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第3話:疑似恋愛猛者

 意識が覚醒していく。私は今、自室に戻ってきた。カレンダーを見て日付を確認する。今日は5月1日。そして、夕方だ。


 机の上には教科書とノートが広げられている。教科書は今は要らない。教科書をどかして、真新しいノートを引き出しから取り出す。


 シャープペンシルのお尻を親指でカチャカチャ叩き、芯を引っ張り出す。


 このどきどきメモリアルの内容を思い出しつつ、これからお兄ちゃんに起きるイベントをノートに書きこんでいく。


 えっと、確か5月は出会いイベントばっかりだよね。お兄ちゃんと園子さんの教室は校舎の2階。んで、あたしとユキちゃんの教室は3階。んで、朱実先輩の教室は1階。


 お兄ちゃんは園子さんと朱美先輩との接点を持っている。だが、お兄ちゃんとユキちゃんは接点がない。


 お兄ちゃんはあたしに会う用事があって、校舎の1階に降りてくる。その時に一緒にいるユキちゃんをお兄ちゃんに紹介する流れだ。


 うーーーん。お兄ちゃんはあたしがクラスに馴染めているか、観察にくるのが本来の目的なのよね。


 用事というのはあくまでも建前。あたしに友達が出来たのかの確認イベントなのよ。


 そして、泥棒猫のユキちゃんがひょっこりとあたしの脇から現れて、ナナちゃんのお兄ちゃんって素敵! って言い出すのよね……。


 あたしはあんな瓶底メガネの根暗のどこがいいのかわっかんなーい! って言い出す始末。


 ほんと、自分の頬を自分の手で( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーンしてやりたくなっちゃう。あたしのお兄ちゃんは福山潤そのものなのよ?


 ユキちゃんみたいなチョロイン、声だけで落とせるわっ! ほんと、お兄ちゃんの声優を今から変更してもらいたいレベルよ、ぷんぷん!


 でも……お兄ちゃんの声が変わったら、あたしが悲しくなっちゃう……。神様、今のは無しっ!


 あたしがもんもんとしていると、コンコンというドアがノックされた音が聞こえた。お兄ちゃんで間違いないだろう。


「入っていいよー」

「ああ。ナナミー、学校には慣れたか?」

「うん! 友達もたくさんできたよ?」

「そうか……。お兄ちゃん、ナナミーのことが心配で心配で」

「んもう! 妹離れしてよー! お兄ちゃん、キッショ!」


 ここまではド定番のスタートだ。ここからあたしとお兄ちゃんのラブストーリーが始まるのだ!


 いきなりお兄ちゃんに「キッショ!」と言ってしまったが、これは必ず言わなければならない台詞のために、引っ込めることもできない。


「シスコンのお兄ちゃん♪ ほんとキッショ!」

「キッショいとか言うんじゃない! ところでだが……俺の評判ってどうなってる?」


 これもまたお兄ちゃんの定番のセリフだ。お兄ちゃんが妹の部屋にやってくるのは、近頃、色気づいたから。


 なんでも親友に高校生活をもっとエンジョイしたほうが良いと言われたらしい。その意見には確かに同意する。


 お兄ちゃんは16歳なのだ。もっと異性を意識しても良い年ごろだ。その異性の中に妹が入ってないことは悔しいの一言なんだけど……。


 気を取り直して、タブレットを手に取る。お兄ちゃんに学校の評判を教えなければならない役目を担っている。


 これはどうやっても拒否できない。意地悪してやりたくなるのだが、身体が勝手に動いてしまう。


「はい。これがお兄ちゃんの評判だよ! 説明するまでもなく、今のお兄ちゃんの評価は最低レベル♪」

「何嬉しそうにしてんだか……てか、せめて朱実先輩との仲が進展してるものだと思ってたけど」

「甘い! お兄ちゃん、マクドのストロベリーシェイクよりも甘い! 女の子ってのは、ときめきを求めてるの!」

「お、おう? 普段の会話じゃダメなのか?」


 まったく……恋愛のレの字もわからないお兄ちゃんすぎる。


 ここは古今東西の乙女ゲーム、男性向け恋愛ゲーム、BLゲームを網羅した疑似恋愛猛者のあたしがしっかりとサポートしないとね♪


「まずは話題からねっ。お兄ちゃん、朱実先輩とは部活の時にどんなことをしゃべっているの?」

「えっ……剣道が上手くなるにはどうしたらいいかと」


 それを聞いた瞬間、思わず、お兄ちゃんの頬を( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーンと叩いてしまった。


 お兄ちゃんには悪いがふつふつと怒りが湧いてくる。本当に恋愛下手すぎる、このお兄ちゃんときたらっ!


「お兄ちゃん……よく聞いて?」

「お、おう」

「例えばだけど、あたしがお兄ちゃんに今日のお昼、何食べた? とか天気がいいねーとか聞いて、お兄ちゃんはそれでときめくの?」

「あっ……」


 いくら鈍いお兄ちゃんでも、気づきを得てくれたようだ。


 お兄ちゃんは瓶底メガネをかけているだけあって、女の子と楽しく会話するスキルをまったくもって持っていないと言える。


 そこで出番となるのがこの頼れるスーパーでハイパーな妹のあたしだ!


 お兄ちゃんの会話の質と量を増やす役目も担っている!


「話しかけるきっかけ自体はなんでもいいの。そこからどう発展させていくかが大事なの」

「なるほど……さすがはナナミー! それでいい雰囲気になったら、手を繋ぐにコンボすればいいわけだな!?」

「……お兄ちゃん、顔をこっちに近づけて?」


 お兄ちゃんがわくわくした顔で、こちらに近づいてくる。本当に無警戒だ。


 心底、呆れるようなため息をついたと同時に、本日2回目となる( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーンを喰らわせてやった。


 お兄ちゃんが目を白黒させている。本当にこの童貞丸出しのお兄ちゃんには困ってしまう。


「あのね……お兄ちゃんの今の評価は最低値なの。その辺を歩いてるモブ男子と変わらないレベル」

「そこまで言う!?」

「言うわっ! 今のお兄ちゃんは生態系で言うなら『みじんこ』よっ! みじんこからいきなり手を繋がれたら、お兄ちゃんはどう思う!?」

「どうって……そりゃ、キッショ! だよな」

「そういうことっ。お兄ちゃん、キッショ!」

「2度ならず3度もキッショと言ったな!? 母さんにもそこまで言われたことがないのにっ!」


 そういうところがキショいのだ。いくら声が福山潤で、顔が福山潤担当のキャラ似だとしても、キショいことには変わりない。


 今のお兄ちゃんが誇れるのは声と顔だけだ。その顔も瓶底メガネのせいで、魅力が10分の1まで落ちている。


 しかし、実際のところ、顔の造りの良さなんて、女性にとっては二の次だ。せっかく福山潤の声を持っているのだから、それを活かす方向で頑張れば良い。


 やはり、女性に面白いと思わせる話題を持っているかが1番重要だとあたしはそう思っている。


 そりゃイケメンってだけで、女性を落とせることはあるにはあるわ。でも、お兄ちゃんにそんな底辺なところに留まってもらっては困るのだ。


 甘い言葉を囁き、それでいて知的さを思わせる話し方。一朝一夕で身に着くものではない。


 だが、この世界は元々ゲームである。妹であるあたしがお兄ちゃんに女にモテる話題というものを伝授できる。


「とりあえずだけど、この話題セットをお兄ちゃんに渡しておくね? お兄ちゃんの恋愛レベルなら、まずはこの話題セットを使いこなすことからかなっ♪」

「ありがとう、ナナミー。でも、ひとつだけ問題がある……」

「ん? どうしたの?」

「朱美先輩相手に切り出す勇気がないっ! もっと手頃な女性で試したいんだっ!」


 あっ、そうだった。お兄ちゃんにとって、朱実先輩は高嶺の花だ。そんな憧れの先輩に対して、お兄ちゃんがLv1話題セットを上手く使いこなす姿など想像ができない。


 実際のゲームでもそうだった。お兄ちゃんに扮したプレイヤーが最初に話題セットを使いこなす相手、それがあたしの友達であるユキちゃんだ……。


 どうしようかしら……。ユキちゃん相手だと、お兄ちゃんは緊張しなくて済むんだけど、それだとユキちゃんのお兄ちゃんに対する好感度ががんがん上がってしまう。


 前のループでお兄ちゃんは話題セットのレベルを上げるためにがんがんユキちゃんと会話の練習をしたのだろう。


 お兄ちゃんとしては、上手く女の子と話せるようになったと思っているだけかもしれないが、そのせいでユキちゃんに爆弾マークがついてしまった……。


 どうしようかしら。今回のループではユキちゃんを相手にではなく、クラスメイトの園子さんにお兄ちゃんのスキルアップを頼んだほうが良さそうだ。


「んと……お兄ちゃん。同じクラスの女子で、会話術を磨く相手とかいないの?」

「ん? 瓶底メガネの俺が? ははっ……冗談きつすぎるぜ」

「あっはい。でも、お兄ちゃん、園子さんに少しは気があるんだよね?」

「そりゃ、男なら誰しもがあの大和撫子とお近づきになりたいと思う……よね?」


 なんでそこで疑問形なのよ……。お兄ちゃんは本当に恋愛下手すぎる。


「んもう! じゃあ、今度、お兄ちゃんのクラスに遊びにいくっ! そこで、園子さんとお兄ちゃんが自然に会話できるようにセッティングしてあげる!」

「本当か、ナナミー!? それは嬉しいけど……」

「なに? 何か文句ある?」

「えっと……園子さんとナナミーだと月とすっぽん」

「お兄ちゃん……」

「はい……」


 本日3度目となる( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーンをお兄ちゃんの頬に叩きこんでやった!


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