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◆side story ルドガー


 ウェンディに誘われた!

 しかも今度は肝試しじゃなくて、町でのデートだ!

 俺はデートに誘われたんだ!


 今すぐこの喜びを全校生徒に伝えたい。

 叫びながら踊り出したい。


 ……もちろん、そんなことをしたらウェンディに迷惑だから自重したが。




 デート当日。

 前もってデートの下見をしておきたかったが、外出許可が出たのは今日だ。

 中等部の頃にも町を歩いたことはあるが、行ったのは中等部の男が行くような店だけだ。

 女の子とデートで行くような店には足を踏み入れていない。

 だから今日のデートは、ぶっつけ本番で行くしかない。


「ルドガー、そんなに気合いを入れなくても平気よ。私はルドガーと一緒に町を歩くだけで楽しいから」


 隣を歩くウェンディが微笑んだ。


 か、か、か、可愛い!!!

 可愛いのに気遣いも感じられて、それにとにかく可愛い!


「大丈夫だ、全部俺に任せてくれ。絶対に楽しいデートにするから」


「デートだなんて大袈裟よ。一緒に町を歩くだけなのに」


 あれ。

 一緒に町を歩くのって、デート……じゃないの?


 軽く汗をかきながらウェンディを見ると、ウェンディは悪戯っぽく笑っていた。


 こ、こ、こ、小悪魔ーーー!?!?


 何だか俺は、ウェンディに振り回されている気がする。

 でもそれすらも心地よくて。

 だって相手がウェンディだから。


 というか、聖女なのに小悪魔な魅力を持っているなんて、最高じゃないか!?

 俺のウェンディ、最高!

 ……いやまだ、俺のウェンディではないが。まだ。


「話題のレストランがあるらしいんだ」


 俺は中等部の頃の記憶を頼りにレストランへと足を運んだ。

 もちろん中等部の頃は、レストランの中に足を踏み入れたりはしなかったが。


「わあ。雰囲気の良いレストランね」


「だろ? 男だけじゃ入れない雰囲気だから、俺も中に入ったことはないけどな」


 レディファーストを心がけ、ウェンディのためにドアを開け、椅子を引いた。

 女性をスマートにエスコート出来て、ようやく一人前の男だ。


 しかし、メニュー表を見た俺は固まった。

 どの料理もあまりにも高値なのだ。

 それはもう、ぼったくりを疑うレベルだ。


 とはいえ値段が高いからと一度入ったレストランから出て行くのは、あまりにも格好が悪い。

 というかこのレベルの料金なら予約制にでもしておいてほしかった。

 俺みたいな悲しき被害者を減らすために。


「どうしたの、ルドガー?」


「あー、えっと、その……」


 顔から汗が吹き出す。

 するとメニュー表に書かれた料金に気付いたウェンディが、小声で囁いた。


「ここ、すごく高いわよね? ドリンクだけ飲んで帰らない?」


 好きな女の子にそんなことを言わせる男のどこが一人前の男だ。

 ウェンディには料金のことなど気にせずに笑っていてほしい。


「大丈夫だって。俺、多めに金持って来てるから。好きなだけ頼んで」


「本当? じゃあご飯を頼んでもいい?」


「もちろん。俺はちょっとトイレに行ってくる。あっ、俺は水だけでいいから」


 逃げるようにトイレに入った俺は、すぐに財布を確認した。

 …………とりあえず、ここでのランチは平気そうだ。

 というか、ディナーではなくランチなのに、強気すぎる料金設定だ。

 この野郎。


 俺がトイレから戻ると、テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいた。

 ……あれ。俺は水だけで良いって言ったのに。


 またもや冷や汗をかきながら席に戻ると、もじもじと人差し指を合わせたウェンディが待っていた。


「ごめんね、ルドガー。店員さんに、ルドガーが水だけって言い出せなくて……」


 考えてみれば、その通りだ。

 店員に、自分の料理を頼んだ後で連れの分は水だけで良い、などと言える令嬢がいるわけがない。

 これは完全に俺が悪い。


「気にしなくていいって。ここの料理代くらい出せるからさ」


 俺は席に着くと、テーブルの上に並んだ料理を口に運んでみた。

 口に入れた瞬間、いい香りが鼻腔をくすぐる。

 ハーマナス学園で出てくる料理もかなりの水準だが、ここの料理はそれに負けていない。


「すごく美味しいわね、ルドガー」


 ウェンディも同じことを思ったようで、目をキラキラと輝かせている。

 ウェンディが俺と似たような味覚を持っていることに胸が躍る。

 きっと結婚しても、食の好みで喧嘩にはならないだろう。

 ……結婚できるかは分からないが。もちろん俺はするつもりだが。


「ああ、旨いな。町でこのレベルの料理が食べられるとは思わなかった」


「そうね。学園にいると忘れがちだけど、この国は基本的に貧しいものね」


「残念ながら、この国で暮らしているのは一部の金持ちと多くの貧民だからな」


 俺の実家は、多くの貧民の方だった。

 ウェンディの実家もそうだ。


 だが、俺たちはまだマシな方だ。

 町には孤児と思われる子どもたちが何人もいる。

 骨のように細い彼らは、濁った目で客を取っている。


 それが、この国の日常だ。


「国のみんながこの料理を食べられるような、豊かな国になるといいわね」


「どうすればそんな豊かな国になるんだろうなあ。俺も、弟たちにいいもん食わせてやりてえよ」


「……今日は、この話はやめましょうか。せっかくのデートなんだもの」


 ウェンディは柔らかい笑顔で俺に微笑みかけた。

 天使だ。

 天使そのものだ。

 天使じゃなくて聖女だが、ウェンディ以外に天使と呼べる存在がいるわけがない。


 そんな天使もといウェンディとデートの出来る俺は、なんて幸せ者なんだ。

 今日という日を一生忘れないように、思い出を一つ残らず心に刻みつけよう。


 そのときだった。

 レストランに走り込んでくる人間がいた。


「ウェンディ様! ウェンディ様はいらっしゃいますか!?」


 レストランに入ってきたのは、ローズとよく一緒にいる付き人だ。

 今日は一人らしい。


「ウェンディって、私のこと?」


 彼の問いかけに、純粋なウェンディは応えてしまった。


「一緒に来てください。緊急事態なんです!」


「ちょっと待てよ。ウェンディは今、俺と飯を食ってる最中で……」


「緊急事態だと言ったでしょう!? 今、町がどうなっているのか知らないんですか!?」


 知るわけがない。

 だって俺の目には、今の今までウェンディしか映っていなかったから。


 レストランの窓から町を見ると、走っている人間が多数いるようだった。

 誰も彼も必死の形相だ。


「町に魔物が出たんです。今、お嬢様が魔物を引き付けていて……ウェンディさんをお待ちです!」


「何でそこでウェンディが出てくるんだよ!?」


 本当は分かっている。

 きっと肝試しでウェンディが魔物を倒したからだ。

 今回もウェンディに魔物を倒してほしいのだろう。


 しかし危険だと分かっていて、みすみすウェンディを魔物の元に向かわせるわけにはいかない。

 ウェンディの命は何よりも優先すべきことだからだ。


「お願いします、ウェンディ様! お食事を中断させた埋め合わせは致します。ここの食事代も負担させていただきます!」


 ウェンディは俺のことをチラリと見た後、椅子から立ち上がった。


「ごめんね、ルドガー。私、行ってくるわ。デートはまた今度やり直しましょう」


 ……もしかして、食事代の心配をされた?

 彼がここの食事代を払うと言ったから、ウェンディは彼の話に乗った?


 正義感からの行動なのかもしれないが、罪悪感が湧いてしまう。

 俺の金銭事情が良くないばかりに……というか、どうして俺とウェンディがデートをしているタイミングで魔物が出現するんだよ!

 空気読めよ!?


「じゃあルドガー、また明日学園でね」


 手を振りながら俺から離れようとするウェンディの腕を、掴んだ。

 そして叫ぶ。


「ウェンディが行くなら俺も行くに決まってるだろ!」


 ウェンディが危険な場所に行くなら、俺がウェンディを守る。


 いつでも、どんなときでも。


 たとえ、敵が誰であろうとも。




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