月が高く昇る夜、静かな雪国の村は深い眠りに包まれていた。しかし、慎一の家の中だけはまだ灯りが漏れている。ユキから「近づかないで」と冷たく突き放された慎一は、一人部屋で思い悩んでいた。
彼女の涙、震える声、そして最後の言葉――それらすべてが、慎一の胸を強く締め付けていた。
「ユキさん……本当に僕と距離を置きたいのか?」
彼女の言葉を信じたくない反面、自分が彼女の負担になっているのではないかという不安が彼の心を揺さぶる。
そのとき、ふと扉がノックされる音が響いた。
「こんな時間に誰だ……?」
慎一は怪訝そうな顔をしながら扉を開けると、そこには沙耶が立っていた。月明かりを背にした彼女は銀髪を優雅になびかせ、冷たい美しさをまとっていた。
「こんばんは、慎一さん。少しお話しできるかしら?」
沙耶は柔らかい笑みを浮かべていたが、その目はどこか挑発的だった。慎一は戸惑いながらも彼女を家の中に招き入れる。
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「こんな夜遅くにどうしたんですか?」
慎一が尋ねると、沙耶はカップに用意されたお茶を手に取りながら答えた。
「ユキさんのことで少し気になることがあって……。」
その言葉に、慎一は警戒心を抱いた。
「ユキさんのこと?」
「ええ。慎一さん、あなたは彼女にどう接すればいいか分かっていますか?」
沙耶の言葉に、慎一は眉をひそめた。
「どういう意味ですか?」
「彼女がどんな存在なのか、あなたは本当に理解しているの?」
沙耶の声は穏やかだったが、その言葉にはどこか冷たい刺があった。
「僕はユキさんを受け入れるつもりです。それが彼女を支えることになるなら……。」
慎一が答えると、沙耶は薄く笑った。
「その気持ちは素晴らしい。でも、彼女の本当の力を見たことがあるの? 彼女がどれだけ危険か、あなたは分かっていない。」
沙耶の言葉に、慎一は反論しようとしたが、その声を遮るように彼女が話を続けた。
「今夜、少し外を歩きませんか? 気分転換になるかもしれないわ。」
沙耶は立ち上がり、慎一に手を差し出した。その誘いに慎一は一瞬迷ったが、結局彼女についていくことにした。
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二人は月明かりが差し込む雪原を歩いていた。静寂が広がる中、沙耶は慎一に語りかける。
「慎一さん、私はあなたを心配しているのよ。」
「心配?」
「ええ。ユキさんは、あなたにとって適切な相手ではないの。彼女自身もそれを理解しているからこそ、あなたを遠ざけようとしている。」
慎一はその言葉に眉をひそめた。ユキが自分を遠ざけた理由を考えると、確かに沙耶の言葉に一理あるように感じた。
「それでも、僕はユキさんと一緒にいたいんです。」
慎一が毅然と答えると、沙耶は目を細めて冷たく笑った。
「あなたは本当に優しいのね。でも、その優しさが彼女をさらに苦しめることになるかもしれないわ。」
沙耶は慎一の前に立ち、月光を浴びながらゆっくりとその美しさを際立たせるように動いた。
「もし私が代わりにあなたを受け入れたら……ユキさんもあなたも苦しまなくて済むのではないかしら?」
沙耶は慎一に一歩近づき、その顔に手を伸ばした。
「あなたは特別な人よ。だから私は……。」
沙耶の手が慎一の頬に触れる瞬間、慎一はその手を静かに振り払った。
「ごめんなさい、沙耶さん。」
慎一は沙耶の目を真っ直ぐに見つめた。
「僕が本当に好きなのはユキさんです。彼女が雪女だろうと、人間だろうと関係ありません。」
沙耶の目が一瞬驚きに見開かれる。しかし、すぐに冷たい笑みに戻った。
「そう……なら、あなたがどれほど彼女を守れるか、見せてもらいましょう。」
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沙耶の周囲から月光が歪むような光を放ち始めた。彼女の本当の力が解放されようとしているのを、慎一は直感的に感じた。
「ユキさんの力があなたを傷つける前に、私があなたを助けてあげるわ。」
沙耶の声は冷たく、月光に照らされたその姿は美しさと同時に恐ろしさを放っていた。
慎一はその場で立ち尽くしていたが、心の中ではただ一人の存在を思い浮かべていた。
「ユキさん……。」
その名を呟いた瞬間、遠くから冷たい風が吹き抜ける。慎一の心は揺れ動く月影の誘惑を振り払い、再びユキへの想いを胸に抱いた。
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