「美影の知り合いか?」
「彼は同じサークルのメンバーです。宵野木青史君と言います。少し彼とお話をしても良いですか?」
「……少しなら構わねえよ」
美影が及森に俺のことを紹介した。
もしかすると美影が及森に脅されて協力をさせられているのでは、と思ったが、そういうわけではなさそうだ。
及森が美影の申し出を受け入れたということは、二人の関係は良好なのだろう。
「わざわざ紹介をどうも」
「それで? どうして宵野木君がここにいるの?」
「佐原の兄を取り戻しに来た」
「それは出来ない相談ね。彼はここで死ぬ予定なのだから」
出てくる単語は物騒なのに、あくまでも穏やかに話す美影を観察する。
美影の服はところどころ汚れており、怪我もしているようだ。
佐原の兄も確認すると、ここに来るまでにモンスターにやられたのだろう傷があった。
「佐原の兄は美影の能力で操られてるんだよな?」
「ええ、そうよ」
「佐原の兄は一般人だ。ダンジョン内で放置すれば、勝手に死んだかもしれない。それなのに、わざわざ守りながらここまで連れてきた理由は何だ?」
操られたままダンジョン内を移動させられたにしては、佐原の兄の怪我が少ない。
抵抗することもなくモンスターの餌食になっていたのなら、もっと多くの傷を負っていてもおかしくないのに。
そこから考えられることは、佐原の兄はここに来るまで、ダンジョンの中で守られていた。
しかし美影がそんなことをする理由が分からない。
佐原の兄を殺そうとしているのに、殺す前にわざわざ守るなんて。
「殺すつもりなのにモンスターから守るのは、矛盾してるだろ」
「別に矛盾はしていないわ。だってモンスターに殺されちゃったら、及森さんと話すことが出来ないじゃない。殺される前に、どうして自分が殺されるのかくらいは冥途の土産で知りたいでしょう? だから最期に話せるように、ここまで守ってあげていたの」
美影が持っていた長剣を振ると、モンスターのものらしい紫色の血が飛び散った。
前に美影は戦闘が苦手だと言っていたが、実はそうでもないのだろう。
「……今ならまだ、及森に脅されてたって言い訳が出来るぞ」
「あたしと及森さんは同志なの。同じ崇高な志を持つ仲間よ」
美影が、ちっとも悪びれる様子もなく、そう言った。
「……美影たちはどうして医者を殺してるんだよ。医者が嫌いだからか!? でも美影はいつも回復術師の回復を断って病院に行ってただろ!? 回復術師よりも医者を信用してるからじゃないのか!?」
「あれは、医者に能力を仕込むためよ」
「仕込む……?」
「もう分かっていると思うけれど、これまでの被害者は全員、あたしの能力で操ってダンジョンまで連れてきたの」
ちらりと佐原の兄に目をやる。
佐原の兄は相変わらず虚ろな目をしている。
現在進行形で美影に操られているからだろう。
「ダンジョンで負った傷を治療するために病院へ行った際に、医者を触って操作能力を仕込んでいたの。あたしの能力を仕込むためには相手に触れる必要があるから」
「美影の能力は、すぐ目の前の相手を操るだけじゃなくて、遠くから時間差で操ることも出来たのか」
「そういうこと。みんなには秘密にしていたけれど。だって切り札は隠しておかないとだからね」
美影が悪戯っぽく口の端を上げた。
「だからあたしがいつもしている、回復術師が信じられない云々は、病院へ行くための口実作りよ。回復術師に怪我を治されたら病院には行けないからね」
なるほど、及森と美影はそのようにしてターゲットを決めていたのか。
美影が相手を操る条件の整った医者。
被害者たちの共通点はそこだったのだ。
「ターゲットを操ってダンジョンの前まで連れて来て、入り口で美影と合流してダンジョンに潜ったのか」
「ええ。あたしはいつも反射ケープで姿を隠しながらターゲットをダンジョンの前で待つの。最初からターゲットと一緒に行動をしたいところだけれど、誰かにダンジョンが消されていないか、誰もダンジョンに入らないかを、確認しておく必要があるから仕方ないのよね。ダンジョンに入った後は、ターゲットと一緒に及森さんのところへ行くのよ」
やはり反射ケープか。
注意をして見ていれば、現地にいた佐原は反射ケープに気付けたのかもしれないが、兄が殺されるかもと混乱した頭で反射ケープを見破ることは難しかったのだろう。
そして探索者サークル内では戦闘が苦手だと言っていた美影だが、本当は戦闘が得意なのだろう。
医者を操っているということは、自分の手駒としてのモンスターを操ることが出来ない。
美影の能力では、同時に複数人を操ることが出来ないから。
……まあ美影に聞かされていた、一度に一つの対象しか操ることが出来ないという能力自体が嘘の可能性もあるが。
とにかく美影は物理でモンスターを倒せる程度には強いらしい。
「今後の参考に教えてくれ。及森がこの難易度のダンジョンで潜伏し続けられた理由は? 普通なら寝てる間にモンスターに襲われるだろ。及森は防御型の能力持ちなのか?」
「特別なことはしていないわ。あたしという協力者がいたから潜伏可能だっただけ。及森さんが寝ている間は、あたしが見張りをしていたの」
美影が見張り? そんな馬鹿な。
「美影は大学に通ってるし、就職活動もしてるんだろ? そんな時間がどこにあるんだよ!」
「出席は代返をしてもらったの。テストやレポートはノートを写させてもらって乗り切ったわ。探索者サークルのおかげで懐は潤っていたから、同じ授業を取っている学生にいくらかお金を握らせてね。就職活動をしているというのは真っ赤な嘘。本当は何もしていないわ。そんな時間は無いもの。ふわあ」
美影が大きなあくびをした。
そういえばダンジョン探索中も、美影はよくあくびをしていた。
「本当は、大学の講義は自分で受けたかったのだけれど。探索者サークルでダンジョンに潜って、病院へ行って医者に能力を繋いで、夜はダンジョン内で睡眠をとる及森さんの警護だったから、大学へ行く時間が取れなかったのよね。残念だわ」
「大学に行けないって……何言ってるんだよ!? 人を殺しておいて大学の話かよ!?」
美影は普通の雑談のように、軽い調子で話している。
これまでに五人の人間を殺しているというのに!
「あら、殺しているのはあたしじゃないわ。あたしはターゲットをここに連れて来ているだけだもの」
「同じようなものだろ! 美影が連れて来なければ、医者たちは殺されることもなかった!」
俺の言葉は美影の心には一切響いていないようだった。
いつもと変わらない平然さで会話をしている。
一方で俺はとあることに気付いて動揺をしていた。
俺は美影の計画に組み込まれていたのかもしれないと、気付いてしまったのだ。
「……もしかして。潜るダンジョンを決めるときに、率先して意見を言ってたのもこの件に関連してるのか?」
「まあね。及森さんが隠れているダンジョンに潜られるのは困るから。それにダンジョンを攻略すれば死体が消えるもの。及森さんが潜伏しているダンジョンを避けて、代わりに死体の隠してあるダンジョンを勧めたわ。計画は失敗して、目ざといメンバーが隠していた死体を見つけちゃったけれど」
探索者サークルは、俺は、美影に利用されていたということか。
悔しさと腹立たしさが沸き上がる。
「どうして、どうして、こんなことをしたんだよ! わざわざ医者を狙ったってことは、快楽殺人者なわけじゃないんだろ!?」
俺の言葉を聞いた美影は一度及森に目配せをしてから、告げた。
「回復術師の地位を上げるためよ」
「は? 回復術師の、地位を上げるため……?」