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第4話


 週末、探索者サークルはサークルメンバーの車に別れて乗り、予定していたダンジョンへ向かった。

 なお全員は乗り切れなかったため、俺や一部のメンバーはバイクでダンジョンへ向かった。


 幸いなことに、潜ろうと思っていたダンジョンは二つとも消滅しておらず、二班とも第一希望のダンジョンに潜ることが出来たようだ。


「この前友人と話してたんだが、回復術師と魔法使いって比較的珍しい能力だろ。親に探索者になれって言われたりするのか?」


 今日も俺たち後衛組は、お喋りをしながらダンジョンを歩いている。

 目の前では前衛組が戦っているため悪い気がしなくもないが、だからと言って今俺たちがやるべきことは特にない。


「言われませんね。むしろダンジョンは危険だから潜るのをやめてくれって言われます」


「あたしも乾さんと同じ。だからダンジョンに潜っていることは親には言っていないの。あたしは一人暮らしだから、自分から言わなければバレないからね」


「美影の家もダンジョン反対派なのか。じゃあ就活するんだ?」


「まあね」


 美影は操ったモンスターを罠避けとして歩かせていて、乾は怪我人が出たら治癒魔法を使っている。

 それでもお喋りをする余裕は十分にあるようだ。


「そうでした、先輩たちはそろそろ就活をしないとですよね。宵野木先輩は大学を卒業しても探索者として活動するつもりですか?」


「ああ、そのつもり。だから俺は就活の代わりに社会人探索者サークルを探してる最中だ」


「ダンジョン攻略を行なってる企業に就職はしないんですか?」


 確かに業務としてダンジョン攻略に着手している企業もある。

 しかしその場合のダンジョン攻略はあくまでも仕事であり、マニュアル化されているらしい。


「企業の行なう探索は自由が無いらしいからな。それならサークルで自由に動ける方がいい。就職しなくてもダンジョンに潜れば十分に暮らしていける金が手に入るから、それで十分だ」


「安定性は無いけれどね」


「安定を求めるやつは、そもそも探索者をやらないだろ」


「確かにそうですね」


 俺はそんな会話をしながらも、周囲に目を光らせていた。

 しかし今のところ、ダンジョン内に及森らしき人物はいない。


「あ、前衛の狩り残し発見」


 周囲を確認していた俺は、及森の代わりに、岩陰に隠れるモンスターを発見した。

 すぐにハンドガンでモンスターを撃つ。


「さすがは宵野木先輩ですね」


「そうね。あたしは全く気付かなかったわ。よくモンスターに気付けたわね」


「後衛とはいえ、戦闘職だからな」


 岩陰に隠れただけの敵を見落とすようでは、戦闘職としてやっていけない。


「あたしは操作系の魔法使いだから戦闘職とも言えるのだけれど、全然ダメね」


「このサークルで美影先輩は罠避けをする役なので、別にいいんじゃないですか?」


「ああ。美影の能力は便利そうだよな。操作したモンスターが勝手に歩いてくれるんだから」


「そうでもないわよ。魔力を流し続けないと操作できないもの。ふわあ」


 手で口元を覆いながら、美影が大きなあくびをした。


「ダンジョン内で気を抜くなよ」


 呑気にお喋りをしている俺が言うことでもないが。

 それでも最低限の緊張感は持っておいてもらわないと、ダンジョン内では何が起こるか分からない。


「最近寝不足なのよ。誰かさんと違って、ダンジョン探索だけじゃなくて大学の授業に就活までやっているから」


「宵野木先輩はいつも元気いっぱいですよね。ちゃんと勉強してるんですか?」


「言うようになったな、乾」


「私、成績は良い方なので」


 確かに俺は大学の授業はギリギリで単位を取る程度だし、就活らしい就活はしていないが。

 それでも大学卒業は出来そうだから、別に良いと思っている。


「おーい、乾。治療を頼む」


「任せてくださーい!」


 治療要員として前衛に呼ばれた乾が走って行った。

 本人曰く授業の成績は良いらしいが、乾も元気いっぱいだ。


「ねえ、宵野木君。もしあたしが、宵野木君のお嫁さんに永久就職したいと言ったら……どうする?」


「どうすると聞かれても。別にどうもしない」


「えー? 嘘でももっと動揺してよ。つまらないの」


「俺で遊ぼうとするなよ」


 俺が文句を言うと、美影がお茶目な顔で舌を出した。


「宵野木君ってあまり感情の起伏が無いから、喜怒哀楽を引き出してみたかったの」


「……今のは喜怒哀楽のどれが正解だったんだ?」


「どれでもいいわよ。告白されたって喜んでもいいし、理想の新婚生活を想像して楽しんでもいい。将来のことはもっと真剣に考えろと怒ってもいいし、期待には応えられないと悲しんでもいい。とにかくあたしは感情を昂らせる宵野木君が見たかっただけだから」


「俺が本気にしたらどうするつもりだったんだよ」


「そのときは本当に宵野木君のお嫁さんになるのもいいわね。宵野木君とあたしは似ているところがあるから、結婚生活も上手くいくと思うわ」


 美影が妖艶に笑いながら言った。

 あまりにも綺麗に微笑むものだから、これに騙される男がいるのも頷ける。


「宵野木君もそう思わない?」


「俺は自分が美影と似てる気はしないな。それに自分が結婚向きとは思えない」


「じゃあ結婚の前に付き合ってみて、相性が合うかどうか試してみるのはどう?」


「だから俺で遊ぶなってば」


「……全部が全部、遊びのわけでもないのだけれど」


 驚いて美影を見ると、美影は何事も無かったかのようにすました顔をしている。

 俺はまた遊ばれたのかもしれない。


「それにしても。うちのサークルは前衛がモンスターを倒しまくってくれるから、後衛は楽が出来ていいわね。ふわあ」


 美影がまた大きなあくびをした。よほど眠いようだ。

 魔力を使うと体力を消耗するらしいから、日々の生活が忙しいせいだけではなく、モンスターに魔力を送って操っていることも関係しているのかもしれない。


「途中まで楽をする代わりに、ボスモンスターは後衛が倒してるだろ」


「むやみにボスモンスターに近付くと大怪我をするもの。頭の良い戦い方だと思うわ」


「ああ。だから前衛のやつらは俺たち後衛に力を温存させてくれてるんだ。いいやつらだよな」


「いいやつらというか、そういう作戦でしょう?」


「まあな」


 美影と会話をしながらも、俺はまた周辺に目を光らせた。

 もちろん及森が隠れていないかを確認するためだ。


「宵野木君、今日はどうしたの」


「何が?」


「気が散っているというか、心ここにあらずって感じよ。周辺をきょろきょろしちゃって、探し物でもあるの?」


 さりげなく及森を探していたつもりだったが、バレバレだったようだ。


「このダンジョン内に宝が眠っているとかそういう情報を仕入れているのなら、あたしにも教えてよね」


「そんな情報は持ってない」


「もしかして独り占めしようとしているの?」


「だから宝なんて知らないってば」


 俺が探しているのは、宝ではなく殺人犯だ。

 軽々しく言えるわけがない。


「じゃあ何でダンジョン探索に集中していないの?」


「……ちょっとな。考えごとをしてたんだ」


「あら。宵野木君には悩みごとなんて無いのかと思っていたわ」


「俺を馬鹿みたいに言うなよ」


 拗ねたように呟くと、美影は大きく首を振った。


「そうじゃないわ。宵野木君は何もかもが順調そうって意味よ」


 それならそういう風に言えばいいのに。

 あの言い方では喧嘩を売っていると受け取られてもおかしくない。


「美影って誤解されやすいタイプだろ?」


「よく知っているわね。キツめの顔がいけないのかしら」


「キツイのは顔じゃなくて言動だと思う」


「そこでキツイのは性格と言わないあたり、宵野木君はいい人よね」


「そりゃどうも」


「……痛っ」


 急に屈んだ美影の脚を見ると、トゲのある蔦で足を切ったようだった。

 傷はそれほど深くはなさそうだが、鮮血が流れている。


「気が散ってるのは、お互い様みたいだな」


「この程度なら、傷口を洗い流して包帯を巻いておけばとりあえずは平気よ。念のため病院で細菌が入っていないかは診てもらうつもりだけれど」


 そう言いながら美影は慣れた様子でリュックサックから取り出した水を傷口にかけ、包帯で傷を覆った。


「ダンジョン内の蔦は、地上の蔦とは違うからな。用心するに越したことはないだろうな」


「応急処置だけで済ませたせいで、壊死でもしたら笑えないもの」


「キャーーーーーッ!!」


 俺たちが雑談をしていると、治療のために前方へ行っていた乾の叫び声が聞こえてきた。




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