大学の食堂に集まった探索者サークルのメンバーは約三十人。
サークルメンバーだけで長テーブル二つを占領している。
探索者サークル用の部室があったら良かったのだが、大学外での活動を主とする探索者サークルに部室が与えられるわけもなく、ミーティングは放課後の食堂で行なうことが恒例になっている。
とはいえお昼時ならまだしも、放課後の食堂で長テーブルを二つ占領したところで、周りから苦情は出ない。
現在俺たちの他に食堂にいる学生は、たったの五人だけだから、長テーブル二つくらいで苦情を言われるわけがない。
「この前のダンジョンは楽して稼げたよな」
「はい。報酬が良かったので、新しい洋服を買っちゃいました」
「僕は参考書を買いましたよ」
「あら、夢の無い報酬の使い道ね」
「とんでもないです。ダンジョン報酬で参考書が買えるのは、苦学生にとっては夢のような話ですよ」
食堂に集まるなり、各々が雑談を始めた。
サークルメンバーは一緒にダンジョンに潜る仲間なので、こうやって親睦を深めておくことも重要だったりする。
仲が良くなることで、いざというときのチームワークも良くなるのだ。
「報酬と言えば、戦士のみなさんは日々トレーニングをしてるんですよね。トレーニング用品を買っていたらお金が無くなりませんか?」
「トレーニング用品よりも剣と防具が高いかな」
「俺は狙撃手だから弾丸の出費が痛いな。弾丸はダンジョン内だけじゃなくて訓練でも使うし。あと銃のメンテナンス費用も。その分報酬に色をつけてもらってるが」
「俺は一度買ったらしばらくは出費が無いけど、宵野木は出費がすごそうだよな」
「だから宵野木先輩はダンジョン探索にほぼ皆勤なんですね!?」
「まあな。ダンジョン探索に行くと弾丸を消費するが、行かないと狙撃手としてやっていけないんだよな」
「私、狙撃手じゃなくて良かったです」
回復術師の乾真紀(いぬいまき)が、率直すぎる感想を口にした。
回復術師と比べると、狙撃手の出費は相当なものだろう。
そもそも回復術師には、ほとんど出費がなさそうだ。
金銭問題を考えると、狙撃手は決して羨ましがられるような能力ではないのかもしれない。
「戦士の出費は想像しやすいけど、回復術師と魔法使いの出費ってどんな感じなのか想像が出来ないな」
「僕は大した出費はありませんね。ダンジョンに潜るので防具は買いましたが」
「あたしも特に道具は必要ないわね。ただ魔法を使うと疲弊するから、良いベッドで寝ているわ」
「寝具は大事ですよね。私もダンジョンに潜った日はぐっすりです」
魔法使いの及森 勇夫(みかげようこ)とサークル長、それに回復術師の乾、あと同じく回復術師の……名前は忘れたが、回復術師の新入生が、頷き合っている。
魔法使いと回復術師は、能力の使用方法が似ているのかもしれない。
俺には魔力を使って疲れる感覚は分からないが、魔法使いと回復術師の全員が頷いているからには、魔力の使用は体力を消耗させるものなのだろう。
「だから支援魔法使いって損してる気分になるんだよな。支援魔法を使った俺は疲れるのに、俺が魔法を掛けたメンバーは消耗を減らせるんだから」
「サークル長、いつも助かってます!」
「最近サークル長がダンジョン探索に参加してくれないから、楽できなくて困ってるんですよ?」
「俺を使って楽をしようとするなよ。実は最近、姉ちゃんが実家に出戻ってな。甥っ子の世話をさせられてて忙しいんだ」
支援魔法使いであるサークル長が、困ったように頭をかいた。
「それは大変ですね。じゃあサークル長は次のダンジョンも欠席ですか?」
「そういうことだ」
「えー。また楽できないんですか?」
「だから俺のことを、楽をするための人員みたいに言うなよ。魔法使いなら美影がいるだろ?」
突然名指しをされた美影は、目をぱちくりとさせた。
「あたしは支援魔法使いじゃないわよ?」
「でも美影先輩の操作魔法も便利ですよね。モンスターを操って罠避けに出来るんですから」
「あら、ありがとう。ただ操るには対象を触る必要があるから、あらかじめモンスターを弱らせてくれる仲間が必要だけれどね。あたし、戦闘は苦手だから」
美影が自然な流れでウインクをすると、戦士の男たちが挙手をし始めた。
「はい! モンスターを弱らせるのは任せてください。攻撃は、僕たち戦士の特技みたいなものですから」
「俺だってモンスターを倒すのは得意っすよ。大群で襲ってこられても問題なく対処が出来るっす」
「ふふっ、心強い仲間たちね」
美人の美影に頼りになると思われたいのか、男メンバーがここぞとばかりに自身の能力を誇示し始め、自慢大会のようなものが始まってしまった。
第三者として見ている分には楽しいが、放っておくと喧嘩になりかねないので、適当なところで自慢大会を終わらせよう。
「さあ、そろそろ次のダンジョンについて決めよう」
同じことを思ったのか、サークル長が話題を変えた。
サークル長の一言で、場が一気に打ち合わせモードに入る。
「今週末のダンジョン探索に行けそうな人は誰だ? 挙手を頼む」
一気に手が上がった。ざっと数えて二十人程度だろう。
もちろん俺も挙手をする。
「これなら二班作れそうだな」
ダンジョン探索は、人数がいればいるほど安全だが、その分一人当たりの取り分は少なくなる。
そのため探索者サークルでは、参加人数が多い場合は二手に分かれて二箇所のダンジョンを同日に探索することもある。
「戦士は戦力を半分にするとして、この中で罠避けが出来そうなのは美影だけか。じゃあ美影のいない方の班には回復術師を多めに入れよう」
「えー、怪我覚悟っすか?」
「仕方ありませんよ。罠避けが出来るメンバーの予定が合わないんですから。罠にかかっても私がすぐに回復するので安心してください」
俺は長テーブルの上に地図を広げ、近くにマグネットをじゃらじゃらと置いた。
志願したわけではないのだが、毎回ダンジョンに潜っている俺は、いつの間にか次期サークル長のような立ち位置になってしまったのだ。
「潜るダンジョンはどこにする?」
広げた地図は、関東にあるダンジョンの場所が書かれているダンジョンマップだ。
ついさっきプリントアウトしてきた。
「俺は、こことここのダンジョンが良いと思う」
俺はダンジョンマップの上に二つのマグネットを置いた。
「こっちとこっちのダンジョンは報酬が良かったから、また潜るのもアリだろうな」
サークル長が、俺とは違う色のマグネットをダンジョンマップの上に置いた。
自身がダンジョンに潜らないときでも、サークル長はこれまでの経験をもとにした提案をしてくれる。
記憶力が良いのかダンジョン内の細かな情報も覚えているため、とても助かっている。
「あたしはここのダンジョンに行ってみたいわ」
美影がさらに違う色のマグネットを置いた。
ダンジョンマップの上に置かれたマグネットは全部で五つだ。
「他に希望するダンジョンがあるやつはいるか?」
「……いないようね。じゃあこの中から二つを選べばいいかしら」
「そうだな。残ったダンジョンは予備にしよう」
「私はまだ出くわしてないですが、ダンジョンが消えてることもあるんですよね?」
乾が首を傾けながら尋ねた。
「ああ。一定期間が経つとダンジョンは復活するが、タイミングが悪いと消えてるな。でも五つも候補があれば、全部が消えてることはないはずだ」
ダンジョンをクリアすると、次のダンジョンが出現するまでには数時間から数週間かかると言われている。
ちなみにダンジョンが復活するまでの時間は、ダンジョンによって違うらしい。
このことは、いくつものダンジョンの前に監視カメラを置いて観察をした結果、発覚したそうだ。
そして出現中のダンジョンの場所とダンジョンクリアの難易度が書かれたダンジョンマップというものが存在する。
ダンジョンマップは探索者用の情報をまとめたホームページから誰でもダウンロードをすることが出来る。
今テーブルの上に置かれている地図が、それだ。
ホームページに設置された攻略報告掲示板に、ダンジョンをクリアした探索者が消滅中のダンジョン情報を記入していた時期もあったが、悪戯報告が横行したため、攻略報告掲示板はいつの間にか雑談掲示板へと姿を変えた。
他のSNSでも悪戯投稿が相次いでいる。
そのため現在は、実際に現地に行ってみないとダンジョンが存在しているのか消滅中なのかが分からないのだ。
「じゃあチームを二つ作って、潜るダンジョンを選ぼう。残りのダンジョンは、予定のダンジョンが消滅してたチームが行く、でいいか?」
「異議なーし!」
「行かなかったダンジョンは来週末に潜りませんか?」
「そうだな。せっかく集まったことだし、今週末のダンジョン予定が確定したら、次は来週末のダンジョン予定も決めよう」
俺たちは今週末のダンジョン予定を決め、さらに来週末のダンジョン予定も決めてから、解散した。
いつものサークル活動だが、俺だけはそうではない。
俺には兄貴に課せられた、ダンジョン内で及森を探すミッションがある。
週末は、さりげなくダンジョン内を確認しながらダンジョン探索をしなくては。
そういえば、あまり深く考えていなかったが、及森を見つけた際、通報をするために一度ダンジョンの外に出る必要がある。
ダンジョン内は地上とは電波が繋がらないためだ。
さて、どんな理由を付けてダンジョンから離脱しようか。
今週末までに、納得してもらえそうな理由を考えておこう。