「おお! 朝倉七海よ! 死んでしまうとは情けない! もう一度チャンスをやろう!」
……いや、これ、ループものなの!? やっとヒトの身体から解放されて、可愛い犬畜生として生まれ変われると思ったのに?
白い部屋で真っ白な身体の神様がこれまた真っ白なローブ姿で、こちらに話しかけてくれている。
視界に映る全てが白いために神様の輪郭がぼやけている。声から察するにお爺ちゃんぽいんだけど、姿がはっきりと見えないことには、そう判断していいのかわかりかねるといったところだ。
その部屋の天井から真っ黒な黒板がスッ……と音も無く降りてくる。床からは学校の机と椅子が1セット、にょっきり生えてくる。
座れということなのだろう。まるで授業を受ける生徒のように、椅子へお尻をつける。ひんやりとした。それだけで学生気分に戻った感じがする。
懐かしさを覚えながらも、神様の説明を聞く。黒板にチョークでガリガリとこの世界のルールを書いてくれていた。
・お兄ちゃんこと朝倉潤に世界滅亡の真実を教えてはいけない。
・3人の正規ヒロインの誰かとお兄ちゃんをくっつけなければならない。
・成功するまで何度もループしてしまう。
正直、げんなりとしてしまう。福山潤がお兄ちゃんなのだ。自分はお手付きを禁じられてしまっている。
隕石が落ちる前、あたしはお兄ちゃんからたっぷり福山潤を堪能した。下校時間にお兄ちゃんの下へと走り、他のヒロインが近づく前にさっさと帰路についた。
ユキちゃんから背中に痛いほどの視線を受けたが、一切合切無視を決め込んだ。それを3日間続けたら、ついにユキちゃんの爆弾が爆発した。
それからの記憶は曖昧だ。ユキちゃんにドンと突き飛ばされたと同時に、背中にズキズキと熱い痛みを感じた。
たぶんだけど、あの時、ユキちゃんに刺されたんだと思う。当然の報いだよね。だって、あたし、どきどきメモリアルの正規ヒロインたちからお兄ちゃんを奪おうとしたんだから。
あの時のユキちゃん、面白かったなー。血涙を流して、さらには超能力で隕石を呼び出したんだから。
それで世界は滅亡した。男一人のためにそこまで出来るのなんて、世界中探してもユキちゃんだけだと思っちゃう。
「こほん。聞いておるかね?」
「すみませーん。前の失敗を思い起こしていましたー」
「うむ……今回の失敗の反省を次に活かすために、それは大切なことだなっ」
なんか神様が勝手に勘違いしている。あたしは朝倉潤ことお兄ちゃんを正規ヒロインに渡したくないのだ。
なんとかシステムの穴がないのかを探ってみているだけだ。目の前で教鞭を振るっている神様はなんともまあお人よしなのだろう。
改めてとばかりに自分の第2の人生の場所を教えてもらえた。
聖ノブリージュ学園。千葉県のとある高校をモデルにしている舞台だ。この学校の偏差値は60となかなかに高い。
いわば「進学校」に当たる。元々、女子高であり、令和の時代に入ってからは共学になった。自分は令和10年度の新入生だ。
ぴかぴかの1年生! なんと素晴らしい響き! 現実社会の厳しさをほんのりと感じつつも、学生生活を満喫できる。
スタートの時期は5月初め。お兄ちゃんが正規ヒロインに告白するのは7月の終わりの夏休みに入る前。
1週間を1ターン換算すれば、延べ10ターンしかない。ちなみにあたしが世界崩壊を招いたのは5ターン目に当たる6月初週だ。
いや、いくらなんでもユキちゃんの好感度、上がりすぎだろ! お兄ちゃん……ユキちゃんにいったい何をしたの?
6月初週にはユキちゃんの爆弾処理をしないといけない。忘れずにノートにメモっておく。
さらに神様の説明が続く。6月には体育祭が催される。このイベントでお兄ちゃんは正規ヒロインの一人であるクラスメイトの園子さんとグッとお近づきになる。
園子さん攻略が本格化するのが6月半ばから。そこから1カ月で園子さんに告白フラグを立てなければならない。
最後に7月初めから始まるインターハイだ。お兄ちゃんと正規ヒロインの一人である朱美先輩の仲が進展するイベントだ。
いやちょっと待ってよ!? 改めて考えると朱美先輩の攻略期間が短すぎじゃない? このゲーム。
お兄ちゃんは剣道部でインターハイ出場を決めなければ、最終フラグが立たない。これだけでも難易度が高いのだ。
お兄ちゃんは愚かだ。朱美先輩に剣道の腕で勝ってみせると宣言する。朱美先輩は昨年のインターハイ準優勝者だ。
それに対して、お兄ちゃんは去年のインターハイ予選で第4回戦で負けた。どう考えてもお兄ちゃんが朱実先輩に勝てるわけがない。
それでも現実世界の時はセーブ&ロードを繰り返して、お兄ちゃんこと朝倉潤を勝たせたわよ?
でも、この世界ではセーブ&ロードなどという便利な機能は存在しないと神様から言われている。
「神様、質問なんですけどぉ。お兄ちゃんがインターハイ予選で勝ち進める未来が見えないんだけど!?」
「良い質問だ……なっ! そこは周回特典を使うと良い」
「へっ? 周回特典使えるの!?」
――周回特典。何かしらのエンディングを迎えるとクリアポイントを与えられる。そのクリアポイントを自分の好きな周回特典に振り分けて、Newゲームの序盤を有利に進められる。
なるほど……と思ってしまった。その周回特典のひとつに正規ヒロインの好感度を普通にプレイするよりも上げやすくなるというのがあったはずだ。
神様がにこにことほほ笑んでいる。畜生……こいつ、1回目は失敗するのをわかってて、その事実をこちらに教えてくれなかったのだろう。
どきどきメモリアルは周回特典を使う前提の難易度だ。最低でも10回はなにかしらのエンディングを迎えないと各ヒロインのノーマルエンドにすらたどり着けない。
それと同時に実績解除というものもあったはずだ。それを神様に確認しておくことを忘れない。
「もちろん、実績解除はあるぞ。それによって、よりヒロイン攻略がしやすくなる。実績解除と周回特典を上手く組み合わせることで、この世界は真に滅亡から救われるであろう」
なんとも難儀な使命を与えられたと思わざるをえない。しかし、ここにヒントが与えられていた。
ゲームではお兄ちゃんが妹を選ぶというバッドエンドが用意されている。自分が目指すのはこのバッドエンドルートだ。
だが、そのバッドエンドルートを通ったとしても、妹からは「本当のお兄ちゃんじゃなかったらよかったのに」と言われて、そのままエンドロールまっしぐららしい。
この世界において、そのバッドエンドルートを通ろうとすればどうなるのだろう? 率直な疑問だった。
目の前の神様に聞くのが一番手っ取り早い気もするが、そもそもとして実績解除と周回特典を積み重ねなければ、妹バッドエンドルートに入ることすらできないと言われている。
自分がすべきことは山ほどあった。朝倉潤こと福山潤を誰にも渡さない。これを為すには途方もないくらいのループを繰り返さなければならないだろう。
・爆弾を爆発させるのは論外。
・自分が痛い目を見るエンディングはなるべく迎えたくない。
・妹バッドエンドルート開拓のために正規ヒロイン3人への告白フラグ全てを立てなければならない。
正直言って、この時点で諦めたくなってしまった。ゲームをやっていた当時、面白半分で挑戦したが、妹バッドエンドルートにはついに入ることができなかった。
開発スタッフですら、おまけもおまけのバッドエンドだと攻略本に書いていたレベルだ。まだ、お兄ちゃんのクラスの担任を口説くルートのほうが1万倍簡単である。
ちなみにそちらの担任攻略ルートは担任がお兄ちゃんとの関係を問い詰められて、担任が他の学校へ飛ばされるというなかなかに後味の悪いバッドエンドである。
どうしたものかしら。いっそ、福山潤様を諦める? いや待って。それじゃ、あたしは福山潤様をみすみす他の泥棒猫に譲り渡すことになる。
それだけは我慢ならない。妹バッドエンドルートを選んでもらうために、泣く泣く他の正規ヒロインに一時的にお兄ちゃんを預けるという考え方のほうがまだしっくりとくる。
「難しい顔をしておるな?」
「うん。とっても難しいことにチャレンジしようとしているからっ!」
「ほっほっほ。若いとは良いのう……自分が思うがままに生きると良い」
「それって……お兄ちゃんを調教して、妹のあたしを選ぶルートを取らせても良いってこと?」
「できるものならやってみるがよい……」
挑発されている気がして堪らなかった。
神様はあたしのことをおおいに勘違いしている。現実世界で生きていたころは古今東西の乙女ゲーム、男性向け恋愛ゲーム、BLゲームを網羅する猛者だったのだ!
そんなあたしが福山潤そっくりというか、そのまますぎるお兄ちゃんを攻略できないはずがない。
「その挑発、受けて立つわっ!」
「ふふ……楽しみにしておるぞ。ちなみに朝倉潤とその親友との禁断の愛ルートもあるぞ?」
「なにそれ!? 実際にはゲームに実装されなかった男同士でドッキングルートじゃないの!?」
「くはは……さあ、この世界を堪能しておくれ。そして、神であるわしを存分に楽しませてくれ」
だんだん、神様の声が遠くなっていく。とんでもないことを言われた気がしたが、目の前が暗くなっていく……。
ちくしょうめーーー! と叫びたかったが、それは声にはならなかった……。