美百合は庶民の共学校での生活にも少しずつ慣れ、友達もできたようだ。
幹にベッタリくっついている訳ではなくなって、今日もお昼ご飯は女子生徒のグループに誘われて行った。
彼女と一緒に居るとどうしても視線を集めてしまう。ひとりになれる時間に幹はホッとしながら、開放感を満喫中だ。
焼きそばパンもいつになく美味い。
中庭の隅っこのベンチは、幹にとって居心地のよい場所だ。昼休みは大体ここか、西校舎の屋上でのんびり過ごしている。
そこへやって来た平岡・小野の凸凹コンビが無言で四百円を寄越し、幹から焼きそばパンを二個受け取る。
二人はなぜか立ち去らず、隣のベンチに腰を下ろした。
「……なんかさ……お前って得体の知れん奴だな……」
平岡が焼きそばパンのラップを剥がしながら言う。
「只者じゃない……たぶん……」
一度視線で脅された小野が、気味悪そうに呟く。
二個とも平岡が食べるのかと思ったらひとつは小野の手に渡ったので、幹が意外そうに見ると、平岡が苦笑した。
「男気じゃんけん。勝った方が奢る」
なるほど……と、幹は小さく頷く。
平岡という男は横柄でいけ好かない奴かと思っていたが、案外そうでもないのかも知れない。
「モブ妖怪扱いされてた奴が、あんなお嬢に言い寄られて注目なんか浴びちまったら、調子に乗るだろうがよ、普通」
平岡が焼きそばパンを頬張りながら言う。
「……けどお前、何も変わらず淡々とモブやってる。パシリも淡々と」
「真のモブ……」
小野がボソっと続ける。
周りは幹の事を今までと違う人を見るかのように扱うが、幹本人が何も変わっていない事に平岡は気付いていた。
やっぱり目の付け所が変な奴だ。
俺の事、好きなんか? こいつ。
ちょっと想像して、焼きそばパンを吹きそうになった。
「いたいた……泉森ぃ」
見るからに治安の悪そうな三人組が近付いて来る。
「三年の荒木だ……」
平岡が小声で幹に囁いた。
荒木とその子分AとBは、真っ直ぐ幹のベンチへ寄って来て立ち止まった。
舐めるようにこちらを見る。
「こんな冴えねぇ奴が、どうやったのか……」
「上手いことやりやがって」
子分AとBが嘲笑うように言う。
荒木が一歩前に出た。ちょっと前屈みに幹の顔を覗き込む。
「なぁ。どんなテクで誑し込んだんだ? 俺らにもオンナ紹介しろよ」
「貢いでくれそうな金持ちの御友人」
「出来れば美人」
AとBも横から言う。
「ちょっと彼女に取り次いでくれたってバチあたらねぇよな、減るもんじゃなし……」
「先輩……こいつ貢がれてないっすよ。潤ってないっす。パシリのクセに料金キッチリ取りやがるんで」
横から平岡が言った。小野もウンウンと頷いている。
三人組はダルそうに声の方を見やる。
「平岡じゃねぇか」
「なんだお前も女のワケマエもらうつもりなんか〜?」
「いえ……こいつ足が速いんで、焼きそばパンのパシリに使ってるだけっす」
「へぇ〜。手が早いだけじゃないんか」
三人組は下卑た笑い声を上げて、手を嫌らしくモミモミと動かした。
「下品だな……」
見るに耐えなくて、幹がボソリと呟いた。
「何つった〜?」
「調子こいてんじゃねぇぞてめぇ!」
掴みかからんばかりの勢いで、三人組が幹に詰め寄る。
平岡が横で声を上げた。
「どう見たってお嬢の方が惚れてて、コイツは何もしてないでしょう。お嬢の友達を紹介して欲しいなら、お嬢が居る時に来ればいいじゃないですか」
どうやら幹を助けようとしてくれているようだった。
三人組が平岡に凶悪な表情を向けるも、彼は怯まない。
「イズモン一人の時を狙って来るのって、お嬢の迫力にヒヨってんでしょ。紹介しろとか口実で、ただコイツに嫌がらせがしたいだけっすよね? 先輩ダサいっすよ」
言いながら、しかしその声は震えている。
「平岡ぁ!」
子分Aが平岡の胸ぐらを掴んだその時--
校庭の方から悲鳴が上がった。
百二十センチ程のサイズの、色とりどりな絵の具チューブ型プロティ(下っ端モンスター)が校庭に出現したのが、中庭からも見えた。
そして、それらの背後で巨大な絵の具チューブ型エネミーポウが具現化しようとしていた。
「ミッキー!」
女子生徒がこちらに向かって叫んでいる。
「美百合さんが……美百合さんが!」
半泣きの声で叫びながら、校庭を指差す。
逃げ惑う生徒達の流れに逆らって、校庭の中央へ向かって歩いて行く美百合の背中があった。
三人組も、平岡とその後ろでビクついていた小野も、自分達の生活圏内に突然現れた「異物」に呆気にとられている。
幹は立ち上がって、視線は校庭に向けたままポンと平岡の肩を叩く。
ちょっとした感謝の気持ちだった。
「イズモン……?」
問うような平岡の声を聞き流して前へ出ると、地を蹴って風のように駆け出した。
逃げ惑う人波をすり抜けて走る。
生徒の引いた校庭で、幹はクラフトモンスターの前に佇む美百合に並んだ。
エネミーポウが、具現化を完了しようとしていた。