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第6話 正体

「更衣室をお借りする時間の猶予はなさそうね」

 美百合が言った。

 それは、いつも「現場」で聞く硬い声色。「ツン」のスイッチが入ったな……と幹は感じた。


「公衆の面前で『現場ナマ着替え』は屈辱ですか? お嬢さん」

 くすりと笑って訊く幹に、美百合が冷ややかな流し目を寄越す。

「致し方なくてよ」


「では」


 今まさに完成形になったエネミーポウの前で、ふたりは呼吸を整えた。


 両手両足、ボディ、そしてマスクとゴーグル--

 ふたりの体を、自らが生成したクラフトが覆って行く。


 一瞬の後。

 A級クラフトファイター、サイレント・ゼブラとクリスタル・リリがそこに居た。




 リリが結界を張る。透明ないばらの造形は美しく、かつ強固であった。


 異能管理部からカメラ搭載の小型ドローンが送り込まれて来る。

 クラフトを転送させる能力を持つクラフターが、本部からドローンを送り込み、操るのだ。

 敵であるオーサーも同じタイプの能力者だ。自分のクラフトモンスターを別の場所で具現化して、破壊活動を起こしているのである。


 今回のプロティ達は何だか無邪気に空間に絵の具を塗りたくっている。

 地面は黄色、空はピンク。パステルカラーの綿菓子のような雲が浮かんでいる。カラフルなキャンディが木々にずっしりと実っていた。

 見た目もファンシーなモンスター達が描く、夢々しい世界観だ。


「うーん、嫌いじゃなくてよ。でもラクガキは迷惑行為ですから」

 リリが蔓の鞭を振るう。

 黄色い絵の具チューブ型のプロティが二つに裂けた。


 と--


「まあ……」

 リリが声を上げる目の前で、黄色い絵の具チューブが二本に増えた。


 その頃ゼブラは--


 白クラフトブーツで宙を駆けながら、黒クラフトの剣でプロティを薙ぎ払っていた……!


 自らの速さ故、斬られた絵の具が後方で二倍に増えている事態に気付いていない。


「ゼブラ! いけない!」

 リリが叫ぶ。そうしている間に、結界内の絵の具チューブがどんどん嵩を増して行く。

 このままだと、満員電車のように身動きが取れなくなりそうだ。

 リリはクリスタルの花びらに乗って宙へ舞った。蔓を長く伸ばして、ゼブラの行く手を阻む。


 リリのクラフトに引き止められて、ゼブラは彼女を振り返り--唖然とした。


「溺れるかと思ってよ」

「すまない……」

 傍らに来たリリに、素直に謝った。


 結界の中は、まるで金魚鉢の中で増えに増えた金魚のように、小さな絵の具チューブが足下に積もっていた。




 巨大なエネミーポウが動き始めた。

 絵の具チューブ型ボディは暗い灰色。

 色とりどりのプロティ達とはずいぶん印象が違う。


 頭部のキャップが開いて、灰色の絵の具が撒き散らされる。


 プロティの描いた、遊園地のようなファンシーな世界が汚されて行く。

 綿菓子の雲も、キャンディの木も、灰色絵の具を浴びると力無く萎んで溶けた。


「仲間割れ……?」

 何だか痛々しい光景だった。子どもの夢をぶち壊す、嫌なオトナを見ているようだ。

「いや、見せしめ……なのか……? 我々の目に絶望の形を焼き付けてる。そんな感じがする……」


 灰色の溶解絵の具に、いばらの結界がどれくらい持ち堪えるか不明だ。

 結界の外でコイツが暴れたら、人類の創造物は全てこうやって溶かされて行くのだろう。


「コイツも斬ったら増えるんだろうな」

「恐らく……」




 少し考えて--ゼブラはリリに訊いた。

「植物由来のクラフトを扱う君は、毒も生成できる?」

 リリは、ハッとしたようにゼブラを見て頷いた。

「毒矢なら、斬らずに体内からダメージを与えられるわ」


 リリが弓を引く動作をする。

 その手に、キラリと輝く弓矢が現れた。

 弓はクリスタルだが、毒を仕込んだ矢は金色味を帯びている。


 華奢で鋭い、美しい矢が放たれた。


 金色の残像を残しながら真っ直ぐ飛んだ矢が、エネミーポウのボディを捉えた。


「ああっ」

 リリが悔しさの混じった声を漏らす。


 灰色絵の具チューブモドキのボディは、分厚いシリコンのような絶妙な弾力で、リリの毒矢を弾き返したのである。


 続けて第二射。

 毒矢は刺さらない。


 唇を噛みながら第三射目を生成した所で、ゼブラが止めた。


「貸して」

 金色の毒矢に手をかざす。

 ゼブラの黒いクラフトが矢を包み込んで、鋭い三角錐状の楔を生成した。


「直接打ち込んで来る……援護頼む」

 言い残すと同時にその身を翻す。


 流星の如き速さで、ゼブラはエネミーポウの懐へ突っ込んだ。その勢いのまま、毒矢を包んだ楔をモンスターのボディへぶっ刺す。


「まだだ……っ!」

 跳ね返してくるようなボディの圧を全力で押し戻す。

 灰色絵の具チューブモドキが吠えた。

 頭部から絵の具を噴出して、ゼブラを襲う。


 大きな葉が、傘となってゼブラを灰色の雨から護る。

 透き通った葉はリリのクラフトだ。

 しかし、灰色絵の具の溶解液は強力で、僅か数十秒で葉を無力化する。


「一滴たりともゼブラに触れさせない!」

 リリは続けざまに葉を生成して重ねた。


 数分に及ぶ押し戻しの攻防の後、とうとう楔をモンスターの体内に捩じ込んだ。

 ゼブラは灰色絵の具チューブモドキから距離を取りながら、楔を生成していた黒クラフトを解いた。

 エネミーポウの体内に、むき出しの毒矢だけが残った。


 荒い息を吐くゼブラの背後で、灰色絵の具チューブモドキが揺らぎ、薄れて行く。

「ゼブラ……」

 寄って来たリリが、ゼブラに肩を貸す。


 足下の大量の絵の具チューブプロティ達も、次々と薄れて消えた。

 二人は地面に降り立って、灰色絵の具チューブモドキの消滅を見守る。




《二人ともお疲れ! 一旦本部に戻れってさ》

 ドローンから伝令が飛んだ。


 大量の一般人に正体を知られてしまった。

 後処理が大変な事になってるんだろうと、容易に想像できる。


 ゼブラとリリは微妙な苦笑を交わし、結界を解いて地を蹴った。


 ふたつの流星が、庶民の共学校の校庭から飛び去って行った。


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