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第22話 青空に架かる奇跡の虹


 貴族街を豪華絢爛な馬車2台が巡行を始める前。


「フローラちゃーん! こっち見てー!!」

「よく似合ってるよー!」

「使徒のみんな、可愛いよっ!」

「ぃよっ! コゼルト薫香店の看板娘!!」


 まだ太陽が中天に差し掛かる前の、午前の柔らかな日差しの中。平民街の『使徒の虹祭り』パレードは、メインの商店街巡行を開始し、辺りは賑やかな声援に包まれていた。


 フローラことミリオンへの声援が目立つのは、気のせいではない。


 例年この祭りの小道具を担当している商工会所属の男達が、制作にあたって気合を入れすぎ、いつもの3倍以上の大きさになった使徒の翼が原因となってミリオンを目立たせていたのだ。


「フローラちゃん凄いわ。あたし、せっかく作ってもらったのだけれど、翼が大きすぎて背負えなかったの」

「ちゃんと着けられたら、本っ当に綺麗だったんだね」

「フローラって、見掛けに依らず力持ちだったんだなぁー!」


 そう、4人分同じ大きさで用意されていた翼……それを背負えたのは、こっそり魔法の力を借りることの出来たミリオンだけだったのだ。


「うっ……うふふふふー。そうなの、わたしとっても力持ちなんですっ」


 仮装で目立たず、コゼルトに恩返しが出来ると思っていたミリオンだったが、これはなにか違うと思いつつも、笑って誤魔化すしかない。


(あぁあぁ……! 目立ちすぎてる気がするわっ!? けど今さら翼を外したいなんて、とても言い出せない……)


 ご婦人方が連なって、繁栄・豊作祈念歌を歌い、躍りながら進む。その後ろに連なる形で、大きな翼を着けたミリオンを先頭に、翼の無い使徒姿の少年少女3人が続き、後を追って祭りで浮かれた子供らが、何処からともなく現れて連なって行く。


(衣装のお陰で、こんなに沢山の応援を頂けるなんて! リヴィに見て欲しかったなぁ。けど、悪戯っ子さんだから、思いがけないところで会えるかもしれないわね)


 残念ながら、今日の祭りに彼は姿を表さなかった。ミリオンは、寂しい気持ちもあるものの、同時に確信めいた思いもあって、期待に満ちた明るい表情を周囲に向ける。


 朝の早い平民街の祭りがいつもの巡行コースを回り、こうして例年通り――いや、気合いの入った翼効果を存分に発揮しながら、例年にない盛り上がりを見せて、終わりを迎えようとした頃。ちょっとしたハプニングが起こった。



 雨も降らぬ空に大きな虹が掛かったのだ。



 どんな老爺や老婆の記憶を辿っても『使徒の虹祭り』で実際に虹が出現したことはなかった。


 だから身分の貴賎関係なく、人々は喜びの声を上げ、王都中に歓声が響き渡った。


「すごい! 周り中が暖かい声に包まれてる! お祭りっていつもこうなの!? すごいわっ!」


 屋敷に閉じ込められ、一年間の学園通いしか認められて来なかったミリオンにとっては、祭り自体が初めての経験だ。大気が震えるような歓声に興奮を抑えきれず、思いを口にすると、共にパレードをしている少年少女やご婦人たちもが、彼女と同じく顔を輝かせている。


「ううん、フローラちゃん! こんなこと初めてよっ」

「俺たち、なんて凄い時に使徒役に選ばれたんだろう!! きっと、ずうっと自慢できるぜ!」


 興奮する少年少女を振り返ったご婦人が「ほら、あんた達っ! あんまり興奮してキョロキョロしてたら、使徒の衣装の裾を踏んですっころんじまうよ! 落ち着きなっ」などと注意しつつ、自身も興奮で頬を上気させている。


「この凄い歓声は平民街だけじゃなくって、貴族街からも響いてるね。あちらさんもこれから出発って所だろうから、特別な虹に大興奮ってとこなんだろ」

「違いない! 神様はこんなとこで、あたしらに平等なんだって言ってくれてるんだろうねぇ。全く、男前な憎い演出だよ!!」


 ご婦人たちは終盤の疲れのピークにあったにも拘らず、突然の稀有な瑞兆に勢い付いて、更に高らかに歌声をあげ、激しく踊り出す。街道に詰めかけた観覧者らまで歌い、踊って街全体が異様な熱気に包まれ始める。


「あっ、あれっ!? 巡行コースから離れてない?」

「んなもん、ノリだよ! ノリっ!」

「うんうん。誰よりも使徒様らしいフローラちゃんだって、もっとこの大きな虹の下に居たいでしょ?」

「ほら、いつも僕らを見て嫌な顔をする貴族たちも、今日はにっこにこだ!」


 使徒役の少年少女の言葉にハッとしたミリオンが、周囲に視線を走らせれば、間違いなくそこは貴族街のすぐ側だ。学園への行き帰りに箱馬車の窓越し、カーテンの隙間からチラリと見えた景色が間近に迫っている。


(貴族街はまずいわ! 知っている人に見つかったら、連れ戻されちゃう!!)


 ミリオンの心の叫びも虚しく、とんでもない熱量を帯びた歓声に後押しされた平民パレードは、足を止めることなく突き進んで行くのだった。

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