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第4話 花京院美百合(かきょういんみゆり)

 不意に、辺りが静かになった。

 絶好調にさえずっていた女子生徒も声をひそめる。


「ねえ……誰?」

「すごい美人……」

「わかんないけど、こっち来るよ」

 コソコソ言う声が、明らかに煌めいている。


 流石に幹も、何か寝てる場合じゃない感じ?……と頭を過ぎった時--ベンチの隣に誰かが座った。


「うそ……なんで?」

「あれ、モブ妖怪イズモンだよね……?」


 悪口聞こえてるぞ……と思いながら目を開けると--


「幹……」

 囁くように呼ばれた。


 隣に、ちょっとそこいらでは見かけないレベルの美少女が座っていた。


「美百合……?」

 幹が美少女の名前を呼んだ。


 辺りは驚愕のざわめきに包まれる。


「何? モブ妖怪の分際であの美人を呼び捨てた?」

「知り合い? イズモンのクセに」


 そんな様々な悪口のミックスベジタブルざわざわだった。

 そしてギャラリーはまた固唾を飲んでこちらの様子を窺う。




 花京院美百合(かきょういんみゆり)は旧華族のお家柄で、華道家元の娘である。このような下々の一般庶民が通う学校の中庭に、その存在は不釣合いどころか不自然ですらあった。


 美百合の傍らには、彼女に日傘を差し掛ける執事が付き添っている。


「ここで何してんの?」

 間が抜けているようだが、正直な疑問だった。ナカツカサさんまで連れてさ……と、幹は目をキョロキョロさせる。


「今日は転校手続きに来ました。中務は父の代理で保護者として付き添ってもらいましたの」

「転校? 桃花女子からうちへ?」


「桃花女子だって……!」

「超お嬢様じゃんか」

「ますます何でイズモンと知り合い?」


 ざわめいて、また潮が引くように静かになる。


「俺、何かやらかした? 監視強化されるような覚えないんだけど……」

 幹が頭をクシャっと掻き混ぜると、美百合は微笑んで首を横に振った。


「会いに来ました」

「は……?」

「幹の側に居たくて……いけませんか?」

「は……?」


「「「はぁぁぁぁ〜?!!」」」

 ギャラリーかどよめいた。


 混乱する幹とギャラリーを置き去りに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。






 モブ妖怪イズモンの側に居たくて、麗しのお嬢様が転校して来たというウワサ……いや実話は、たちまちのうちに学校中に広まった。


 しかもどんな手を使ったのか、美百合は幹と同じ二年A組のクラスメイトになった。


 転校して来た美百合だけじゃない、幹もまた、これまでのモブ生活がひっくり返る「新生活」を迎える羽目になり、落ち着かない数日を過ごしていた。




「幹……」

 と優しげに呼ぶ美百合の様子に憧れてか、最近女子生徒は幹を「イズモン」ではなく「ミッキー」と呼んだり呼ばなかったり。立ち居振る舞いも何だか皆お上品ぶっていて、彼女の影響力の大きさはなかなかのものである。


「ん……?」

 半歩遅れて付いてくる美百合を振り返ると、彼女はちょっと困った顔をしていた。


 放課後。ふたりは連れ立って教室を出て、校舎出口へ向かっていた。


 幹が問うように見つめると、美百合は小さく首を傾げた。

「私がこちらへ転校した事、あなたは迷惑だと思っていて……?」


 あ……


 素っ気ない自分の態度が、美百合を傷付けているらしいと幹にも分かった。

「あ、いや……そういう事じゃないんだ……」

 美百合は悲しげな表情で続きを待っている。

 幹はポリポリと頭を掻いた。




「俺、ずっと目立たないようにって、そればっかり意識して生きてきたからさ」


 幹は、そこに居ても気付かれない、まるで空気のように生きてきた。

 地味に寡黙に--実はそこそこ整った顔立ちも、平々凡々とした髪型や暗い表情で隠していた。

 上でも下でも目立つのだ。中の中、モブ中のモブでいる事を自分に課した。


 目立ってしまったら、厄介事に巻き込まれる。

 自分は、人とは違うから。




「そんな俺が、美百合みたいな女の子と関わりがあるとか……そりゃ周りは驚くし、意図せず注目されてしまって、戸惑ってるというか……」

「私みたいな、とは?」

「めちゃくちゃ目立つだろ?」


 美百合は両手で口元を押さえて目を見開く。

「まあ……! 私、皆さんの目にはそんな出しゃばりやさんに見えていますの?」

「いや、だからそうじゃなくて……」


 綺麗だから……なんて言えねーし!


「は、華やか? ……とか、品があって? ……とか……」

 シドロモドロ。

「だから、みんな君に目が行っちゃう。ついでに俺も見られる」


「やっぱり、ご迷惑なのね」

「いや、戸惑ってるだけ……」


 何だよこのバカップルの痴話喧嘩みたいなやり取りは!


 幹は大きくひとつ咳払いをした。

 とにかく、自分の態度で彼女を傷付けてしまったようなので、そこはきちんと誤解を解いておきたい。


「まさか転校してくるなんて思いもしなかったから、驚いたのは間違いない。けど迷惑とか思ってる訳じゃないから。ただ自分の立ち振る舞い方を見失ってるだけだから……」

 向かい合って、正面から美百合と目を合わせる。

「変な心配させてごめん」


 美百合は思考を整理するように黙ってこちらを見つめ返し、そして、花が咲いたようにふわりと笑った。


「良かった……桃花女子に戻れと言われたらどうしようかと思っていました」


 こんな綺麗な笑顔を、まさかの自分に向ける女子が現れるとは……と、幹は少々面食らう。


 この人……

 クールビューティかと勝手に思ってたけど、ツンデレだったんか?

 しかも、今デレ期なの何で?


 急に好かれた理由が分からない幹は、複雑な気持ちで不自然な笑みを返す。


 こうしている今も、たくさんの視線がこちらを窺っている。

 いたたまれなくて歩き出す。


「急ごう……きっと迎えの運転手さん心配してる」

「はい」


 転校生の美百合より、自分の方が新しい環境を受け入れるのに時間を要しそうだ、と幹は思っていた。


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