雪が静かに降り積もる深夜、ユキは自分の部屋で膝を抱えながら窓の外を見つめていた。慎一が告白してくれた言葉が、心の中で何度も繰り返される。
「僕はユキさんが好きだ。」
その言葉は暖かな光のようにユキの心を照らした。自分のような存在を受け入れたいと言ってくれた彼の思いは、何よりも嬉しいものだった。しかし、それと同時に深い不安が心を覆っていた。
「私は雪女……人を幸せにする存在ではない。」
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翌朝、ユキは家を出て、村の外れにある森へ向かった。白い息が吐かれ、寒さの中でもその身に纏う冷気が彼女をさらに冷たく包む。
「私は……どうすればいいの?」
ユキは呟いた。慎一の気持ちに応えたい。しかし、自分の力がいつか彼を傷つけるかもしれないという恐怖が、足枷のように彼女を縛り付けていた。
そんなとき、背後から柔らかな声が聞こえた。
「あなたが彼を遠ざけるべきだと思う理由はそれだけ?」
振り返ると、そこには沙耶が立っていた。月明かりを背にしたその姿は、冷たい美しさを放っている。
「沙耶……。」
ユキは眉を寄せながら彼女を見つめた。
「あなた、本当に慎一さんのことを愛しているのね。」
沙耶の言葉に、ユキは何も言い返せなかった。その沈黙を見て、沙耶は微笑んだ。
「でも、あなたは自分の力を制御できない。それが彼を傷つける原因になると思っているのよね?」
「……そうよ。」
ユキの声はか細かったが、その答えには確信があった。
沙耶はユキに一歩近づき、その瞳をじっと覗き込む。
「じゃあ、彼のために身を引く覚悟があるのかしら?」
その言葉に、ユキはハッとした。慎一を愛するがゆえに彼から離れる――その選択肢が頭をよぎったが、それが本当に正しいことなのか分からなかった。
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「彼のそばにいるべきじゃない……そう思っているんでしょう?」
沙耶の声はどこか優しさを含んでいたが、その裏にある冷たい意図をユキは感じ取った。
「彼を傷つけるくらいなら……その方がいいのかもしれない。」
ユキの声は震えていたが、その言葉には彼女なりの決意が込められていた。
「いい選択ね。」
沙耶は満足げに微笑んだ。
「でも、慎一さんを手放すということは、彼が私のもとに来ることを意味するわ。それを理解している?」
その言葉に、ユキの胸に鋭い痛みが走った。沙耶の存在が慎一にとって何か特別なものになる――その可能性を考えると、ユキの心は締め付けられるようだった。
「……それでも、私は……。」
ユキは震える声で答えたが、その言葉を最後まで紡ぐことはできなかった。
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その夜、ユキは慎一に会いに行った。彼女の中で何かが決まったわけではなかったが、話をする必要があると感じた。
慎一の家の前に立つと、灯りが漏れていた。彼が中にいることを確認すると、ユキは深呼吸をして扉を叩いた。
「ユキさん?」
慎一が顔を出し、驚いた表情を見せた。彼の顔を見ると、ユキの胸は少しだけ暖かくなった。しかし、その思いはすぐに冷たい現実に引き戻された。
「話がしたいの。」
ユキの声は落ち着いていたが、その奥には揺れる感情が潜んでいた。
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二人はテーブルに向かい合って座った。慎一が口を開く前に、ユキが先に話し始めた。
「慎一さん……私は、あなたと一緒にいるべきじゃない。」
その言葉に、慎一は驚いた表情を見せた。
「どういうことだよ、ユキさん。」
「私は雪女……あなたに幸せを与えられる存在ではない。むしろ……いつかあなたを傷つけるかもしれない。」
ユキの言葉は慎一の心に深く突き刺さった。
「そんなことない! 君は優しい人だし、僕を傷つけるなんて――」
「分からないのよ!」
ユキは慎一の言葉を遮った。その声には涙が混じっていた。
「私は自分の力を制御できない……だから、あなたのそばにいる資格なんてないの。」
慎一は何も言えなかった。ユキの言葉の中にある本当の思い――彼を守りたいという気持ちは理解できたが、それが彼にとってどれほど大きな壁であるかを感じ取っていた。
「……ユキさん。」
慎一が何かを言おうとしたが、ユキは首を横に振った。
「お願い……私に近づかないで。」
そう言うと、ユキは席を立ち、静かにその場を後にした。
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家に戻る途中、ユキは涙を堪えきれず、膝をついて泣き崩れた。
「これでいい……これで……。」
しかし、その言葉が自分を納得させることはできなかった。
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