目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
ダンジョンには殺人犯が潜んでいる
ダンジョンには殺人犯が潜んでいる
竹間単
現代ファンタジー現代ダンジョン
2025年05月14日
公開日
5.2万字
連載中
十年前、世界中にダンジョンが出現し、同時に人間に不思議な力が備わった。 それにより人々の生活は一変した……のは一部だけで、今日もダンジョン出現前と変わらぬ退屈な毎日が続いている。 そんな中、宵野木青史は警察官である兄に「ダンジョン内に隠れている指名手配犯を探してほしい」と頼まれる。 この依頼を面白そうだと思った青史は、大学のダンジョン探索サークルでダンジョンに潜りながら指名手配犯を探すのだが……!?

第1話


「やめてくれ、殺さないでくれ!」


「そんな言葉を、俺が聞くとでも?」


「謝る。謝るから! 罪も償う! 俺を逮捕してくれ!」


「お前は誤解をしてる。俺は被害者の知り合いでもなければ、警察でもない」


「じゃあ……!」


「復讐でもなければ正義でもない。ただ俺は、俺の意志でお前を殺す。殺したいから殺す。じゃあ、さようなら」



   *   *   *



 現代にダンジョンが現れて、もう十年が経過した。

 ダンジョンの出現とともに、人間にも不思議な現象が起こった。特殊能力が発現したのだ。


 攻撃に適性を持った戦士、回復の力を持った回復術師、魔法の力を持った魔法使い。

 世界中の人々が、この中のどれかに分類された。

 分類される基準は未だ不明だが、誰もが幼少期に、身体のどこかに痣が現れるようになった。

 その痣の形で、どの能力に特化しているのかが判明する。


 この十年で、最初は何のことだか分からなかった痣の意味も判明し、痣が現れてから能力に適した幼児教育が行なわれるようにもなった。

 残念ながらこの現象が起こり始めたのが十年前のため、俺は幼少期から特訓することは叶わなかった。

 しかし血の滲むような努力の結果、ダンジョンで活躍できるまでに成長することが出来た。


 ちなみに戦士に分類された者の中でも、剣が得意な者もいれば、槍や銃、もしくは素手での攻撃が得意な者もいる。

 魔法使いも同じように、攻撃魔法が得意な者もいれば、支援魔法が得意な者もいる。


 俺は銃を得意とする戦士のため、狙撃手と呼ばれている。

 銃のため誰が引き金を引いても威力は一定だが、狙撃手の命中率は驚異的だ。

 数メートル先にいるモンスターの目玉を、スコープも使わずに打ち抜くことが出来る。


 なお狙撃手は狩猟免許が必要なこともあり、日本国内では二十歳になるまで銃を扱うことが出来ない。

 そのため大抵の狙撃手は、二十歳になるまではBB弾を詰めるエアソフトガンで訓練を行なう。


 弾切れの心配があるから出来ることなら剣に適性があってほしかったが、こればかりはどうしようもない。

 ……と俺は思っているが、友人の佐原圭太(さはらけいた)はそうでもないらしい。


「狙撃手ってカッコイイよなあ」


「うんうん。青史はカッコイイ」


 佐原が俺のことを羨ましそうに眺めている。

 もう一人の友人、舞浜陽菜乃(まいはまひなの)も佐原の意見に同意のようだ。


「陽菜乃、僕は青史の話じゃなくて狙撃手の話をしてるんだけど?」


「狙撃手の青史の話でしょ?」


「……そういう言い方をするならそうだけどさ。でも本当にカッコイイよなあ、狙撃手って」


「それはどうも」


 どうやら佐原は狙撃手に憧れがあるらしく、事あるごとに狙撃手である俺のことを羨ましがる。

 耳にタコが出来ているが、それでも褒められて悪い気はしない。


「僕も狙撃手だったら良かったのになあ」


「佐原は格闘家だったんだろ? 武器が無くても戦えるのはすごいアドバンテージだと思うぞ」


 これは本心だ。

 狙撃手はダンジョン内で武器を失った場合、一気に役立たずへと変貌する。

 それに対して格闘家は身体一つあれば、いつだって活躍できる。


「でも格闘家は前衛で戦わないとでしょ? 僕、痛いのは嫌いだもん」


 佐原は昼食のチャーハンを口に運びながら、肩をすくめた。


「その気持ちは分かる。私も戦士だったから探索者になるのを諦めたんだよね。戦わなくてもいい後方支援能力だったら良かったのになー」


 ここにいる三人は、全員が戦士の能力を有している。

 しかし探索者としてダンジョンに潜っているのは俺だけだ。


「回復術師と魔法使いの痣が出る確率は低い。余程運が良くないとこの二つにはなれないな。割合的に、血液型で言うAB型くらいだろうな」


「なのに戦士はA型とB型とO型を足した数くらいいるんだよね。ほとんど全員が戦士だよ」


「この場に三人いて、三人とも戦士だもんね。私もレアな痣が欲しかったなー」


 この割合の違いにより、魔法使いと回復術師の痣が現れた者は、高い確率でダンジョンに潜るようになる。

 引く手数多のため、パーティーからかなり良い条件を提示されることが多いからだ。


「でも戦士も捨てたものじゃない、というか、戦士が一番活躍の場があると思うぞ。ダンジョンに潜るときは戦士が多めのパーティーを組むからな。回復術師ばっかりいてもモンスターは倒せない」


「それはそうだね」


 この前のダンジョンも、戦士が十人、回復術師が二人、魔法使いが一人の合計十三人で潜った。

 もっと人数の多いパーティーでも、少ないパーティーでも、割合はこんなものだろう。


「それはそうと。青史の所属してる探索者サークル、荒稼ぎしてるらしいね?」


「人数が多いから、一人当たりの取り分は少ないけどな」


 とは言ったものの、実際にはかなりの額を手にしている。

 他のメンバーの収入も判明してしまうため、具体的な金額を伝えるつもりはないが。


「取り分が少ないって言っても、普通のアルバイトよりもずっと割が良いんでしょ? その辺のところはどうなんですか、宵野木青史(よいのぎせいじ)さん!」


 佐原が俺にスプーンを向けながら質問をした。

 スプーンをマイクに見立てているのだろう。


「……まあ、二度とバイト生活に戻れない程度には稼いでる。高校生の頃の自分に教えてやりたいよ」


「いーいーなーあー! じゃあ僕のチャーハン代、奢って?」


 俺の言葉を聞いた圭太が身体をくねらせながら頼んできた。


「ちょっと佐原、青史にたからないでよ。みっともない」


 俺に奢られようとする佐原を、舞浜が止めた。

 別にチャーハン代くらい奢っても良いが、舞浜が止めるならやめておこう。


「そんなことより。青史は今日もサークルの集まり?」


「いや、今日は兄貴に呼ばれてるんだ」


「青史の兄さんって、警視庁のお偉いさんだっけ?」


「まだ偉くはないぞ。エリートコースではあるらしいけど」


「ふーん……二人とも、すごい兄がいてプレッシャーを感じない?」


 舞浜が心配そうな顔で佐原と俺を見た。


「全然。むしろ僕のところは兄さんが病院を継いでくれたから、僕は自由にさせてもらってるよ」


「佐原の家は医者一家だからな。佐原は全然そうは見えないけど」


「だって僕、医者になる気無いもん。医者になる気だったら、今頃医学部で必死に勉強してるよ」


 それはそうだ。

 佐原に医者になる気が無いからこそ、こうして同じ文学部で知り合うことが出来たのだ。


「俺のところは、探索者になりたい俺を応援してくれてるんだ。探索者はダンジョンで一攫千金も夢じゃないからな」


 とはいえ、潰しが効くように、大学を出ることが条件だった。

 本当は高校を卒業したら毎日ダンジョンに潜りたいくらいだったが、親の言い分も分かる。

 ダンジョン探索中に回復術師にも治療できないような大怪我を負った場合、その時点で俺の探索者としての生命は終わる。

 保険をかけておかないと、親としては安心できないのだろう。


「……はあ。私はプレッシャーで押し潰されそう。一人っ子だからか、両親は私を良い会社に入れようとしてるみたい」


 親に自由にさせてもらっている佐原と俺を見て、舞浜が溜息を吐いた。

 大学三年生になった今、就職のことで悩んでいる学生は多い。

 舞浜もそのうちの一人のようだ。


「ダンジョンが現れても、社会システムそのものは変わってないもんな。大企業に就職したら高給取りになれる。きっと舞浜の両親は、娘に楽をさせたいんだよ」


「私に楽をさせたいっていう想いが、重くて辛いんだけどね」


「そう言ってやるなって。良い親じゃないか」


「良い親だからこそ、ちゃんと期待に応えないと、ってプレッシャーを感じるというか……ね」


 舞浜は困ったような顔で、カバンから就職活動のための資料を取り出してテーブルの上に置いた。

 舞浜の資料を、佐原が興味深そうに眺めている。


「僕も自由にさせてもらってるとは言っても、どこかには就職しないとなんだよね。残業の少ない業種って何かな」


「世界中にダンジョンなんておかしなものが出現したけど、私たちはこれまで通りの人生を歩んでいくしかないんだよね」


 舞浜が就職活動用の資料を見ながら溜息を吐いた。


「ああ。もしも僕にすごい特殊能力があったら、っていうのはただの夢物語でしかないもんね。もしも僕が大地主の息子だったら就職しなくても良かったのに、っていうのと同じでさ」


「医者の息子が何を言ってるんだか」


 佐原がうんざりしたような顔をしたが、生まれた家を考えると佐原はかなり恵まれている。


「まあダンジョンや能力の出現で人生を狂わせる人も多いって聞くから、陽菜乃は恵まれてる方なんじゃないか? 親に危ないことはさせたくないって思われてるんだろ?」


「それはそうだね。私の家とは逆で、子どもを無理やり探索者にしようと訓練するスパルタ教育家庭の話もよく聞くもん。だって探索者は稼げるから」


「ダンジョンが出現してから離婚が増えたらしいよ。教育方針の違いでさ」


 おかしなものが出現したせいで、この世界の多くの人の人生が狂ってしまった。

 人間は少しの変化で狂ってしまう繊細な生き物なのだろう。

 ダンジョンと能力の出現により、そのことを強く感じるようになった。



   *   *   *



 大学から警視庁へ直行してしばらく待っていると、スーツを着こなした兄貴が建物の中から出てきた。


「よっ、青史」


「兄貴が俺をここに呼び出すなんて珍しいな」


 兄貴も俺も一人暮らしをしているため会うときは基本的に外だが、これまで警視庁の前で待ち合わせをしたことはない。

 庁舎の外へ出る時間もないくらい、最近の兄貴は庁舎内に缶詰めなのかもしれない。


 そんなことを考えていると、兄貴が手招きをした。


「ちょっと事情があるんだ。一緒に来てくれ」


「警視庁の中に? 別にいいけど、俺が入っても良いのか?」


「良いから呼んだんだよ」


 こうして俺は兄貴に連れられて警視庁本部庁舎の中へと足を踏み入れた。




「実はお前に頼みたいことがあってな」


 庁舎内の食堂にでも連れて行かれるのかと思っていたが、連れて行かれた場所は会議室だった。

 長机の上にはたくさんの資料が置かれている。

 それなのに、広い会議室内には兄貴と俺以外の人間はいない。


「俺に頼みたいことって言うと、ダンジョン関連か?」


「察しが良くて助かるよ」


 俺が兄貴よりも秀でていることというと、探索者としての能力だけだ。

 悲しいかな、それ以外でエリートの兄貴に勝っている部分は無い。


「青史、お前には……ダンジョン内に潜んでいるだろう指名手配犯を見つけてもらいたい」


 兄貴は真剣な顔でそう言った。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?