしていたということですの!?」

「しかも例の使用人も侍らせて、誇らしげに歩いていたそうですわ」

「殿方をアクセサリーのように扱うなんて、なんて悪女なのでしょう!」


 あーあ、言いたい放題だ。

 でもまあ、放っておこう。


 すでに考えることがいっぱいなのに、これ以上余計な悩みを増やしたくない。

 いざとなったら、公爵令嬢パワーで何とかしよう。




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