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第72話


 ウェンディの部屋をノックすると、ドアを開けたウェンディが私の顔を見るなりドアを閉めようとした。

 急いでドアの隙間に足を挟み、閉められないようにする。


「ねえ、ウェンディさん。顔を見るなりドアを閉めようとされると、私、寂しいわ」


「どうかお帰りください!」


「私、あなたに話があるの」


「私にはありません! 帰ってください!」


 これまでは遠回しに私を避けていたウェンディが、露骨に私を避けようとしている。

 町でのルドガーとのデートを邪魔したことで、堪忍袋の緒が切れたのだろうか。


「私はローズ・ナミュリーよ。ドアになんて負けないわ!」


 私はぐりぐりと身体を捻じ込み、ウェンディの部屋への侵入に成功した。


「あなたは、何なんですか!?」


 ウェンディは肩で息をしながら、私のことをにらんだ。


「何ってローズ・ナミュリーだけど?」


「あきらかにおかしいのは、あなたの動きなんですよ!」


 私の動きがおかしい?

 やはりウェンディは転生者だったのか!?


 そう思ったのも束の間、ウェンディはさらにおかしなことを言い始めた。


「私はハーレム生活を満喫していたのに、あなたの処刑前日に、時間が巻き戻されたんです! 私のハーレムを返してください!!」


「…………はい?」


 ハーレム生活?

 時間が巻き戻された?


「一体、何を言っているの?」


「分かっているくせに、とぼける気ですか!?」


 なかば叫ぶように怒鳴るウェンディをどうすればいいのかと考えていると、自身の手に手紙が握られていることに気付いた。


「これ、なんて書いてあるか読める?」


「はあ!? こんなものを見せて、何を企んでるんですか!?」


「あなたなら読めるかと思って。というか、これを渡してきたのはあなたよね?」


「こんなもの渡してませんし、この変な文字が読めるわけがないじゃないですか!」


 …………あれ。

 てっきり転生者のウェンディが、ローズが転生者であることを確かめるために日本語で書かれた手紙をポケットに入れたのかと思ったが、違うようだ。


 ウェンディは転生者ではない。

 しかしウェンディは、「時間が巻き戻った」と通常では考えられないことを言っている。


 時間が巻き戻る……時間を遡る魔法は、たしか本物のローズが使っていた。

 異世界に干渉して、私の魂を自分のものと取り換えて、過去に飛ばしたと言っていた。


 もしかしてウェンディは、ローズが時間を遡ったときに巻き込まれた?


 ……ううん、きっと逆だ。

 この世界の全員が巻き込まれているが、巻き込まれる前の記憶があるのがウェンディだけなんだ。


 ウェンディは転生者じゃなくて、時間逆行をした記憶があるんだ。


 こういう設定を『死花の二重奏』ではない別の乙女ゲームで見たことがある。

 確か、聖女だけが時間逆行をする、という設定。

 今のウェンディの状況そのものだ。


 なるほど。合点がいった。

 だからウェンディは私と仲良くしてくれなかったのか。

 私が時を戻してウェンディのハーレムを壊したから。


 ……ウェンディに嫌われている理由はそれだけではない気もするが。

 実際に私、ウェンディに酷いこともしているし。


「絶対に許しません。私のハーレムを、私からすべてを奪っていった、ローズ・ナミュリー!」


「ごめんなさいね?」


「そんな軽い謝罪で私が許すと思っているのなら、甘いですよ!?」


「怖いことを言わないでよ……」


 聖女の復讐なんて恐ろしいものを突き付けないでほしい。

 聖女が本気を出したら、絶対に悪女が断罪されちゃうじゃん。


「取り返してみせます! ルドガーもエドアルド王子殿下もセオもナッシュもミゲルも、全員私のものなんですからね!」


 ウェンディは高らかに宣言した。

 復讐……ではなく、ハーレムの作成を。


「え? ハーレムを築きたいだけ?」


「ハーレムを舐めないでください! ハーレムを作るのはものすごく大変なんですからね!? 複数人から愛されるためには、細かい気遣いとマメさが必要なんですから! それにダブルブッキングしないように予定を組んで名前を決して呼び間違えないようにして全員の好みを把握して再現して……」


 ウェンディがハーレムを作る大変さを語り始めた。

 しかし復讐で断罪されると考えていた私は、正直拍子抜けだ。


「なんかあなた……可愛いわね」


 いろんな意味で。


 私は差出人不明の日本語で書かれた手紙を握りしめながら、ウェンディのハーレム講座を受けるのだった。




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