月明かりが村を照らし、静寂が支配する雪原に、冷たい風が吹き抜けた。その中心で、慎一は動けずにいた。目の前には、妖艶な笑みを浮かべる沙耶が立ち、周囲の空気を歪ませている。
「もう諦めて。ユキさんの代わりに私があなたを守ってあげる。」
沙耶の声は甘く響いたが、その言葉には冷たさと力強さが込められていた。彼女の背後には、まるで月光が具現化したかのような光の輪が広がり、その存在感は圧倒的だった。
慎一は拳を握り締め、視線を逸らさずに沙耶を見つめた。
「沙耶さん、あなたがどれだけ僕を説得しようとしても、僕はユキさんを選びます。」
「本当にそう思う? 彼女の力が再び暴走して、あなたを傷つけるかもしれないのよ。それでも、彼女を守ると言えるの?」
沙耶は一歩慎一に近づいた。その言葉は慎一の心に重くのしかかったが、彼の目は揺らがなかった。
「僕は……彼女を信じています。ユキさんの力も、優しさも、全部。」
慎一の言葉に沙耶の目が細められる。その瞬間、彼女の冷たい微笑みが消えた。
「そう……なら仕方ないわね。」
沙耶は静かに言葉を発すると、月光が強く輝き、彼女の周囲に冷たく光る刃のようなものが現れた。それはゆっくりと慎一に向かって動き出した。
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「沙耶さん、やめてください!」
慎一は叫んだが、その声は届かない。光の刃が彼のすぐそばまで迫ったその瞬間、冷たい風が強く吹き抜けた。
「彼に触れないで!」
鋭く響く声とともに、ユキが現れた。彼女の姿は月光を背にしており、その表情にはいつもの怯えた様子はなく、強い決意が宿っていた。
「ユキさん……。」
慎一が名前を呼ぶと、ユキは彼を振り返り、静かに微笑んだ。
「あなたを守る。それが私のすべてだから。」
その言葉には迷いがなかった。そして、ユキの体から冷気が溢れ出し、周囲の空気を一変させた。
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冷気は雪原をさらに白く染め上げ、月光をも凍らせるような力強さを放っていた。沙耶はその冷気を受け止めながら、挑戦的な笑みを浮かべた。
「やっと本気を出したみたいね、ユキさん。でも、それで彼を守れるかしら?」
沙耶が手を振ると、月光の刃が再び慎一に向かおうとした。しかし、その刃はユキの冷気によってすべて凍りつき、動きを止めた。
「私は……もう逃げない。」
ユキは沙耶に向き直り、毅然とした態度で言葉を放った。その瞳には、慎一を守るという強い意志が宿っていた。
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沙耶はその言葉に目を細めると、ゆっくりと口元に微笑みを浮かべた。
「本当に守れるのかしら? あなたの力は彼を傷つける可能性だってあるのよ。」
その言葉にユキは一瞬表情を曇らせたが、すぐに首を振った。
「それでも、私は彼を守る。それが私のすべて。」
ユキの言葉とともに、冷気がさらに強く吹き荒れた。その力は沙耶の月光を押し返し、雪原全体を覆うほどに広がっていく。
沙耶はその冷気に耐えながらも微笑みを崩さなかった。
「面白いわね……でも、どこまで耐えられるのかしら。」
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慎一は凍りついた雪原の中で二人の対立を見つめながら、何もできない自分に歯がゆさを感じていた。しかし、ユキの後ろ姿を見ると、彼は心の中で強く決意した。
「ユキさんを信じる。彼女がどんな力を持っていても……それが彼女そのものなんだ。」
慎一がその言葉を心に刻むと、ユキの冷気がさらに強まり、沙耶の月光の力を完全に押し返した。
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「これで終わりよ、沙耶。」
ユキはそう言い放ち、最後の冷気を放出した。その瞬間、沙耶の周囲の月光が一気に凍りつき、動きを止めた。
沙耶は静かにため息をつくと、ユキに向き直った。
「あなた、本当に強くなったのね。でも、これが終わりだと思わないで。」
沙耶はそう言い残し、月光とともに姿を消した。
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静寂が訪れた雪原で、ユキは疲れた表情を浮かべながら慎一に向き直った。
「慎一さん……大丈夫?」
ユキの声には優しさと心配が込められていた。慎一は彼女に駆け寄り、そっとその手を握った。
「ユキさん、ありがとう。君がいてくれるだけで、僕は大丈夫だよ。」
その言葉にユキは目を潤ませながら小さく頷いた。そして、二人は冷たい雪の中でそっと寄り添いながら、静かな温もりを分かち合った。
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