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第2話


「指名手配犯……良いのかよ、一般人にそんなことを頼んで」


 まさかの依頼だ。

 ダンジョン内で採ってきてほしい薬草でもあるのかと思っていたのに、兄貴が俺に見つけてほしいのは、薬草ではなく指名手配犯。

 耳を疑う相談内容だ。


「良くはない。だからこうして個人的に頼んでいるんだ」


「俺に指名手配犯と戦えって?」


「違う。被疑者を見つけたら、どのダンジョンにいたのか報告をしてくれればそれでいい。一般人だって指名手配犯を見つけたら警察に通報するだろう?」


 つまり警視庁は指名手配犯がダンジョン内に潜んでいるところまでは掴むことが出来たが、具体的にどのダンジョンにいるのかまでは分からないのだろう。

 関東だけでも、出現しているダンジョンの数はかなりのものだ。猫の手も借りたい状況に違いない。


「それとダンジョン内で死体を見つけたら教えてほしいんだ。むしろこっちを頼みたい」


「ダンジョン内が殺人現場なのかよ」


「その可能性が高い」


 物騒な話だ。

 しかし悪いやつにとって、人目の少ないダンジョンが人を殺す場所として都合が良いこともまた事実。


「……で、指名手配犯はどこのダンジョンにいそうなんだ? あと死体のありそうなダンジョンは? 候補とか教えてくれよ。ダンジョンは関東だけでもかなりの数があるだろ」


「ダンジョンの候補はない。もっと言うと、指名手配犯がダンジョン内にいる保証もない」


「何だそりゃ」


 ダンジョンの候補すら絞れていないなんて、犯人逮捕が雲を掴むような話になってきた。

 警視庁に勤める兄貴が、全国に出現しているダンジョンの数を知らないわけがないのに。


「犯人が潜んでいそうなダンジョンの候補はないが、地上をこれだけ探して見つからないとなると、ダンジョン内にいる可能性が高いと俺は思っている」


 ここまで言った兄貴は、深く長い溜息を吐いた。


「世界にダンジョンが出現してから、力のある犯罪者はダンジョン内に隠れるようになった。捜索するこっちの身にもなってほしいよ」


「その指名手配犯は実力があるってことか」


「ああ、ダンジョン内で身を守ることが出来る程度には。ダンジョンクリアまでは出来ないようだが……順を追って話す。まずは事件概要だ」


 そう言って兄貴が資料をホワイトボードに貼っていった。


「事件発覚は半年前。とある探索者パーティーがダンジョン内で遺体を発見したことから始まった。探索者たちは遺体をダンジョンの外へと運び出し、警察に通報した。被害者は、都内の病院に勤める医者だった」


 兄貴が生前の被害者の写真を貼った。

 被害者は都内の病院に勤める名医で、死体の発見される数日前から行方不明になっていたらしい。


「探索者が死体を運び出したのか。勝手に動かして良かったのかよ?」


「現場を保存しなかったことは、まったくもって良くはない。しかし……」


 ここで兄貴は声を一トーン下げて告げた。


「公表はされていないが、ダンジョン内で死んだ者は、ダンジョン消滅とともに消える。そのことを知っていた探索者が、ダンジョンをクリアする前に遺体を運び出してくれたんだ……本当はダンジョンをクリアせずに現場を保存しておいてほしかったが」


「……へえ、知らなかったな。幸か不幸かダンジョン内で死ぬような事態に遭遇してないからかな」


「それは確実に幸せなことだろうな」


 勝手に殺人現場に手を加えることは、地上であれば叱責されるべきことだろう。

 しかしダンジョン内となると話が変わってくる。

 ボスモンスターを倒してダンジョンをクリアすると大金が手に入ることが分かっているのに、あえてクリアをしない選択をすることは難しい。


「ダンジョンをクリアするなってメディアで言わなくていいのか? その犯人が同じような事件を起こしてる場合、ダンジョンを消すことで死体が消えるんだろ?」


 大金に目がくらんで死体のあったダンジョンをクリアする探索者だけではなく、死体が消えることを知らずにダンジョンをクリアしてしまう探索者もいるはずだ。

 そういう探索者が死体を見つけた場合、ダンジョンをクリアしてから警察に通報しようと考える可能性がある。


 それに事件とは関係無く、パーティーの仲間がダンジョン内で死んでしまい、残ったパーティーメンバーがそのままダンジョンをクリアしてしまうことも考えられる。

 そういった場合に備えて、ダンジョン内で死体が消えることは国としてアナウンスしてほしい。


「遺体が消える件を周知させるわけにはいかないんだ。遺体が消えることが広く知られると、遺体をダンジョン内に運び、ダンジョンごと消滅させる犯罪が横行してしまう。だからあえて隠している」


「……なるほど。そんな犯罪が横行したら収拾がつかなくなるな」


 それを考えると、国が公に死体消失を知らせないことも頷ける。


 つまりこのことを知っているのは、探索者の中でもごく一部のはずだ。

 ダンジョン内で死体を見つけた者か、パーティーメンバーをダンジョン内で亡くした者。そしてその状態でダンジョンをクリアした者に限られる。



「事件が発覚してからまもなく、第二の事件が発生した」


 俺が考え事をしている間に、兄貴はさっさと話を進めた。

 ホワイトボードに新たな写真が追加される。


「こっちの事件も、被害者は同じく行方不明になっていた医者だ。殺害方法も同じ。どちらの被害者も心臓を剣で刺されていた。被害者にはそれ以外にも傷があったが、それらはモンスターにやられたものだと判明している。何にせよ、致命傷となったのは心臓の傷だ」


「被害者の二人に接点は?」


「特には無かった。何度か同じ学会に出席していたが、接点と呼ぶほどのものではないだろう。そして三件目の被害者も医者だった」


「その殺人犯、まだ殺ってるのかよ!?」


「実際にはもっと殺しているかもしれない」


「……探してほしい人物がいるってことは、犯人の目星はついてるんだよな? もう指名手配されてるんだったっけか」


 最近は事件が起こりすぎていて、どの指名手配犯がこの事件の犯人とされているのか思い出せない。

 どこの交番にも、指名手配犯の写真や似顔絵がずらっと貼られているのだ。


「事件の被疑者はこの男だ」


 兄貴が淡々とホワイトボードに新たな写真を貼った。

 写真に写っているのは、良くも悪くも特徴の無い、三十代くらいの男だ。


「被疑者の名前は、及森勇夫(おいもりいさお)。過去に医者を殴ったことのある男だ。そのときはただの喧嘩という扱いだったが……事件後、警察が及森の家へ向かったところ、及森は半年前から消息を絶っていることが分かった。ちょうど第一の事件が起こった頃だ」


「殴られた医者が一番目の被害者なのか?」


「いいや、幸いなことに彼はまだ生きている。彼は及森とは面識が無かったが、彼が医者というだけの理由で及森は突っかかってきたらしい」


 医者という職業に就いているだけで殴られるなんて、運が悪いにもほどがある。

 いや、連続殺人犯に突っかかられて殴られただけで済んだのだから、むしろ悪運が強いのだろうか。


「なおダンジョン内で見つかった三つの遺体からは、及森の自宅から検出された及森のものと思われる指紋と同一の指紋が検出された。医者を恨む理由はまだ不明だが、被害者が医者のため及森には動機もある」


「指紋と動機があるなんて、詰めの甘い殺人犯だな」


 俺が呆れたように言うと、兄貴が難しい顔になった。


「それなんだが、警視庁では及森がわざと証拠を残している可能性が高いと見ている。ダンジョン消失とともに遺体を消すのが第一目標、もし遺体が見つかった場合は自分が殺したと知られるのが次点の目標だろう」


「なんだそれ。捕まりたいのか、捕まりたくないのか、どっちなんだよ」


 及森の行動は矛盾しているように感じる。

 もしかして事件が発生した際に冤罪を防ぐために、自分が犯人だと分かる証拠を残しているのだろうか。

 ……いや、そこまで他人を思いやれる人はそもそも人殺しをしないだろう。


「本当のところは及森に聞かないと判明しないが……遺体が消失したらこのままどんどん医者を殺し、遺体が発見されたら犯人として何らかの主張をする、という二段構えだと見ている。今のところ何の表明も無いから、医者を殺すこと自体が及森の何らかの主張なのかもしれない」


 人を殺した上でする主張に、共感する人がいるとは思えない。

 目立ちはするだろうが、悪手のような気がする。

 まあ今ここで考えても及森の感情など分かるわけがないか。


「とにかく俺はダンジョン内で及森を見つけたら、兄貴に連絡を入れればいいんだな?」


 及森がどういうつもりだったのかは、及森自身を捕まえれば判明する。

 それなら俺がやるべきことは、兄貴の言う通り及森を見つけたら、通報をすることだけのはずだ。


「ああ。警視庁でも及森の行方を探しているが、現実問題、すべてのダンジョン内を探ることは難しい。抱えている事件はこれだけではないのに、一度ダンジョンに潜ったらかなりの時間をダンジョン内で消費してしまう」


「だから暇な大学生の俺に白羽の矢が立ったのか」


「というより、遺体が消えるリスクを減らすために話したんだ。お前は大学のサークルでよくダンジョンに潜っているだろう? 知らずに遺体を消されたら困るからな」


「確かに毎週ダンジョンをクリアしてるから、死体の隠されたダンジョンを消しちまう可能性は十分あるな……なあ、兄貴。及森はダンジョンをクリア出来ないんだろ? だったら俺たちのパーティーの方が強いんじゃないか?」


 兄貴はわざわざ俺の前までやって来て、強めのげんこつを落とした。


「この馬鹿!」


「痛っ!?」


「お前がいくら強くても、お前が殺しているのはモンスターであって人間じゃない。対して及森は何度も人間を殺している。人を殺すことに躊躇の無い殺人犯なんだぞ!? 探索者とは根本的に違う人種なんだ!」


 兄貴の言葉はもっともだ。

 殺人犯と探索者では、倫理観が違いすぎる。

 同じ土俵に立つこと自体が危険だ。


「分かってるって。冗談だよ。俺は通報するだけ。探索者とはいえ、俺はただの一般人だからな」


「探してくれるんだな!?」


「ああ、面白そうだからな」


「面白そうって、お前なあ……」


 この後も兄貴は、及森を見つけても通報するだけにしろ、と何度も何度も念を押してきた。

 それなら頼まなければいいのにとも思ったが、警察はそのくらい切羽詰まっているのだろう。

 世界中にダンジョンが出現してから、警察は常に人手不足だ。


 別に警察に恩を売るつもりはないが、兄貴に恩を売っておくことは、やぶさかではない。

 エリートの兄貴なら、いざというときに俺の問題を解決してくれそうだから。


 俺はホワイトボードに貼られた及森の写真をスマートフォンで撮影してから、会議室を出た。




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