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第17話 ハロウィンの戦い トリックオアトリート2

セクション1 ―命の在り処―


「……その感情。刷り込まれたものかもしれないよ」


静かな声で、ありすがつぶやいた。


お菓子の山に埋もれたまま、カミーラはうっすらと目を開ける。彼女の表情には、どこか安堵にも似た諦めが浮かんでいた。


「自分でもそう思う……でも、わかっていても……玩具にされて、命令に従うしかなかった……だから、お願い。このまま、逝かせて……」


「ありすちゃん!」


カミラが思わずすがるように声を上げた。


「……ほい?」


「助けてあげられない? カミーラを……」


ありすはちらりとカミラを見て、静かに問い返す。


「どのように助けたいの?」


「え……?」


「命を助ける? それとも、下っ端貴族から解放して、人生をやり直させる?」


「そ、それは両方……!」


「でも、彼女は国際指名手配中だよ?」


カミーラが苦しげに声を漏らす。


「……もう、いいの……私の願いは、このまま眠ること……それだけ……」


「……と言ってるけど?」


ありすがカミラに目配せする。


「絶対ダメ! コピーだって命を持って生まれた存在よ。生きる権利があるはず!」


「……私には……“生きる意志”がない……。私の存在は、あの男爵の“道具”……彼の命令にしか従えないの……」


「じゃあ、その“呪縛”が解けたら、生きたいって思える?」


「そんな、都合のいい話が……あるわけ……」


「そういうこと聞いてない!」


ありすの声が鋭くなる。


「生きたいかどうか、だよ。今の話じゃない。子供のように、人生をちゃんとやり直せるなら……生きたいと思うかどうか、それだけ!」


カミーラの瞳が揺れる。頬に涙が伝う。


「……生きたかった……。誰かの命令じゃなくて、自分の意志で。子供のころから人生を……でも……もう……」


彼女の瞳が閉じようとしたそのとき――


「……ありすちゃん!」


カミラが焦った表情でありすに縋る。


ありすは、大きくため息をついて言った。


「もぉーっ……ここで死んじゃったら、私、人殺しになっちゃうじゃん……」


「……じゃあ、最初から助ける気だったの?」


カミラが苦笑混じりに問いかける。


「ただ、ちゃんと“生きる気があるか”確かめたかっただけ」


「ありすちゃん……ありがとう!」


カミラの表情がぱっと明るくなる。


「で、カミラちゃんにもちょっと確認。助けても文句ない?」


「もちろんです!」


「じゃあ、妹と娘、どっちがいい?」


「な、なにを言ってるの?」


「カミーラの立場だよ。今から戸籍作って人生やり直すなら、カミラの“親族”として暮らすのが自然でしょ?」


「わ、私、まだ十四歳だよ!?」


「だから、カミーラを十年後に飛ばして娘にするか、十四年前に飛ばして妹にするか選んで」


「えぇぇえ!? そ、それなら……妹で!」


「了解!」


「って、そんなこと……できるの?」


カミーラが目を見開く。


「命を助けて、変態ロリコン男爵から解放して、人生をやり直して、指名手配も解除する。――全部やってみせる」


「……マジで?」


「まあ、こっちも命削るくらい大変だけどね」


「ありすちゃんって、本当は魔法少女じゃなくて神様なんじゃ……」


「とんでもねぇだ。おらあ、魔法少女だ」


「……それ、なに?」


「気にしないで」


ありすは携帯を取り出して通話しようとするが、画面を見て眉をしかめる。


「げ。圏外だ。結界の中だと電波入んない……。○フトバンクとか〇Uとか、結界対応の機種とか出してくれないかなぁ……」


「無理じゃないかな……」


ため息をつきながら、ありすは結界を解除し、改めて電話をかけた。


「由美ちゃん? 状況どう?」


『こっちは無事だよ。すべての敵を撃退済み。そっちは?』


「うん。こっちも満足のいく結果。ただ、変態ロリコン男爵の姿は確認できなかった」


『こっちのエージェントが、海外逃亡したのを確認したわ』


「……使い捨てる気だったのね、最初から」


『エロ男爵、もう国際指名手配にしたから、そのうち捕まると思うよ』


「了解。じゃあ、ミッション終了ね。パーティーで合流しよっか」


『うん。待ってるね』


通話を切ったありすは、深く息を吐いた。


「……でも、パーティー会場で再会するには……もうちょっとだけ時間がかかりそうね」


――そう、まだ“魔法少女”の夜は、終わっていなかった。



セクション2「二人の転校生」


朝のチャイムが鳴り響く頃、私立ミスティア学園の2年A組では、ざわつきが続いていた。


「ありすちゃんが、入院って本当ですの? 由美さん」


クラスの華・宮の森里美だった。由美はため息を一つつき、頷いた。


「ええ、事実よ」


「それで……容態は……?」


「一時は意識不明の重体だったらしいわ」


「な、なんですって!?」


里美が思わず身を乗り出す。


「落ち着いて、宮の森さん。今はもう意識も戻って、順調に回復してるから。大丈夫」


「でも、一時は重体って……いったい何がありすちゃんに?」


「それがまだ謎でね。自室で倒れてるところを、お母様が発見したそうよ」


由美が静かに言うと、里美は真剣な表情でうなずいた。


「……今日、お見舞いがてら本人に事情を聞きに行こうかと考えてるの。やっぱり、心配だから」


「私も同行しても……いいですか?」


「ええ。でもその話は、あとで」


「……え? なんで? 私が行ったらまずいの?」


「そうじゃなくて。ほら、もうすぐホームルームが始まるから。ほら、先生が来ちゃうよ」


由美がそっと里美の背中を押すと、彼女は名残惜しそうに席へ戻った。


そして、まるでタイミングを測っていたかのように教室のドアがスライドする。


「起立!」


クラス委員長の島津紗枝の号令で、生徒たちは一斉に立ち上がり、


「礼!」


「着席!」


全員が動作を終えると、担任の坂本優子先生が教壇に立ち、目尻を緩めて声を上げた。


「さて皆さん、今日は転校生を紹介します。今日から皆さんと一緒に勉強する新しいお友達です」


廊下から入ってきたのは――まさに、教室の空気を一変させる存在だった。


「うぉぉぉぉぉ……」


男子たちのどよめきと共に、女子たちからも「きゃーっ、カワイイー!」の声が飛び交う。


金髪碧眼、整った顔立ち――しかも、まったく同じ顔が二人。左右から同時に微笑みかけられた男子は、片っ端から崩れ落ちそうになっていた。


(あれ……なんか……見たことがあるような……?)


由美の眉間にしわが寄る。強烈な既視感。だが思い出せない。


「じゃあ、自己紹介してもらおうか」


先生の促しに、一人目が一歩前へ。


「初めまして、カミラ・ドルベークです。日本はまだ慣れないけど、皆さんと仲良くなれたら嬉しいです。よろしくお願いしまーす」


明るい口調で、柔らかな笑顔。


続けてもう一人が並び立つ。


「同じく、双子の妹のカミーラ・ドルベークです。姉ともども、よろしくお願いします」


「よ、よろし――っしまーす!!」


男子たちは見事なユニゾンで立ち上がりかけた。ほとんど儀式である。


「……あれぇーーーーっ!?」


由美が椅子を蹴り立ち上がる。


「工藤さん? 何か?」


「い、いえ……すみません……ただの、デジャヴ……?」


教壇に立つ二人の少女を見つめながら、由美の脳内に疑問が渦巻いていた。


心の中で警告が鳴り響く。










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